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ボディスーツ式結界が完成してからも、ダンスの練習や貴族についての勉強、それからオリビアの食事マナー講習はまだ続いていた。
体に結界を張っていたため、ダンスの練習にはシリウスさんがパートナー役を勤めてくれるようになった。
シリウスさんの魔力を使って結界を作っていたので、それ以外の人に触れると弾いてしまう可能性があったからだ。
ダンスの先生は元々シリウスさんにダンスを教えた人でもあったので、今回シリウスさんが参加することになって、少し嬉しそうにしていた。
私の体の痺れのことも理解しているシリウスさんは、だいぶフォローしてくれていたので問題なくすごせた。
貴族の勉強も、私は文字が書けないから聞いているだけでよかったので、これも問題はない。
オリビアとの食事が一番の難題だった。手が痺れているため、ナイフやフォークを持つ手がどうしても震えてしまうのだ。そのため、カチカチと皿に当たって音がしてしまう。その度にオリビアは眉を顰めてこちらを睨みつける。
「あなた、以前より下手になっているわよ。」
私はヘラヘラしながら誤魔化そうとした。ユウやユキも心配そうにしているが、今私がやっていることをバラすわけにはいかないのだ。
最初の頃は誤魔化せていたのだが、それが1週間も続くと流石にオリビアも不信感を抱いたようだ。
「体調でも悪いんですの?」
「あー…ちょっと疲れが抜けなくてね。」
私はオリビアの視線から逃れるように目の前の食事に目を落とす。姿勢が悪いと言われ、背筋をビッとのばしてヘラヘラ笑って誤魔化す。
オリビアはじっとこちらを見つめて、諦めたようにため息をついた。
「…何も言いたくないのなら聞かないわ。でも、無理をするのはやめてちょうだいね。」
…バレているのか、バレていないのか微妙なラインだ。ただ、もし私達がヘクターを捕まえようとしていることを知ったのなら、全力で止めてくると思うので、内容まではバレていないだろう。なんかやろうとしているなくらいはバレているかもしれない。
私は曖昧に笑って食事を続けたのだった。
「いよいよ、明日ですね。」
私は夜、シリウスさんと2人きりで雑木林に来ていた。草の上に座って、空に輝く満天の星を眺めていた。
最近、愛や望ともまともに触れ合えていない。かわいそうな思いをさせてしまっているが、それも明日で終わる。
ここまで準備したのだから、きっと成功する。なんとなくその自信があった。
「…絶対守りますから、大丈夫ですよ〜」
シリウスさんは笑ってそう言っていた。近くにはいられないけれど、シリウスさんと一緒に作り出したこの結界が必ず守ってくれる。私は力を込めて頷いた。
怖くないと言ったら嘘になる。だけど、明日のために、シリウスさんも、ライドンさんも、イーサンさんも皆がしっかり準備したのだ。私は心から皆のことを信じている。
「もし、今回ヘクターが何もして来なくても、いつか捕まえたい。」
「大丈夫ですよ〜。」
シリウスさんはクスクス笑っている。今のところヘクターか犯人だという確証もないし、実際に手出しするかも分からない。その自信はどこからやってくるのだろうか?
「正直、僕は冤罪でもいいからとりあえず捕まえちゃえばいいんじゃないかな〜って思ってますよ〜。きっと家に行けば色々揃ってると思うので、家を抜き打ちで捜索するきっかけができれば十分です。団長もそのつもりのようで、ライドンにもイーサンにも同じようなこと言ってました〜。イーサンは乗り気ではなかったんですけど、団長の指示なので従うでしょうねぇ〜。」
つまり、私が狙われて、攻撃されたら実行犯で捕まえる。そうじゃなかったら、実際に何か起こらなくても言いがかりをつけて捕まえるということだろう。
こちらにはユウの証言もある。信じてもらえないかもしれないけど、家を捜索すれば全てが分かるということか。
「でも…そんなに上手いこといきますかね…?」
いくらなんでも冤罪で家に踏み込むのは無理があるんじゃないんだろうか。私は疑いの眼差しでシリウスさんを見ると、シリウスさんはニヤッと笑った。
「大丈夫ですよ、僕らには強〜い味方がいますから…」
久しぶりに見た、シリウスさんのその腹黒い笑顔にゾッとしたので、もうそれ以上何も聞かないことにした。
「それにしても、もし、婚約破棄とかになったら、オリビアはどうなっちゃうんでしょうか…」
いくら本人が望んでいたからと言って、婚約破棄をしてしまったら、その後の人生はどうなるのだろうか。
シリウスさん曰く、婚約破棄になってしまったら、結婚は難しいかもしれないということだ。例えオリビアに全く非がない婚約破棄だとしてもだ。独身で働くか、修道院にいくか、もしかしたらヘクターよりも悪い条件の相手に嫁がなくてはならない可能性も出てくるらしい。
「…えぇ?オリビアはそれ知ってるんですか?」
「当たり前ですよ〜それでも、彼女は婚約破棄をしたかったんですよ〜。」
それほどまでにオリビアから嫌われるヘクターは本当にどんな奴なのだろうか。明日会うのちょっと楽しみになってきた。
そんな私の気持ちを読み取ったのか、シリウスさんは心底呆れたような顔をしていた。
「くれぐれも余計なことしないようにお願いしますよ〜。」
「はーい。」
私達は顔を見合わせて笑った。
ここ最近は寝るときに結界を外すために毎晩こんな風に2人で会って話している。なんだかんだこうして話している関係が1番いいのだと思う。
私はそう思い、部屋に戻ろうとシリウスさんに提案しながら立ち上がると、腕を掴まれた。全く予想してなかったので思いっきり尻餅をついてしまい、恨みがましく睨みつける。
するとまたシリウスさんはクスクスと笑っていた。一体何がしたいのかと首を傾げると、シリウスさんは掴んでいる腕をそっと離して深呼吸した。
「ヒカリ様、母上に何か言われてますよね?」
私はその言葉に引き攣った表情をしてしまった。適当なことを言って誤魔化そうかと思ったけれど、シリウスさんの真剣な眼差しが、それを許してくれなかった。
このタイミングでこの話かー。
私はため息をついて、頭を抱えた。
シリウスさんからそう言われるということはきっとシリウスさんにも話はいっているのだろう。
「シリウスさんは何て聞いてますか?」
「…挙式は早めにしろと…」
「なんですかねぇ、それ…」
私は思いっきり頭を掻きむしって、この苛立ちをどうするべきなのか考えた。私はそういう形でシリウスさんに責任をとって欲しいわけではない。
シリウスさんの方を盗み見ると、困ったように笑っていた。
「私、まだ夫が好きなんです。こっちの結婚っていうのがそういう気持ちを第一にする物じゃないのは分かってるんですけど…結婚はできません。」
私はため息をついてそう言うと、シリウスさんの方を見た。シリウスさんは微笑んだまま頷いて、そう思っていたと言いながら立ち上がった。
ただの確認だったのか。私は少しホッとして立ち上がろうとした。もうすでに立っていたシリウスさんが手を差し出してくれたのでその手に手を乗せると、ぐんっと引っ張られ、抱き止められた。
ビックリして固まった私をそのまま抱きしめてシリウスさんは小さい声で囁く。
「諦めませんからね。」
私は思いがけずシリウスさんをドンっと押して離れる。見なくても分かるくらい、自分の顔が赤くなっているのを感じる。
シリウスさんは私を見て大きな口を開けて笑っていた。
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