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「んー…私が元々持っていた貴族とかのイメージと、こっちの世界はあんまり違いがないように思うんだけどね。まぁ、私が住んでたところも、昔は同じだったんだよ。」
「え?」
「親が選んだ人と結婚して、男が優位で、子供をたくさん産んで…ってそういうのが女の子には求められて、男の子には男らしく、仕事ができてこそ価値がある…みたいな感じ。だけど、だんだんそれが変わってきて個人が尊重され始めてきてた。」
完全に変わっているとは言い切れないのが難しいところだ。実際、男尊女卑は未だに深く根付いているし、男性だって男らしくないという言葉を投げつけられてしまうことだってある。
だけど、今立ち上がってる人たちがたくさんいて、少しずつだけれど世の中が変わってき始めている。
「他人は他人、自分は自分って思える人が増えてきていてね。その人たちが頑張って世の中を変えようとしているところだった。」
LGBTQIA+という言葉が誕生したように、セクシャリティを自由に主張できるようになってきたり、あえて結婚をしないことや、子供を産まないことを選択肢にしても良いという考えも出てきている。セクハラ、パワハラ、モラハラなどあらゆる脅威についても問題視されている。性被害は未だに女性が被害者になることが多いが、男性が被害者になることもあるということが知られ始めている。障害についてもさまざまなものがあり、バリアフリーが取り入れられることで、皆が過ごしやすくなるように工夫され始めている。あと10年もすれば日本はきっと大きく変わった世の中になっていただろう。
エリックさんもオリビアも驚きながらも、真剣な顔で話を聞いてくれている。
「どんな職業に就くかだって、服装だって、結婚するかしないかだって、子供を産むか産まないかだって全部自分の好きなようにすればいいよって風潮が高まってきてる。他人に直接迷惑かかることじゃなきゃやってもいいんじゃないかなって感じ。見方によっては自分勝手にも見えるかもしれないけど、実際迷惑かからないことの方が多いからね。そういう人もいるよねーって多様性が認められ始めたってことかな。」
間違った表現をして大問題になってしまうことももちろんある。発言を切り取られて炎上してしまうこともあるので、全部が全部自由にできるというわけでもない。それでも、視点を変えて柔軟に対応するということができるようになってきていると思う。
「こっちとの大きな違いは個人を重要視するようになったってことかな。」
「なるほどねぇ。そんな世界にいたら確かにこっちでは窮屈に感じるかもね。」
エリックさんは苦笑しながら背伸びをした。上手く説明できたかは分からないけど、二人とも真剣に聞いていたので体も疲れてしまっただろう。
「まだまだ皆が暮らしやすい世界だとは言いづらいけどね。だからって別にこっちの文化とか習わしを否定したりはしないよ。ただ私たちとは違うってだけだからね。」
知らないことが多いので、上手く振る舞えるとは思えないが、一応もう大人なので外面の使い方くらいは分かる。しかしながらマナーや常識は身に付けていかなければならないので、それをきちんと教えてくれる人が必要だ。
そこで、オリビアにお願いしたい。私たちには立場に遠慮なく指導できる人が必要だろう。一番身近で頼りになりそうなのはオリビアだと思う。
その提案をしようとオリビアを見ると、オリビアは眉を顰めて何かを考え込んでいた。
「…オリビア?」
「あ、はい。」
「どしたの?大丈夫?」
先程よりも明らかにオリビアの元気がなくなっていた。大丈夫かどうか聞いてみると、大丈夫だと言うが、とてもそうは見えなかった。理由を聞いてみたいとは思うものの、そこまで突っ込んでいいのが分からないのでオリビアの言葉をそのまま受け取り、触れずに話を進めていく。先程貴族のことに関して教えてもらうという話がでたが、マナーの指導者としても私たちに教えて欲しいと提案する。
オリビアは驚いたようだ。
「もちろん強制ではないし、オリビアもオリビアの仕事があるだろうから、エリックさんの許可も必要だと思う。だからこの場で決めなくてもいいから考えてみてほしいな。」
私がそう言うと、オリビアは考えてみると言ってくれた。エリックさんも色々確認してから、二人で相談すると言ってくれたのでホッとした。
しかし、オリビアの表情は曇ったままだった。どうしたら笑えるのか考えてみるが、全然分かんない。せめて気を紛らわせることができればいいのだが…
自分が若い時に興味があったことはオシャレとか音楽とか芸能人だったような気もするが共通の話題になるようなものは見つかりそうにない。
かろうじて話せそうなのは今日私が着ていた学ランドレスについてかなと思ったので軽く聞いてみることにした。
