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私たちが移動したのはホールのようなところだった。体育館に似てる構造だなと思った。広い空間の中に、少し高めの壇上がある。そこには大勢の人が集まっていた。3つのブロックに分けられているのは部隊毎に分けられているのだろう。両端のブロックの一番前にはイーサンさんと、エリックさんがいた。エリックさんはいつも通りの笑みでこちらに手を振っている。私は望を抱っこして、愛と手を繋いでミルドレッドさんの後に続いて壇上に上がった。私たちとミルドレッドさんの後ろにはシリウスさん達が並んで立っている。
ざわざわと落ち着きのない雰囲気だったが、ミルドレッドさんが杖をトンっと床につくと、シンっと会場は静まり返った。
こんなに大勢の人の前に立つことなんて久しぶりだったのでドクドクと心臓が鳴り始める。子供達も不安そうだ。
ミルドレッドさんが口を開いた。
「今日集まってもらったのは、先日第一部隊が行った召喚術についての報告をするためだよ。今回、第一部隊が行ったのは聖女召喚術だ。」
静まり返っていた会場が再び大きくざわめく。私たちのことをジロジロと眺める人、コソコソと近くの人と話し出す人、表情は様々だが皆共通して驚いてはいるようだ。やはり見せ物になるのはいい気分ではないな。めんどくさそうな表情にならないように気をつける。
ミルドレッドさんの言葉の後はシリウスさんとルウさんが前に出てきて術の説明をし始めた。どの文献を用いたのか、どのような展開をしたのか、召喚した時の状況などを説明している。シリウスさんが口頭で説明して、ルウさんは本を見せたり、魔法陣をホログラムのように浮かび上がらせながら説明のフォローをしていた。
ある程度話したあと、シリウスさんは私に近くに来るように促した。
「こちらが召喚した聖女様たちです。今回、召喚した聖女様は、こちらのご家族の娘さんである、アイ様とノゾミ様のお二人でした。」
話せば話すほど会場は動揺の渦をまく。今までもどれだけ大事だったのかは分かっていたつもりではあるが、ここまでの大人数の反応を見たことで改めて実感した。シリウスさんは二人の役職を話した。私は愛の目線に合うようにしゃがみ込んで、お姫様の礼をするように言う。少しぎこちなくはあったけど、愛がきちんとお辞儀をする。それを見届けて、私も望を抱えながら頭を下げた。すると、会場は大きな拍手が鳴り響いた。
その迫力に驚きながらも頭を上げると、今度はサラさんが私のそばに寄ってきて子供達を預かってくれた。
ライドンさんとサラさんは団員達に一礼すると、子供達を連れて壇上から降りて行った。きっとこれから遊ばせてくれるのだろう。
一人残された私はそのまま前を向いた。
「そして、こちらがお二人のお母様のヒカリ様です。ヒカリ様は今までの記録にない聖母という役職と、創造のスキルを持っておられます。そのため、今後の魔術の発展のご協力を願い、今後は魔術師団第一部隊の特殊隊員として籍を置いていただくことになりました。」
そうだったの?
そんな立場になるとは知らなかった。事前に教えてくれてもいいのに。チラリと盗み見ると、ミルドレッドさんはドヤ顔していた。最初からそのつもりだったなら教えてくれればよかったのに。後で文句言おう。
シリウスさんがこちらを見ていたので、私もざわつく皆さんに向かって お辞儀をした。
団員の皆さんは戸惑いを隠せないようだったが、ざわつきながらも先程同様大きな拍手で迎え入れてくれた。
ミルドレッドさんが再び床を杖でつくと、それを合図に団員たちはピタリと拍手を止めた。
「報告は以上だ。ヒカリ達はこちらの世界に来てからまだ日も浅い。まだ分からないことも多い。そして、稀有なスキルを持ち合わせた重要人物だということをよく考えて接して欲しい。そして、今後召喚術をやろうと思うのであれば必ず私に相談すること。もし、勝手に召喚術をやった者を見つけた場合には厳正な処分があることを忘れるな。」
「御意」
ミルドレッドさんの言葉に、団員たちは大きく返事し、頭を下げた。大人数が一斉に頭を下げる様子は壮観だ。
しかし、そんな大層なものでもないので恐縮してしまう。
「では、これにて解散。」
「え?終わり?」
私は思わず口にしてしまった。
ミルドレッドさんが首を傾げる。
壇上で話を始めた私たちに団員たちも戸惑っているようだ。しかし、私には気になることがあったのだ。
「すみません、ミルドレッドさん。これって何順で並んでますか?」
私はこの大勢の中からオリビアを探していた。第三部隊のどこかにはいるんだろうけど、全然見つからない。オリビアは小柄だから前の方にいるかと思ったが、たぶんこれは役職の階級順に並んでいるのだろう。背丈とか関係ないのだ。私からオリビアを見つけることができなかったのならば、オリビアから壇上にいる私の姿は見えないのではないだろうかと思ったのだ。
「これ、後ろの人私のこととか、術式の説明とか見えなくないですか?」
私は今の状況では私の存在が見えない人がいるかもしれないと思ったのだ。私のことが見えないと、どこかで私に会ったときに、私をヒカリとして認識出来ないのではないだろうかと思ったのだ。そうすると皆の仕事にも支障が出ることもあるだろう。特殊隊員がどういうものか分からないが、私が何かする上でも面倒は少ない方がいいと感じた。
