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ビニールハウスの中に慣れたスライム達がのびのびと過ごせるようになったのを見て、ライドンさん達は私達のところに戻ってきた。

ライドンさんとオリビアはいつの間にか手を離していたが、随分と親密度は上がったようだ。

念の為ユウはビニールハウスの中で待機していてもらい、オリビアにビニールハウスに魔物が入っている状況を訪ねて見ることとなった。

愛と望はビニールハウスの中には入らないということを約束して、周りで遊んでいるように伝える。


「魔物があんな風に人の言うことをきちんと理解するなんて知らなかったわ…。」


「いや、それは俺たちも同じだよ。魔物遣いの実態なんてこの目で見るの初めてだし。」


「そうですね〜。今までどのような事例が報告されているか確認して、新たに記録を残す必要がありそうですね〜。」


オリビア、ライドンさん、シリウスさんは各々に感想を言い合う。

シリウスさんが文献だの記録だの言い出したので正直なところいい予感はしない。また魔物召喚して魔物のレベルによっての扱いの差を調べる…なんて言い出しそうだなと思ってしまったので、ユウの負担を増やさないように念を押した。シリウスさんは何のことを言われたのか分かっていないようだったが、オリビアはシリウスさんに蔑むような視線を送っている。


「そんで、オリビアはあのビニールハウスについてはどう思ったの?」


一応あのビニールハウスを出した者としては、その適性がどれほどのものかというのは意見を聞いてみたかった。

オリビアは少し眉を下げて、改めてビニールハウスを見ている。


「…やっぱりあの薄いものに覆われているっていうのは不安だわ。私が思っていたよりもユウの能力は素晴らしいものでした。けれども、ユウだってずっとあの中で過ごすわけにはいかないでしょう?ユウがそばにいる時のスライム達の様子は落ち着いて見えるけれど…もしユウがいない時のことを考えると恐ろしいもの。」


「そうだよねぇ…。」


ビニールはとても薄い素材だ。それこそ風が吹けば、ビニールハウスの表面の形が変わってしまうほどに。

それを近くで見たら恐怖心を抱くのは仕方ないことなのかもしれない。


「ただ、中が見えるのは良いですよね〜。見えないと不安はより大きくなりますし、外からスライムの様子も観察できますし…。」


「となると、やっぱりガラスでできた温室があった方がいいってことですよねー。」


「温室かぁ…このビニールハウス?はさ、ヒカリ様が出してくれたから費用もかかっていないけれど…また体調悪くなるかもしれないってことを考えると、ヒカリ様のスキルに頼るんじゃなくてちゃんとお金をかけて作った方がいいと思うんだ。金額は高くなるかもしれないけど、しっかりとしたガラス張りの温室を用意した方が良さそうだね。」


やはりお金をかけてもガラス張りの温室を作る方が良さそうだ。

せっかく出したビニールハウスだったが、無駄になってしまった。


「では、僕が団長に温室設置についての打診をしておきますよ〜。」


「よろしくお願いします。」


シリウスさんがミルドレッドさんに温室の用意を頼んでくれるらしい。

せっかくスライム達もビニールハウスに慣れたのに一旦水槽に戻ることになる。


「…でもさ、スライムたちすごくビニールハウス気に入ってますよね…?」


ビニールハウスの中は暖かく、広々としているのでスライム達はぐるぐると回ったり、飛び跳ねたりしている。表情がないスライム達ではあるが、ものすごく楽しそうにしている。

それをまたあの水槽に戻すのはかわいそうな気がする。

ライドンさんも同じような考えらしく、2人でしょんぼりしてしまう。そんな私達の様子を見てオリビアは呆れている。魔物にそのような情を見せるのが信じられないらしい。

それは仕方ないのだけれど、でも、なんかスライムが可愛く見えてきちゃったんだもん…。


「だったら温室が出来るまでの間、ユウがいる時限定で、ビニールハウスの中で過ごせる時間を作ってあげればいいんじゃないですかね〜?ユウがいればコントロールは可能ですし、それなら怖くないんじゃないですか〜?」


