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赤い髪を真ん中で分けて、目を細めてこちらを見て微笑んでいる。オリビアがボロクソ言っていたけど、見た目だけならば美男子の部類に入るだろう。自分に自信を持てるのも納得の外見だ。スッと通った鼻筋に、形のいい唇が緩やかに弧を描いている。しかし、オリビアの言っていたように、その目元は涼しげを通り越して、冷淡だ。
微笑まれたので、微笑み返すと手を振られた。
どうしようか迷っているうちに、ロレンツォさんがヘクターの視線を遮るように私の前に出てきた。
ロレンツォさんが来ると思わなかったのでビックリしていると、身を屈めて耳元で小さく囁いてきた。
「…きをつけて。」
たどたどしい言葉遣いで、私にそう言ってきたロレンツォさんを見上げる。握りしめている手は弱々しく震えている。
「…ありがとう。でも、ロレンツォさんは訓練に集中してね。大丈夫だから。」
私がロレンツォさんの顔を覗き込みながらそう言うと、ビクリと身体を揺らして目を逸らしながらも小さく頷いた。こそこそと話していたのを不審に思ったのか、ガストンさんがやってきて私とロレンツォさんの間に立って睨まれた。
その失礼な態度もロレンツォさんを大事にしているということも分かっているので、微笑ましく感じる。そんな私の表情を気味悪がりながらロレンツォさんの手を引いて歩き出す。
私はガストンさんとロレンツォさんの背中を見つめながらどうしようか迷っていた。このまま、ファーガスさん達の時と同じように一緒に訓練に参加するか、それとも今回は審判と一緒に観戦するか。審判側に行けばヘクターも狙いにくいので、チャンスを逃すことになる。
しかし、ガストンさん達と一緒に参加してもいいものなのか。ガストンさんは私のことが嫌いなようだし、ロレンツォさんも何か感じ取っている。そんな状態で私が一緒にいたら、集中できないのでは無いだろうか。訓練に集中できなくては怪我をする可能性が出てくる。そんなことで余計な怪我をしてほしくは無い。
私が立ちすくんでいると、ガストンさんが振り返った。
「何してる。早く来い。」
ガストンさんは顎をクイっと上げて私に来るように言ったのだ。キョトンとしているとメーリンさんも手招きをして呼んでいる。
「なーんだ、ガストンさんもツンデレなんですねー。」
私は口元を抑えながら3人に駆け寄る。そうしないとニヤニヤしてるのがバレてしまうからだ。
「はぁ?んだよそれ。あと、俺のことはガストンでいい。気持ち悪りぃ。」
「もちろん、僕たちのことも呼び捨てにしてくださいね。」
メーリンさんがそういうと、ロレンツォさんもこくこくと頷いて同意を示してくれた。可愛い人たちだなぁ。
私は笑いながらもこれからの訓練でどんなことが起こるか、不安を抱いていた。どうか、この人達が大きな怪我をしませんように。
「聖母様、いつもオリビアがお世話になっております。」
戦闘前の挨拶の時に、ヘラヘラとしながらヘクターは声をかけてきた。わざとらしく聖母様なんて呼び方をして、私を見下ろしている。内心ドキドキしながらも平然を装い対応する。
「初めまして。えっと…オリビアとはどのようなご関係ですか?」
「おや、聞いていませんでしたか。それは失礼いたしました。私、オリビアの婚約者のヘクターと申します。」
こちらもわざと知らないフリをして話を進めるが、ヘクターは全く表情を変えずに改めて挨拶をしてくる。ニヤニヤと歪む口元に寒気がする。
「あら!そうだったんですね。オリビアも教えてくれたらよかったのに。」
「オリビアは恥ずかしがり屋ですからね。しかし、聖母様はこんなところに来ていてよろしいので?色々お忙しいと伺っております。」
「ええ、これも勉強です。」
「これはこれは。視野を広くお持ちのようで。」
側から見ればただの世間話にしか聞こえないが、私はその奥底にある真意を勘ぐってしまう。いつまでも話しているわけにもいかないので、私は軽くお辞儀をして下がることした。
「…くれぐれもお気をつけて。」
ヘクターはニヤニヤと笑いながらこちらに手を振っていた。
ヘクターのチームは音を使う人、雷を使う人、火を使う人がいる。ヘクターは雷を使うらしい。リーダーは音を使う人のようだ。集まって作戦会議でもしているようだ。
「おい、ボサっとしてんなよ。」
ガストンが呆れて私に声をかけてきた。ガストン達はもうすでに作戦を練っていたようで、軽くストレッチをしながら準備をしている。
話を聞くに、どうやらヘクターのチームのリーダーが強いらしい。
たしかに音を操れるとなれば、超音波を使ったり、大きな音を出して物を破壊したり、色々な攻撃に応用ができそうだ。
「彼の前で作戦会議をしても筒抜けなんですよ。だから、僕たちはあえて何もせずにやってみます。」
なるほど…内緒話も拾われてしまうということか。敵に回すとだいぶ厄介そうだなと思った。
ロレンツォを見ると少し緊張しているようだったので、心配になる。何かあったのかと聞くと、首を左右に振るだけで何も話さなかった。
「よし、いくぞ。」
ガストンのその言葉を合図に3人で立ち上がった。
相手チームはヘクターと火を扱う子か攻撃、リーダーは防御に徹するようだった。こちらには雷のボールと火の玉が次々と放たれている。
それをメーリンの水と、ガストンの土の壁で防いでいく。
その後ろでロレンツォは巨大なパチンコを作るべく蔓植物を生成している。
お互い攻撃を相殺し合っていて、接戦が続く。
流石にメーリンと、ガストンは息切れし始めた。
「おい!メーリン、やるぞ!!」
ガストンは大声でメーリンさんに指示すると、2人は自分たちの間に向かって魔術を展開する。
大量の土と水をお互いにぶつけ合い、混ぜ合わせている。土石流を使う気だ!まさかここで土石流を使ってくれると思っていなかったので、前のめりになって観戦する。
「いくぞ!!」
ガストンとメーリンの土石流がヘクター達に向かって勢いよく流れて行った。流石に驚いたのか、焦った表情をしていたが、遂にリーダーが動き出した。
土石流に向かって、空間が揺れるほどの大きな音をぶつけたのだ。耳鳴りがして眩暈がする。なんとか目を凝らして見ると、流石に弾き返すことはできなかったものの、直撃は避けられたようだ。
ガストンは舌打ちをして、メーリンに巨大な水の玉を作るように支持する。パチンコで飛ばすつもりなのだろう。
しかし、相手も大人しく待っているわけではない。生成途中の水に向かって音波をぶつけてきたのだ。完成しかけていた水の玉は弾け飛び、全員水浸しになってしまった。私自身は結界のお陰で濡れてはいないが、大雨が降ったように一面が濡れ、そこら中に水溜りができている。
まずい。
濡れた身体は電気を通しやすい。50mAで感電してしまった場合短時間でも生命が危険な状態になる。雷の電流は幅広いが1000〜200000Aだ。
ヘクターがニヤリと笑った。
読んでいただきありがとうございます!