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やっぱりオリビアは団長室の近くにある庭のベンチに座って泣いていた。以前私と初めて会った時もここに座って目を赤くしていたので、ここにいるだろうと思っていた。
団長室に近いせいか、あまり人が寄り付かないここは一人で過ごすには絶好の場所だろう。
ライドンさんは流石に疲れたのか、近くにワゴンを停めるとその場にしゃがみ込んで息を整えている。私はフラつきながらワゴンから降りてオリビアに近づく。
オリビアは私が来たことに気付いていたのか、少しズレて座ってくれた。
私はオリビアの隣に座って話を始める。
「私への話はなんだったの?結局聞けなかったからさ。」
「…本当は、教師の話を受けようと思ったの。」
オリビアは鼻を啜りながらポツリポツリと話し始めた。
以前エリックさんと3人で話した時に、マナーや貴族についてのことを教えてもらうように頼んだことへの返事をくれるつもりだったらしい。
オリビアは色々考えた末に私達の教師をする決意をしてくれたそうだ。私にとってはとても嬉しいことだったが、オリビアは今回のことでやっぱりできないと思い直してしまったそうだ。
「なんでよ、やってくれればいいじゃない。」
「…無理よ。」
「…シリウスさんにあんなこと言われたから?」
今までの流れで思い当たる原因といえばシリウスさんのことくらいだった。シリウスさんの名前を出すのは心苦しかったが、オリビアが少しでも話しやすくなるように誘導しようとした。
オリビアは涙を流しながら、首を振った。
「私ね、すぐにでも結婚しろって言われていますの。」
「…はぁ?」
話が読めなくて思わず口から出てしまった。
オリビアは実は家が決めた婚約者がいるんだそうだ。しかし、その婚約者のことをオリビアはよく思っていなかったらしい。それでも、貴族の娘として生まれたのだから、その役目を果たすようにとご両親から強く言われてしまったらしい。自分でも貴族としての役割をよく分かっているオリビアだったが、どうしてもその相手のことを好きになることができなかったそうだ。そして、オリビアなりに考えて、その婚約者よりも格段にいい家柄の人と結婚することになれば、婚約者との結婚が避けられると思ったそうだ。そこで魔術師団に入り、条件に合うシリウスさんをそのターゲットにしたとういことだ。
シリウスさんと結婚したいというは、恋心だけではなかったし、オリビアが家柄に拘っていたのは貴族としてのプライドだけではなかったらしい。
私が思っていたのとは随分と違っていた。
「でも…今回あなたから教師をやってくれるように頼まれた時に、これがあればそもそも結婚なんてしなくてもいいのかもって思ったのよ…聖女の教師なんてかなり名誉あることだわ。そんな名誉あることを私に任せてもらえるのなら、うちの両親も結婚をしなくてもいいって言ってくれるだろうと思ったの。」
オリビアにも今回の教師としての話はかなりメリットがあったらしい。だったら尚更引き受けてくれればいいのにと思ったので、それを伝えると、オリビアは弱々しく首を振った。
「きっとシリウス様が認めてくださらないわ…だとしたら教師をするなんて無理でしょう?…最初から私が間違っていたんだわ…。」
オリビアの目から溢れる涙は止まりそうにない。私はオリビアの背中をさすりながら慰める言葉を探す。
シリウスさんはなんだかんだ私に甘いので私が必死に頼めばオリビアに教えてもらうことも可能だろう。しかし、肝心のオリビアがこの調子ではシリウスさんへの説得をしても無駄だろう。
「あーーーーー!!」
「ライドンさんうるさっ!!今大事な話してんだから!!」
ライドンさんは重い空気を盛大し無視して、尋常じゃない大声を出していた。流石に邪魔だったので叱りつけると思い出したんだよ!とオリビアに近付いた。オリビアは急にライドンさんが寄ってきたので怯えて小さな悲鳴を上げた。
「あんた、2年前くらいの魔物騒ぎの時の子じゃね!?」
またもや新事実発覚に私はもうついていけそうになかった。
