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「あなたこそどうなのよ?」


「え?なんで?」


オリビアは反撃開始と言わんばかりにニヤニヤしながらこちらを見ている。本当にオリビアは以前と比べて色々な表情を見せるようになった。きっとこれもライドンさんのおかげでもあるんだろうと思う。しかし、オリビアの質問の意図が分からずに首を傾げる。


「シリウス様のお宅にお邪魔したのでしょう?」


「ああ…それ…」


すっかり忘れていたがそんなこともあったわ。その時のことを思い出して、げんなりしてしまう。

あれからシリウスさんとは何事もなかったように過ごしている。時折、何か言いたげにはしているが気付かないフリを貫いている。

オリビアにはその時のことを話せとせがまれ、言える範囲で伝えると、興奮したように立ち上がった。


「なんてことなの!?そんなことになっていたなんて!お祝いしなくてはなりませんわ!」


「はぁ?あんたちょっと落ち着きなよ。私は結婚なんてしないし。てか、私はそもそも爵位なんてないし、あなたがさっき自分で言ってたことと矛盾するでしょ?」


「…それはそうだけれど…」


嬉しそうに興奮していたが、私に結婚の意思がないことを知ると、我に帰ったように椅子にストンと腰を下ろした。


「でも、あのシリウス様よ?だったら前向きに考えてもいいのではなくて?」


オリビアは私の表情を伺うように覗き込んだ。今まで聞いている限り、こちらの世界でのシリウスさんはかなりの優良物件なのだろう。しかし、だからと言って私は結婚なんてしない。


「あのね、オリビア。私は既婚者なの。例え、ここに夫がいなくても、私はあの人の嫁なの。」


私はオリビアにそう言うと、オリビアはハッとした。きっと綺麗さっぱり忘れていたんだろうと思う。もうどこにも存在しない人のことだから、夫に会ったことのない他人が忘れてしまうのは仕方ないことだ。

オリビアがごめんなさいと小さく呟いたので、私は気にしていないと首を左右に振った。

そして、気まずい空気から逃れたくて、温かい紅茶を入れ直しているとオリビアが遠慮がちに聞いてくる。


「ねぇ、どんな人だったの?」


私はオリビアが興味を持つとは思わなかったので少し驚いたが、お茶を入れ終えてから、自分の机へと移動した。その机の引き出しに大事にしまっておいた夫の写真を取り出して、オリビアに渡す。


「…アイ様に似ているわ。」


「あら、分かる?愛はパパ似なの。」


私はオリビアが写真を見ている間、夫との馴れ初めや、人物像など、自分が覚えていることを少しずつ話していった。

本当に暖かくて優しい人だった。そりゃのんびりすぎて、おっちょこちょいでイライラした時もあったけれど、それでも私や家族を大事にしてくれる素敵な人だった。

私が体調を崩せば、慣れないながらも家事をしてくれたり、薬を用意してくれたり、甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。

愛が生まれた時は、出産立ち会って、ボロボロと涙を流しながら喜んでくれた。

困ったように笑う顔が可愛くて、何度も、いつまでも見ていたいと思っていた。

私は精神的に弱っていたこともあってか、思い出話をしながらいつの間にか泣いてしまっていたらしい。

涙を流して肩を震わせる私の背中を、オリビアは優しくさすってくれた。私は流れていく涙と一緒にずっとしまっておいた気持ちを吐き出した。


「私…まだシリウスさんのことが許せないのかもしれない。この世界に来て、こんなに良くしてもらって、あんたみたいな友達もできて、楽しくやってるのに。この世界にはあの人が生きていた跡みたいなものが全くないじゃない。あっちの世界にいても、あの人はもういないよ。それは分かってる。だけど、あの人と生きた地で、あの人のことを想いながら、子供達のことを育てていきたかった。ここはパパとよく来たところだよとか、パパが好きな場所だったんだよって、子供達に伝えながら、そうやって生きていきたかったの…だから…まだ、心のどこかで、シリウスさんのことを許せてないの…」


