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今度はシリウスさんとフィオナさんの2人で話すように伝えようと思い、私はメイドさんに連れられて、遊んでいたシリウスさん達のところへ向かった。
シリウスさん達は庭に置いてあるベンチに座りながら草花を使ってごっこ遊びをしているようだった。望は地面にしゃがみ込んで土をいじって遊んでいる。
「シリウスさん、今度はシリウスさんの番ですよー。」
「ああ、分かりました〜。変な話じゃ無いといいんですけどね〜。」
シリウスさんはちょっぴり嫌そうな顔をしながら立ち上がった。きっと母親と話すことに気恥ずかしさを感じているのだろう。私は微笑ましく思いながら気乗りしていない後ろ姿を見送った。
愛は遊んでいる途中でシリウスさんと私が交代したので不満げにはしていたが、草花で作ったケーキを私の前に並べてケーキ屋さんごっこを始めた。色とりどりの花は庭師さんから分けてもらったらしい。どれも綺麗な花なのでおもちゃにしてしまうのはもったいないくらいだ。ケーキを食べるふりをして草花を摘んで、クルクルと回して眺めているとどこからか視線を感じた。
その視線の出所を探そうとキョロキョロしていると、お屋敷の2階の窓からこちらを見つめている人物がいた。
遠くて姿形はハッキリとは分からなかったが、服装や髪型からして男性だろうと判断する。正直なところどこを見ているのかは分からなかったが、こちらの方に顔は向いているようだった。無視していると思われたら困るので、念のためお辞儀をして、愛とのケーキ屋さんごっこに集中することにした。
望にちょっかいを出されながらも、ケーキ屋さんごっこを満足するまでやり続けた愛はお腹がすいたと望と一緒に愚図り始めた。確かに予定していたよりも長引いており、お昼ご飯を食べるにはいい時間帯になってきている。
どうしようかと困っていると、神妙な面持ちのシリウスさんがやってきた。
どうしたのかと尋ねると、ご両親に昼食を食べていくように言われたらしい。私はお父様もいらしたとは思っていなかったので驚いたのと同時に、一緒に食事をするのは遠慮したいなと思う。私達はまだ外で食事ができるほどのマナーを身につけていないからだ。望なんて誰かに手伝ってもらわないと食べられない上に、初めての人がいる状況だと私から離れようとしない。正直なところそれでは落ち着いて食事はできないだろう。
ご両親にもご迷惑をかけてしまうと思ってお断りしようとしたのだが、もうすでにシリウスさんが断ろうとしてくれたそうだ。しかし、フィオナさんに押し切られてしまった上に、ダリアさんを呼び出したそうだ。せっかくの休みなのにそれでは意味がないだろうと言ったのだが、ダリアさんは大張り切りだったらしい。
どうやっても断れなかったようで、申し訳なさそうにシリウスさんはため息をついた。
仕方なく私達はシリウスさんと共に食事に向かった。
案内された先ではこれでもかというくらい豪華な料理が並べられている。ダリアさんは愛と望用に子供用の椅子を用意してくれており、その椅子のそばで微笑みながら立っていた。愛と望はダリアさんを見つけると2人一緒に駆け寄っていた。
「あらあら、やっぱりダリアを呼んでおいて正解だったわね。」
フィオナさんは微笑ましげにその様子を眺めていた。私は上座に座る男性を見て頭を下げた。
そこにはアランさんをより厳格にして、歳を取らせたような男性が座っていた。グレーの髪をきっちりと撫でつけてある髪や、同じようにグレーの鋭い目から、厳しそうな人だなというのが第一印象だ。その服装と髪型から、先程二階から見ていた男性だと気付く。
「こちらは夫のケイレブです。シリウスとアランの父ですわ。」
フィオナさんから紹介されたので私も改めて挨拶をする。するとケイレブさんは無言で会釈してくれた。私は緊張しながら執事さんに指定された席に着いた。
「お食事へお呼びいただきありがとございます。しかし-先にお伝えしておきますが…恥ずかしながら私達はまだこちらのマナーを身につけられておりません。もしかしたら不快な思いをさせてしまうかもしれませんが、ご一緒してもよろしいのでしょうか。」
不安だったので一応最初にお伺いを立てる。するとケイレブさんと真っ直ぐに目が合ったので、緊張が増して背筋が伸びる。
「気にしなくていい。」
そう一言だけ言うと目を逸らされた。私の隣に座っているシリウスさんは少し不機嫌そうにしながらも、私の方を見て頷いて同意を示した。フィオナさんはクスクスと笑っている。
「そうよー。シリウスが初めてうちに来た時なんてワンちゃんみたいに食べていたものー。」
「母上…」
シリウスさんは物言いたげな目でフィオナさんを見つめるも、フィオナさんは全く気にせずに笑っている。きっとシリウスさんはこういう風に余計なことを話されてしまう予感がしていたから、一緒に食事をすることを嫌がっていたのだろうと思い、私は思わず苦笑してしまった。
食事中はフィオナさんとシリウスさんが主に会話しており、比較的和やかなムードで進んでいった。ケイレブさんも時たま会話に参加していたし、私も分かるところは発言できていた。フィオナさんは愛と望のことも気に掛けてくれており、愛はすっかり機嫌も良くなってたくさん話していた。
最初は気が進まない食事会であったが、美味しい上に、上手にその場を回せるフィオナさんの話術は流石としか言いようが無い。すっかり楽しませてもらい、大満足だった。
午後はシリウスさんには別の仕事があるそうなので名残惜しいが、食事を終えてすぐに魔術師団に戻ることになっている。
「ヒカリさん、またすぐにでもいらしてくださいねー。」
「はい、是非また来させてください。」
私達はケイレブさんやフィオナさんに見送られながら馬車に乗り込んで、手を振りながら別れた。
たっぷり遊んでお腹もいっぱいになったので望はすぐに寝てしまった。愛はまだまだ元気で、今日あったことを楽しそうにシリウスさんに話している。
私はその様子を見ながら、フィオナさんに言われたことを思い出していた。
フィオナさんは帰り際も、気が変わったら言ってね、なんてウインクしていた。私は曖昧に笑って受け流してやり過ごしたが、改めて考える。
私がいた世界では片親の家庭も珍しいものではなかったし、望に関しては父親がいないことをまだ分かっていない。しかし、愛には父親と過ごした記憶がある。父親が死んだと言うことをちゃんと理解しているかどうかは分からないけれど、急に父親がいなくなったということは受け入れているようだ。最初は何度も何度も父親がどこに行ったのか聞いてきたが、いつの間にかすっかり聞いてこなくなった。
私はシリウスさんと話しながらはしゃいでいる愛を見ながら、望を抱える腕の力を少しだけ強めた。
父親がいれば…と考えたことは沢山ある。子育ては意外と体力がいるし、生活する面でも働き手が2人いるだけで収入に差も生じる。しかし、私にとっても子供達にとっても、それが誰でもいいというわけではない。
シリウスさんが役不足というわけでもない。ただ、私はまだ夫のことを忘れられない。私の中では夫も、娘の父親もあの人だけなのだ。
私はあの人のことを思い出しながら、腕の中で眠る望の頭を軽く撫でたのだった。
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