ライドンさんの話によると、2年程前に魔物が街へ出現し、それを第一部隊と第二部隊で捕まえる事件があったそうだ。その時、大きな被害は無かったものの、魔物が出現したことにより、街の住民達は大混乱となったらしい。その魔物は光物が好きな魔獣だったらしく、街の宝石店に入り込んでしまった。その時、運悪く店内には従業員と客が数名いたそうだ。その中の1人がオリビアだったのだと言う。
ライドンさんは1人納得したように腕を組んでいた。
「…それがどうしたの?」
「いや、あの時さ、最終的に魔物捕まえたのシリウスだったからその時シリウスのこと知ったんだなって。」
「…そう…。」
思ったよりもどうでもいい情報だった。オリビアは図星だったのか顔を赤くしていた。
「…そうよ。その時、シリウス様に憧れを抱いたの。でも、結局私のは恋じゃなかったわ。打算的な考えで、浅はかで。もう魔術師団になんていられないわ…。」
「いや、そういうんじゃなくて。俺的に結構いい人材だなって思ったんだけど。」
「いや本当ライドンさん話すの下手すぎて何言ってるか全然分かんないんだけど。」
さっきの話のどこにそんな要素があったのかさっぱり分からない。オリビアも怪訝な顔をしている。
ライドンさんは唸りながら考えて、なんとか伝わるように話してくれた。
「俺とヒカリ様もそうだけどさ、第一部隊の奴らってあんまり魔物にも抵抗がないし、貴族だのなんだのってそこまで拘りもないわけ。研究できればいいって思ってる奴ばっかりだからさ。そういうのが集まってるとユウとかユキに対しても、スライムに対してもそこまで否定的な意見も出ないじゃん。だけど、オリビアちゃんはさ、貴族としてのプライドがあって、魔物の怖さも知ってるだろ?それって俺らにはない視点じゃん?だから、その視点を養殖の現場に活かせないかってこと。
いざ養殖始めたらさ、ユウとユキに文句言う奴も、養殖自体に文句言う奴も出てくるわけだろ?オリビアちゃんが思ってることを言ってくれて、それを改善していくようにしていけば、文句言う奴いなくなるんじゃね?」
なるほど…!確かにさっきの研究室でのことは私達にはない視点だった。私達にはない意見を聞かせてくれるオリビアは養殖の現場では重要な人物になり得るかもしれない。
私とライドンさんはニヤリと笑って手を握り合った。
「これならシリウスさんを捩じ伏せられるよ、オリビア。」
「そうそう、その時の魔物だってシリウスが召喚しちゃったやつだし。そん時のトラウマって言えばあいつも強く言えないよ。」
「…は?」
今なんて言った?
私とオリビアが思いっきり眉を顰めたのを見て、ライドンさんはハッとして手で口を押さえた。
「やべ、内緒だった。」
話を整理すると、シリウスさんお得意の好奇心による魔物召喚術を試したところばっちり成功してしまい、街にその魔物を逃してしまった挙句、第一部隊と第二部隊が出動し、更にオリビアにトラウマを植え付けることになった。その時、自分でしたことの始末をしていたシリウスさんに対して、自分の恐怖体験の元凶だと知らないオリビアは憧れを抱いて、魔術師団に入団してきて、あわよくば結婚相手になれないかと思っていたということだ。
現実はなんて残酷なんだろうか…!
私はオリビアが気の毒でたまらなくなっていた。ゆっくりとオリビアの方を盗み見るように見るとオリビアも呆然としていた。
「魔術師団の信用が無くなっちゃうから、あのことは内緒にするように言われたんだったんだ。」
ライドンさんはまた的外れなことを言いながら、いたずらっ子みたいな笑顔で誤魔化そうとしている。
いやどうすんのこの空気…
「ま、まぁさ!オリビア!ね、なんていうか、私にとっては先生してくれれば万々歳だし、更に養殖とかユウ達のことも指導してくれるなら、オリビアにとっても仕事続けるめっちゃ重要な理由ができるわけじゃん!?だったらさ、オリビアにもメリットめっちゃあるわけだしさ!どう!?やっぱりやってみる気にならない!?」
「そうそうー!ユウとユキにもマナー教えてやってよー!」
私はなんとか話を誤魔化そうと大袈裟すぎるほど明るく話し、ライドンさんはそれに乗っかる形となった。
肝心のオリビアはまるで魂が抜けた屍のようになってしまっていた。
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