とりあえずやってみた
今回軽度ですがグロテスクな描写があります。苦手な方はご注意ください。
「ヒカリ様、まず人に口の中を見せるものではありません。」
「はい。」
私はこの怖いアンネさんを止める術を知らないので、下を向きながら相槌をうつことしかできそうにない。
「増してや、口の中に手を入れろなどとの要求は余程親しい間柄でもあり得ません。特にシリウス様は男性でございます。そのことがお分かりで?」
「はい。その通りでございます。」
「しかもどうなるのか分からないのに魔力を込めてみろなど言語道断。」
「申し訳ありません。」
「…もっとご自分を大切になさってくださいまし。」
ガミガミと怒った後に少し寂ふしそうに呟かれてしまった。私は顔を上げてアンネさんの顔を見た。さっきまで鬼のような顔だったのに今では菩薩のような顔になっている。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
「別に私は自分を大切にしてないわけじゃないです。現段階で私の魔術では自分を守れません。今回、事故にせよ故意にせよ、危険にさらされたことは明らかです。その時私は何もできませんでした。そのせいでアランさんが怪我をしたし…愛がこんなことになって。今回はたまたま私は無傷ですが、愛が倒れました。そして、私達には狙われる理由があるということも分かりました。今後連れ去られる可能性もあるでしょう。
私が自分の身を守れる術を見つけられるまでは誰かに守ってもらうしかないです。でも、24時間誰かが私のそばに付いるわけにはいかない。
だったらせめて居場所が分かるようにする必要はあると思ったんです。だから、今すぐにでもGPSが欲しい。それに協力して欲しいと言ってるんです。」
「ヒカリ様…。」
私の言葉を聞いて、菩薩の顔が一気に苦痛に歪んだ。私の言いたいことは分かってもらえたのだと思う。
確かに、できるかも分からないのにやってみるなんてのは無謀なことなのかもしれない。だけど、一刻も早くGPSを開発して欲しい。そして愛や望にも持たせられるように工夫しなければならない。娘達に身に付けさせるものが出来上がるまでも時間がかかるだろう。まず一番最初の開発を早く進めなくてはならない。
アンネさんは黙ってしまった。思い沈黙が流れた。
「お前たち、何してるんだい。」
そこに登場したのはミルドレッドさんだ。私とシリウスさんは正座したままミルドレッドさんにお辞儀をしたので土下座したみたいになった。
ミルドレッドさんにことの顛末を説明すると、思わぬ返答が返ってきた。
「ヒカリ、口を開けてあたしにも見せてみな。」
私はミルドレッドさんに大きく口を開けて見せた。ミルドレッドさんは口の中を覗き込んで歯の状態をチェックした。
「これじゃ魔力を込めるには役不足だよ。ただの金属だ。金属じゃ魔術で変形させるくらいしかできない。」
ミルドレッドさんが真剣な顔をしている。きっとこれは何かあったんだなと思った。
私達に不都合な何かが。
「ヒカリ、覚悟はあるかい?」
「はい。」
私はミルドレッドさんの顔を見て力強く頷いた。
「…分かった。じゃぁこの歯を抜くよ。」
「え。」
ミルドレッドさん曰く、この歯を抜いて同じ形に魔石を削って、その魔石に魔力を込めてGPSとして使うらしい。
抜歯と聞いて緊張が走る。私は親知らずを抜いたことがあり、顔面が別人のように腫れ上がったことがあったので、正直すごく怖かった。しかし、そんなことも言っていられない。
大丈夫!!まっすぐ生えた親知らずを抜いた時は痛くなかったし腫れもそこまでじゃなかったと思う!多分!
私はミルドレッドさんにお願いして日本の歯医者スタイルで仰向けに寝転んだ。そしてミルドレッドさんに口を大きく開けて見せて抜いてもらうことにした。
「ヒカリ様!お待ちください!」
そう泣きながら叫び、私の胸に飛び込んできたのはアンネさんだった。失礼ながら重さにグエッてしました。
「歯を抜くなんてなんてこと…!どうしてそんなことまでしなければならないのですか….!」
私を押さえ込みながら涙を流し、必死にアンネさんは訴えてくる。
やっぱり歯を抜くって結構大変なことなんだなと思った。ミルドレッドさんがあんまりにもサラッと言うもんだからこっちでは大したことないのかと思ったけど違った。
どう説得しようか迷っていると、助けてくれたのはミルドレッドさんだった。
「アンネ、もうよしな。この子はね、こっちに来る前から覚悟してんだよ。」
「…覚悟ですか…」
「ああ、あの子らの親になるって覚悟だよ。この子はね、あの子ら守るためなら自分の歯くらいなんてことないのさ。あんたもそばで見てきたんだから分かるだろ。」
いや、普通に抜歯は怖い。
口に手ぇ入れられるより怖い。
「…分かりました。」
アンネさんは納得したのか、ゆっくりと体を起こして離れていった。私はその手をぎゅっと掴んで顔見た。アンネさんはもうボロボロになっていた。
「アンネさん、ごめんね…怖いから手ぇ繋いでて。」
私はぎこちなく笑うと、アンネさんはグッと眉を顰めてそのまま強く手を握ってくれた。指が折れそう。だけど、パワーもらってる気がする。気を取り直してミルドレッドさんに大きく口を開けて見せた。
「行くよ。痛みはないようにするからね。」
「ふぁい。」
私の口の中にミルドレッドさんの手が入ってくる。じんわりと歯のところが暖かくなり始める。すると痛みはないが、ミシミシというかブチブチというか聞こえてはいけない音がする。歯が抜けていく音だろう。
恐怖にぎゅっと目を瞑り、アンネさんと繋いでいる手を強く握る。アンネさんは両手でその手を抱え込んでくれた。
そう簡単に抜けるものではないらしく、その不穏な音をしばらく聞くこととなった。額には汗が滲んでいる。ミルドレッドさんはもっと辛そうだ。私はこれでもかと言うほど力を込めて目を瞑り、歯が抜けるのを待った。
「終わったよ。しばらく布でも噛んでな。」
ミルドレッドさんはふぅっとため息をつきながら抜いた歯に洗浄魔法をかけて綺麗にしている。歯を綺麗にした後は私の口内に洗浄魔法と治癒魔法をかけてくれた。痛みはないが、どくどくと心臓が鳴っているような気がする。
アンネさんは私をぎゅっと抱きしめて、手を繋いで洗面台へ連れてってくれた。子供に戻った気分。
口を濯ぐとスッキリした。舌で触るとぽっかりと奥歯一本分の隙間が開いていた。
戻るとミルドレッドさんの姿は既にそこにはなかった。転移魔法で開発部に向かったそうだ。歯に近い色の魔石を加工して戻ってくるらしい。
シリウスさんは真っ青な顔をしながら椅子に座っている。
私も椅子に座ろうと近づくと腕を引かれて抱きつかれた。
「ええ!?なに!?」
まさかそんなことされると思ってなかったから何故か私が両手を上げて降参のポーズしてしまった。
椅子に座ったままのシリウスさんは立ったままの私をぎゅっと抱え込んだまま動かない。
アンネさんに助けを求めるが、アンネさんも拗ねた顔でしらんぷりして行ってしまった。
お願いだから誰か助けて。
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