「確かに!ビニールハウスだったら外から見えるから、ユウのスキルもスライムの状態も観察できるし一石二鳥じゃん!」


シリウスさんの提案にライドンさんは興奮気味に賛同していた。それなら、ずっと水槽の中にいるよりも楽しく過ごせるはずだ。

ビニールハウスもしばらくは活用できるようでホッとする。あんな大きなものが無駄になってしまうのは処分することを考えるとかなり申し訳ない。


「でもさーやっぱり人員足りないよな。温室建設して、世話して、記録して…これからすごい忙しくなる気がするんだけど…。」


「そうですねぇ〜…。」


私もそれは思っていた。正直なところ今のままでは無理だろうなと。一人一人の負担が大きすぎるように思う。

そこで、一か八か、その場にいるメンバーにこの前私が街に出て考えたことを聞いてもらうことにする。


まず、私が気になったのは識字率についてだ。

私は元いた世界での義務教育の簡単な仕組みの説明と、それに伴い識字率がほぼ100%であることを皆に伝えた。この国では30〜40%の人が文字が読めていないということに対して私はむしろ衝撃を受けたことも伝える。

もちろんこの国では教育が義務ではないことは理解している。しかし、知識がないということは、その分ハンデがあるということなのだ。知識がある人間はそれだけでいい仕事に就ける。その知識をつけるために学校があるのに、そこに通えるのはお金がある人だけだ。その仕組みが結果的に格差を生んでしまい、裏通りのような路上生活を送る人が出てきてしまうのではないかと思ったのだ。


「私ね、貧困の差を埋める唯一の方法って、学業だと思ってて。学ぶ機会があるかないかで人生大きく変わってくると思うの。その機会を、貧困が奪っているっていうのがおかしくないかなって。」


シリウスさん達は、どこまで分かってくれているのか分からないが、真剣な表情をしながら話を聞いてくれていた。


「オリビアが言ってたじゃない?裏通りは犯罪者の巣窟だって。その人達って犯罪を犯す以外の方法を知らないんだと思う。もちろん中には根っからの悪人で、犯罪を犯す事に抵抗ない人だっているとは思うけど、ユウみたいにそうじゃない子だっているはずなんだよ。だから、その人達に対して知識や技術を与えて、働いてもらうってのはできないのかなって…。」


「うーん…それはどうなんだろうな。」


「うん、簡単にできる事ではないと思うんだよね。勉強してみて、やっぱり向いてない、無理だってなる子も居ると思うの。だけど、だったらその子達の得意分野で勝負させてあげるとかできないかなって。ユウとユキだって、魔物遣いってスキルをここで活かそうとしているでしょう?例えば勉強ができなくても、手先が器用だったらお裁縫や工芸品を作る技術を教えて、魔術師団で使うものを作ってもらう仕事をさせるとか…魔術師団だって、魔術を使う仕事ばっかりじゃないでしょ?そうやって仕事を与えればお金がもらえるし、食べるために犯罪を犯すってことはゼロにはできないかもしれないけど減らす事って出来ないのかなって…。」


私が話しているのは理想論だとは自分でも分かっている。

けれども、私はもう既に裏通りのことを知ってしまったのだ。ユウやユキに触れてしまった。もう、知らなかった時には戻れない。

シリウスさんは深いため息をついた。イライラしているのが、何も言わなくても伝わってきた。ライドンさんとオリビアはシリウスさんの様子にハラハラしている。


「ヒカリ様、流石に色々なところに首を突っ込みすぎではありませんかね〜今、そんなところまで気にしている場合ではないと思うんですけれども〜。それにあそこはそんなに甘いところではありませんよ。」


「…ですよね。綺麗事だって思うんだけどさ。何もしなかったら人員不足は解決しないし、やっぱり気になっちゃって。私単純だからさ…知識や技術がゼロの人に対して支援をすれば、この国全体の能力が底上げされてもっと利益を生むと思っちゃって。」


「…あなたはそういう人ですよね〜…。」


シリウスさんはそう言って、フードを深く被って草の上に寝転んでしまった。もうこの話はしたくないという事なのだろう。

シリウスさんは実際に裏通りで過ごしていたのだ。その裏通りでの生活を思えば、私がさっき話したことなんて上っ面の、夢物語にすぎない。私は無神経に、シリウスさんの過去の傷を抉ってしまったのだろう。その事に気付いた時にはもう遅く、私は黙って俯くことしかできなかった。

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