それをミルドレッドさんに話すと、確かにと頷いたが、どうするべきか対応に困っているようだった。
「私、皆さんが捌けるまでここにいます。ミルドレッドさんはずっと残ってるわけにはいかないと思うので先に帰って大丈夫ですよ。」
最後までいればきっと皆が見れるだろうと思ったのだ。出入り口に立っていることも考えたが、立ち止まる人や話しかけてくる人もいるだろう。そういう人全員に対応できるわけではない。だったらあくまでも一歩離れたところから見てもらって認識してもらうことにした。
それならばと、ミルドレッドさんは壇上を降りて、エリックさんとイーサンさんに説明をしてくれたそうだ。シリウスさんとルウさんが残ってくれた。一人で残るのは流石に心細かったので二人がいてくれて良かったと思った。
シリウスさんとルウさんは私の両隣に立ち団員の動きを眺めている。
「しかし、ヒカリ様はよく気が付きましたね。」
前を見たままルウさんが話し始めた。私も同様に前を見つつ、話を進める。
「あーオリビアに会いたかったのもあるんですけどね。私自身背が低いので後ろの方は結構辛いんですよね。」
座って見てるならまだしも、立ったままだと前で何が起こってるのか分からないのだ。今日のこの集会では全員立っていたし、身長もバラバラに並んでいた。学校ではないのだから、そうなるのも仕方ないのかもしれないけど、階級が下のひとほど頑張らなければならないのだから、知らなければいけない情報は多いはずだ。
エリックさんとイーサンさんが出口のところに立ち、流れが止まらないように交通整理のようなことをしてくれているのが見えた。後できちんとお礼を言っておこう。
「…そんなこと考えたこともなかったですね〜」
シリウスさんも話に参加してきた。
まぁ、シリウスさんはないだろうなと思う。身長高いひとだし、前の方にいる人だから、その気持ちは分からないだろう。
「こんなの早く終われって思いながら集まってましたよ〜。」
「もちろんそういう人もいるでしょうけどね。だから全員に挨拶しないでいいようにここにいるし、仕事に戻るって行動は必ずするものですから、その時間を使って顔合わせをしようとしただけですよ。」
「う〜ん、やはり興味は尽きないですねぇ…。」
シリウスさんはクスクスと笑っていた。何が面白いのか分からないので無視して団員たちを見てみた。団員たちからの視線は痛いものがあるが、今後の生活を思えばこれくらいなんでもない。嫌なことがあったらまた起き上がりこぼしに八つ当たりしよ。
そんなことを考えていたら、こちらに向けられる視線の中からオリビアを見つけた。
オリビアはこちらを青ざめた顔で見ていた。こんな形で私の正体を知ったのだから無理もないだろう。近くに行って話をしたかったが、このような場所で特別扱いをしたらどうなるかくらいは想像がつく。
質問攻めにあったり、良くないことを噂されたりもするだろう。
私はただ、にこりと笑って頷いた。
大丈夫だと伝わればいいのだが。
団員は大人数いたので、私が誰に合図を送っているのかは気付いてないだろうが、私が壇上で笑ったのは初めてだったのでざわめきがより一層強くなった。変に幻想を抱いて欲しくないが、役職とスキルからすれば仕方ないかもしれない。めんどくさいことが起こりませんように。
肝心のオリビアには伝わったかは分からないが、軽く頷いてそのまま人の流れに乗って歩き続けていた。
やっぱり後で話し合いの時間を作ってもらおうと改めて思った。
団員達もだいぶ帰ったところで最後に残っていたのは衣装部の皆さんと、エリックさんとイーサンさんだ。
「皆さん、今日はありがとうございました。」
頭を下げてお礼を伝える。
「お疲れ様ー!」
「素敵でしたよー!!」
「アンタ化粧自分でしたんですって?ちょっと甘い部分もあるけど、まぁ合格点よ。」
皆各々に叱咤激励をくれました。
イーサンさんには最後まで残ったことについて理由を聞かれたので、さっきシリウスさん達と話したようなことを伝えた。
「…確かにそれも一理あるが、もう少し危機感を持った方がいい。皆が皆、好意的ではないだろう。」
まぁそれはそうなんだけどさ。
魔術師団に入るのだって試験とかあるだろうし、必死に入った人だっているだろう。そういう人からすればポッと出の私が、こんな風な扱いを受けていたら気に入らないと思う人も出てくる。それに、役職やスキルに興味を持って、よからぬことを考える人もいるだろう。それは簡単に想像できる。
けれども、秘密にしなければならないことではないのだから、知る機会は平等に与えられるべきだと思う。
そう言うとイーサンさんはため息をついた。また呆れられちゃったかな。
「何かあったら必ず頼れ。」
…やっぱりツンデレだな。
イーサンさんのツンデレ攻撃にまんまとやられてニヤつく顔をしながら、エリックさんにオリビアのことを話した。私はいつでも時間を作るから、きちんと話し合いがしたいとお願いをした。
エリックさんは、すぐに調整するよう約束をしてくれた。
それからサラッとでいいから各部隊を見学させてほしいとも伝えた。もしかしたら時間はかかるかもしれないが、いつか連れて行くと皆が言ってくれた。
皆と簡単に話を終えてから、私はシリウスさんとルウさんと一緒に子供達のところに戻ることにした。
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