「ねぇオリビア。今日私がきてたドレスどうだった?黒いやつ。」
オリビアはよくも悪くも正直なので迷ったように目を泳がせていた。女性が着る一般的なドレスとは大きく形が違うドレスだ。こちらの常識ではとてもじゃないが考えられなかった衣装だろう。
「…正直なところよく分からないわ。あんなドレス初めて見たもの。」
「そうだよね。あれはチャーリーさんが私の願いを形にしてくれたドレスなんだよ。」
チャーリーさんの名前を出すとあからさまに顔を引き攣らせた。やはり苦手なのだろう。
チャーリーさんもここでは異質な存在だと思う。
イーサンさんやシリウスさんもミーティングでチャーリーさんの名前を出した時に顔を青くしていたので、二人とも苦手なのだと思う。シリウスさんに関しては服装や話し方とか以前にズバズバと言うチャーリーさんの性格が苦手なだけのようにも見えるけど。
チャーリーさんやライドンさんは私たちに近い感覚を持っている気がする。チャーリーさんは男性だけど、堂々と美しく化粧をするし、女性らしい話し方をしている。そして、ライドンさんはそのチャーリーさんを兄として受け入れている。それは個人を大事にしているからだ。
「あの衣装作る時ね、私の決意を知ってもらったの。」
「決意?」
「そう。ほら、私旦那亡くしてるじゃん。その時、子供達の父親いなくなったわけでしょ。だったら、私が母親にも父親にもなろうって思ったの。
だからあえて男女両方の服装を混ぜたドレスを作ってもらったの。」
オリビアはまた驚いた表情をして、私を見つめていた。特に、この世界の女性にしては短すぎるくらいの髪を見ている。切った理由はそこじゃなかったんだけどね。邪魔だったからなんだけどね。
「私のそういう気持ちってさ、気持ちなんだから、誰かに否定されていいもんじゃないと思うのね。そして、私はそれを服装って形で表現してる。人にはそれぞれ理由があるんだよってことをなんとなく皆が察する世の中だったってこと。」
「でも…理解できないわ。申し訳ないけれどあなたは母親でしかないと思うもの。」
オリビアは苦痛の表情を浮かべていた。きっとこの子は自分の持つ価値観と私の話との間で揺れて、傷付いているのだろう。自分が正しいと思うものや、受け入れられないもの、羨ましいと思ったこと、同情したこと、きっと色々なことを考えてしまっているのだ。
「理解しようとしなくていいんだよ。そんな難しい話じゃなくて、自分とは違う考えの人もいるってことを知るだけでいいの。そうなんだー私とは違うねーって。」
理解なんてできるわけない。私だってオリビアのことはもちろん理解できないし、娘たちが今後考えることだって理解できないことも出てくるだろう。でも、人を傷つけるようなことだったり、犯罪だったりしなければ、それはそれでいいのではないだろうか。
私がそう言うと、オリビアはポカンとしていた。
いまいち伝わらなかったのかもしれない。
「ドレスの形はどうであれ、あのレースとか、キラキラしたやつとかさ、すごくよかったと思うよ。」
エリックさんがドレスの模様について褒めてくれた。
確かに形は受け入れ難いドレスだったかもしれないが、あの雪の結晶から作り出された星空は誰が見ても美しいものだっただろう。
「別にドレスそのものを全て受け入れなくてもさ、あのレースが綺麗だったとか、宝石が素敵だったとか、いいなって思う部分は少なからずあったでしょ?」
エリックさんがオリビアの顔を覗き込んでいた。
オリビアはびくりと肩を震わせていたが、エリックさんの言葉を聞いて、ドレスを思い出すように考え込んでいた。
「…確かに綺麗でしたわ…」
「うん、ただそれだけでもいいんだよって。形にとらわれなくても、いいところはあるんだから、それを知れれば十分じゃないかな。理解できない、おかしいって突っぱねて、本当は素敵だと感じたことにも蓋をしなくていいんだよ。」
オリビアはハッとしていた。
もしかして、オリビアも本当は素敵なドレスだと思ってくれていたのかもしれない。だけどそれが常識とはかけ離れたものだったから受け入れていいものか迷っていたのかもしれない。
オリビアが果たして本当にそう思っていたかは分からないが、そうだったら嬉しいなと思う。
ニタニタと笑いながら私も参戦した。
「そーそー!オリビア前私に言ってたじゃん!自分の気持ちに正直になりなって!!」
私はその言葉をオリビアにかけられた時に、それでいいのだと再認識できたのだ。
そっくりそのままオリビアに返すと、ばつが悪い顔をしてため息をついた。そしてニヤリと笑って私を指さした。
「あなたは正直になりすぎよ!!」
その声と表情はいつものオリビアだった。私たちは3人で涙が出るほど大笑いしたのだった。
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