誰にも言えなかった。言ってはいけないことだと思っていたから。私の秘めていた思いを聞いたオリビアは、ずっと、ただ黙って背中をさすり続けてくれた。






しばらく泣いて落ち着いたあと、すっかり冷めてしまった紅茶を飲む。冷たい。


「まだ、そんなに好きなのね。」


オリビアは私の泣き腫らした顔を見ながら、ぽつりとそう言った。


「ずっと、好きよ。」


私はオリビアに向かって微笑むと、オリビアも少しだけ笑った。オリビアはもうそれ以上、シリウスさんについては触れてこなかった。気を遣わせてしまったようだけれど、今はその気遣いがとてもありがたかった。


「…私は一体どうなるのかしら。婚約者のことを愛せるようになるのかしら…」


オリビアは小さな拳をぎゅっと握って苦痛の表情を浮かべている。


「うーん…あのさ、この国ってそんなに爵位大事にしてるの…?なんかそんな風に見えないんだけど。爵位を名乗るわけでもないし、本当ならオリビアを呼ぶ時だって、オリビア嬢って呼ぶんでしょ?誰もそんなのしてないじゃない。」


「それは…魔術師団だからってことも大きいとは思うわ。でも、だんだん変わってきてるのは事実よ。

…私もそうやって変化を受け入れられる家に生まれれば違ったんでしょうけどね…」


拘っているのはオリビアの家族の方らしい。結婚するのは個人だとしても、結婚自体は家との繋がりが深い。家族の反対があればどんな結婚も難しいだろう。幼い頃から言われ続けているのだから、オリビア自身のその考えを変えるのも難しいのかもしれない。


「そういえば、オリビアの婚約者ってどんな人なの?」


「嫌なやつよ。」


今までにないほどの怖い顔をしてオリビアは言った。


「基本的に目が笑っていないわ。口元だけニヤニヤしながら相手の様子を伺って、その人が1番言われたくないことをついてきて、楽しんでいるような奴よ。見た目にも自信があるようで、自分のことが1番大事なのが滲み出ていて気持ち悪くて堪らないわ。あんな奴がどうして私の婚約者になったのかさっぱり分からないわ。」


「えぇ…?そんなもんなの?」


「そうよ。大体同じ階級の家柄から婚約者は決まるわ。私の場合はあちらの家から申し込みがあって決まったの。同じ階級でもあちらの方がお金持ちだったから、お父様も二つ返事で了承していたわ。私の意見も聞かずにね。」


オリビアは深くため息をついていた。何と可哀想なのだろうか。ライドンさんへの気持ちを隠しながら、そんな奴のところに嫁いでこの先幸せになれるとは思えなかった。

私はどうにかできないだろうかと思い、もう少し探ってみることにした。


「その人はどんな仕事してるの?」


「…私が魔術師団に入ると知って、そいつも入ってきたわよ。」


「ええ!?すごいな!オリビアのこと大好きじゃん…」


オリビアは私の言葉に鳥肌が立ったようで腕をさすりながら睨みつけてきた。ごめん、オリビア。


「どこに配属になったの?まさか配属まで同じとか?」


「いいえ、今は第二部隊にいるわよ。」


ちょっと待って。今なんて言った…?


「…イーサンさんのところ?」


「ええ、そうよ。」


「…ふーん。ちなみに名前は?」


私の中で点と線が繋がってしまった。

早急にシリウスさんとイーサンさんに話をしなければならない。


「名前ですの?ヘクターですけれど…どうかしまして?」


私の表情が急に硬くなったことを察したオリビアが心配そうに此方を見ている。私は気にしないようにと伝えて、残りの時間お茶会を精一杯楽しむことにした。きっと、また大変なことが起こるだろうと予測しながら。

読んでくださり、ありがとうございます!


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