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流石に愛も疲れてしまったようなので、客室に戻ることにした。ライドンさんはそのまま研究室に残るようだったので、望が起きないように慎重に受け取った。サラさんは一旦図書室に戻り、愛が読みそうな絵本を持ってきてくれるらしい。聖女関連の絵本もあるそうだが、それは外してもらうように頼んだ。愛と望は聖女としてこちらに召喚されてはいるが、まだ幼い。
聖女についての絵本を読むことによって、将来の選択肢が狭められてしまいそうで怖かったのだ。愛と望にはその役職に囚われずに、どこにいたって自分のしたいことをしてほしいと思う。
私は望を抱っこして、シリウスさんが愛の自転車を押しながら客室へと向かう。
冷静に考えると、室内を自転車に乗って移動するのって危ないなと思う。
こちらでは欧米的な生活文化なので、靴を脱がずに生活している。
そういう基本的なところから生活の違いを感じてしまい、ふとした時に悲しい気持ちになる。客室に戻ったら靴を脱いでやろうと決意した。ささやかな抵抗だ。
客室に着いてから、愛と望をアンネさん達に頼んで、私とシリウスさんは向かい合わせで席についた。そして私はバレないように靴を脱いで裸足になった。開放感が自然と足をブラブラさせてしまう。
「これからですが、ヒカリ様には環境部でスキルの研究を中心に協力していただくことになります〜。」
「はい。」
「それに加えて陛下への報告も仕事になります。」
「はい。」
一応スキル研究の仕事はあるようだが、そればかりをするわけではないようだ。今日見てきた様子からも、環境部の人それぞれが既にやるべき研究を既に抱えている。聖女または聖母の研究をする人員を面接から選出するとは言っていたが、その研究のためだけに人員を割くことはできないだろう。そのため、研究に参加するときとそうでないときがあるようだ。
ずっと環境部にいるわけではないということにひとまず安心する。さすがにずっとあそこにいたら息が詰まりそうだ。
「来週までにこちらでスケジュールを組んでおくので、それに沿って動いてもらうことになります。」
スケジュールで決まっている予定の時間以外に関してはミルドレッドさんか、シリウスさんの許可があればある程度自由にしていてもいいそうだ。
「あの、シリウスさん、私街に行きたいんですけど…」
「そうですね〜…僕が同行したいんですけど、アルフレッドが許してくれないでしょうね〜…イーサンの隊員に護衛も兼ねて同行を頼むことになると思いますよ〜。」
なるほど。
基本的に魔術師団が私の行動の制限を厳しくはしないが、全て把握するようだ。仕方ないことだからそれは妥協しよう。
同行者付きでも外に出られるようになっただけいいだろう。
私はまず街の様子を知りたかった。どのような人たちがどのように暮らしているのか、それが分からないなら販売できるような商品は作れないだろう。
オムツやナプキンは日常生活の補助に使う物として裕福な層に向けて販売することは可能だろうがそれだけでは商売として成り立つのか不安がある。
そもそも、商売がそんなに簡単にできるようになるのだろうか。
やはり何の情報もないままだとマイナスなことを考えてしまう。
街へはなるべく早く行くことにして、イーサンさんにお願いしよう。
足をブラブラさせたまま話を聞いていると、シリウスさんに咳払いをされた。靴を脱いでいたのはバレていたらしい。靴を脱ぐのはお行儀が悪いことらしく、軽く嗜まれてしまった。
渋々靴を履こうとしたが、部屋でならリラックスして過ごしたいので、ノートとペンでサンダルを描いて出す。あの、異常に穴が空いたやつの模造品。
これなら履いているし、楽だからこの部屋の中ならいいだろう。
「…ヒカリ様、スキル使いすぎではありませんか〜?」
シリウスさんが顔を引き攣らせながらそう言った。確かに今日はいっぱい使ってしまってるかもしれない。
それが何か影響があるのだろうか?
よく分からないので首を傾げるとため息をつかれた。
「以前、杖を使うことについてお話ししましたよね?」
一体何のことだろう?と更に考え込んでたら、シリウスさんは諦めたように最初に皆さんと会った時に魔法石について触れたことを教えてくれた。
そういえばルウさんが役職とか調べたときに杖についてる魔法石に魔力を移しておくと、魔術を使うときに体力の消耗が少なくて済むって言っていたような気がする。
ということは、魔術を使うときに体力を使うってことなのか。
「ヒカリ様の場合、まだスキル発動とそれに伴う体力の消耗がどれ程の物なのか分かっていないので、無闇に使うことはお勧めはしませんよ〜。」
なるほど。魔術も無限に使える物ではないんだな。
今のところ体調不良を感じたことはないが、用心するに越したことはないだろう。
「気をつけまーす。」
適当に返事しながらサンダルを履いたらまた呆れたような顔をされた。
そんなことを話していると、サラさんが絵本を持って来てくれた。愛はサラさんのお膝に座ってニコニコしている。サラさんが持って来てくれた絵本は、可愛らしい動物が出てくる物や、お姫様のお話し、優しい魔女のお話など、愛が好きそうなものばかりだ。
サラさんに選んでもらってよかったと思った。
まったりしていると、トントンと扉をノックする音が聞こえた。
アンネさんに開けてもらった扉の向こうにいたのは、エリックさんとオリビアだった。
早速エリックさんはオリビアを連れて来てくれたようだ。
部屋に迎え入れようとして思い留まる。もうオリビアからは見えてしまっているだろうが、部屋の中にはシリウスさんがいるからだ。シリウスさんがいるところでオリビアと話すのは得策ではないと思う。オリビアのシリウスさんに対する想いもあるが、何よりシリウスさんはオリビアに対していい印象がない。それにサラさんも、子供達もいるので落ち着いて話せる気がしないのだ。
ただし、目立つところで話したら後々オリビアの立場に影響が出てくるだろう。
ごちゃごちゃ一人で考えても解決策が見つからないので、素直にエリックさんに提案することにした。
「エリックさんはいてもいいんですけど、どこか落ち着いて話せる個室とかありますか?」
「じゃぁ、第三部隊の隊長室なら俺の部屋だからそこに行く?」
エリックさんの提案に乗ることにした。しかし3人で移動してるのをみられるのもめんどくさいだろう。
来てもらって申し訳ないが、30分後に第三部隊の隊長室に向かうことを約束して別々に向かうことにした。
シリウスさんはいい顔をしなかったし、自分もついていくと言い張っているが、それでは意味がない。
でも、隊長室に行ったこともないので正直なところ自分一人で行けるとは思えなかった。
「あ、じゃあ前にミルドレッドさんが出してくれた蝶を出してください。それで道案内してくれればありがたいです。」
「…分かりましたよ〜。」
拗ねたように口を尖らせるシリウスさんだったが、なんとか要求を飲んでくれた。
私は隊長室に行くために、せっかく出現させたサンダルを脱いで、また窮屈な靴に履き替えるのだった。
読んでくださり、ありがとうございます!
評価、ブックマーク、感想、誤字報告もありがとうございます!
今回出て来た魔術のことは5話の「子連れで異世界召喚されてみた5」でちょろっと触れてますー!
また、ミルドレッドさんが蝶を出してくれたのは24話の「お出かけしてみた」の時のことですー!