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ダリアさんに着替えを手伝ってもらい、やっと楽な格好になれた。服を脱いだ途端、身体中に血液が回るような感覚がして、スッキリした。


「ダリアさんもダンスお上手なんですね!」


「ええ、私の家は代々坊ちゃんの家に仕えているのです。それで、坊っちゃんのダンスの練習相手に駆り出されまして…叩き込まれました。」


な、なるほど。ダリアさんの表情から感情が消えたのを見て、いかに過酷だったかを悟った。お気の毒に…

しかし、私もこれから練習させられるかもしれない。愛と望は確実にダンスを覚えることとなるだろう。苦労するかもしれないが、二人が優雅に踊っている姿を見られると思うと物凄く楽しみだ。

頭は適当に外すとウィッグの毛が絡まってしまいそうだったので、ジョンさんのところに行って取ってもらわなければならない。

髪の毛と顔がばっちり決まっているのに服が動きやすい服というなんともアンバランスな装いなので、シリウスさんとエリックさんに見られてしまうのはなんとなく恥ずかしいので、ジョンさんに部屋に来てもらうことにした。

ジョンさんはマリーさんも一緒に連れてきた。踊った後も疲れている様子はなかったのに、何故か二人ともげっそりしていた。

チャーリーさんとエリックさんのおもちゃにされたんだろうか。

疑問に思いながらも、触れていいものなのかわからず、とりあえず髪を外してもらった。ジョンさんはシクシクと泣きながら髪を外していき、マリーさんは片付けを手伝っていた。


頭も体もスッキリしてみんながいる部屋に戻ると、エリックさんは愛の相手をしてくれていた。望はダンス中から眠っている。あんなに激しく揺らされてて寝れるなんて、やっぱり望は大物になりそうだ。


「うわ、シリウスさん顔こっわ。チャーリーさんがまたなんかしたんですね。」


「失礼ね〜。」


シリウスさんは例の目が笑ってない笑顔で座っていて、いつにも増してオーラというか、ギスギスとした雰囲気を醸し出している。

チャーリーさんは知らん顔だ。

ジョンさんとマリーさんの様子の原因はこれだったのだろうとピンときた。

お気の毒に…

随分と長く遊んでしまったので、流石にそろそろ仕事に戻ると言って、チャーリーさんたちが支度をしている。

明日は今日よりも1時間ほど遅くにきてくれるそうだ。よろしくお願いしますと頭を下げて扉のところでお見送りをした。


「ママだっこしてー。」


愛が眠くなってしまったらしく、抱っこを強請ってきたので抱えて寝かしつける。こういうところはまだまだ赤ちゃんみたいで可愛い。背中を少しトントンと叩くとあっという間に寝てしまった。抱っこしたまま、ダリアさんに手伝ってもらい、なんとかドレスを脱がすことに成功した。ドレスのまま寝たらシワシワだし寝苦しくてすぐ起きてしまうだろう。

下着姿だが、布団をかければ暖かいだろうからそのままベッドに寝かせてしまう。

そういえばシリウスさんが来たのってなんで来たんだろ。もう帰ってしまったかどうか確認したらまだ座ってお茶を飲んでいた。


「シリウスさん、すみません。大騒ぎしちゃって。ご用事なんでした?」


「ああ、それは明日のことで…」


明日の挨拶のことで話をしに来たらしい。基本的に、明日は私達は立っているだけでいいらしい。軽く礼をすれば後はミルドレッドさんとシリウスさんから説明をしてくれるらしい。

それは助かった。大勢の人の前に立って何か気の利いたことを言えるほど器用ではない。

細かい流れを確認したが、特に前もって準備することはなさそうだ。


「あの、明日の挨拶が終わったら、オリビアさんと話したいんですけど、時間作れますかね。」


「…ヒカリ様の時間には余裕がありそうですが、あちらのことは分からないのでエリックに伝えておいたほうがいいですよ〜。」


それならばさっき伝えておけばよかったなと後悔したが、まぁすぐにどうにかしなくても明日の挨拶で大まかな状況は把握できるだろうから大丈夫だろう。そのうちしっかり話せたらいいな。

そう思いながらお菓子を摘む。

チラリとシリウスさんを見たが、なかなか帰らない。もう話も終わったんじゃないんだろうか。

不思議に思ってジロジロ見ていると、シリウスさんはこちらを見ないようにして顔を逸らした。


「その、ドレスお似合いでしたよ。」


きっとチャーリーさんに揶揄われたのはこれだな。エリックさんを見習えとでも言われたのだろう。


「…案外嬉しいもんですね。」


思ってもいないことを無理矢理言わなくてもいいのになと思う反面、やはりお世辞でも嬉しい。ここは素直に、ありがとうございますとお礼を言った。

シリウスさんもチャーリーさんに課せられた課題をクリアできたようでホッとしている。


「あ、ダンスの時助けてくれてありがとうございます。」


ダンスも足を踏まずにすんだのは、きっとシリウスさんがうまくリードしてくれていたからだろう。

頭を下げると同時くらいに、シリウスさんはガタガタと音を立てながら椅子から立ち上がった。

急な動きに驚くと、シリウスさんは目も合わせずに扉の方へ歩き出してしまった。

何事?

よく分からなかったが、帰るなら見送りをしようと後を追う。

シリウスさんは、途中で何かに気が付いたのか、ぴたりと動きを止めて空っぽの本棚の上の方を眺めている。そこには愛と私が作ったハーバリウムと一緒にシリウスさんにもらったものを飾ってあった。


「あそこなら悪戯されないと思って置いてあります。」


「…そうですか。」


それだけ言うとまた歩き出した。喜んでるのかな?

シリウスさんの考えてることは分からないが、チャーリーさんがちょっかいかけた時のことを引きずってるのかもしれない。あまり刺激しても良くないと思うので、見送るために扉のところまで黙って付いていった。


「では、また明日よろしくお願いします。」


そう言って送り出そうとしたが、シリウスさんが前を向いたまま、ボソボソと何か話し出した。


「え?すみません、もう一回…。」


上手く聞き取れなくて聞き返したら、シリウスさんはバッと後ろを振り返った。

勢いでマントがぶつかりそうになり思わず後ずさる。危ない。

シリウスさんはムスーっとした顔をしてる。


「だから!ダンスの練習、するなら手伝うって言ったんですよ!!」


いつものようなまったりした話し方とは違う強い口調で言われてびっくりした。

そんなにダンス下手だったか。でも私はダンスこれから必要なのかな。できることならば避けたいけど、シリウスさんのせっかくの提案を無下にするわけには行かずに曖昧に返答しておいた。

シリウスさんは頷いて、そのまま帰っていった。






「ヒカリ様、お疲れになったでしょう。一旦お休みなさってはいかがですか?」


椅子に座ってぼんやりとしていたらアンネさんから声をかけられた。

しかし、今から昼寝をしたら確実に夜眠れなくなってしまうので、アンネさんに話し相手になってくれるように頼んだ。椅子に座るように伝えると断られてしまったが、無理矢理座ってもらう。


「アンネさんはご家族っていらっしゃいますか?」


「ええ、旦那と息子が二人おります。男ばかりで困ったもんですよ。娘が欲しかったのでアイ様とノゾミ様のお世話ができて毎日楽しんでおります。」


旦那さんと長男さんはシリウスさんのお家の厨房で働いているらしい。職場結婚だそうだ。次男さんは騎士団に入っているそうだ。魔術は使えないそうで、魔術師団の第二部隊ではなく、普通の騎士団だそうな。騎士団は地域ごとにも配置してあるらしく、そこで働いているらしい。日本で言うと、警察官ってところかな。

今アンネさんとダリアさんは自分のが住んでいるところから通いで来てくれている。職場恋愛なら尚更、家族と一緒にいる時間が随分と削られてしまっているだろうと申し訳なくなる。そんなこと気にすることないと言ってくれるけど、案外ちょうどいい距離感でいられているそうだ。


「ヒカリ様には感謝しているんですよ。」


「なにかしましたっけ…」


迷惑をかけている自覚はあるが、お礼をされるようなことはしていない。お礼を言わなきゃいけないのは私たちの方なのだ。


「坊ちゃんのことですよ…」


アンネさんはしみじみとシリウスについて話し始めた。何か複雑な事情があるようで、詳しくは聞けなかったけど、特殊な環境で育てられたらしいシリウスさんは今よりもだいぶマイペースな少年だったようだ。無茶な魔術を使って大怪我をするのも日常茶飯事で、お家の人たちもみんな手を焼いていたそうだ。

少し落ち着きはしたものの、子供からそのまま大人になってしまったようなシリウスさんを心配していたアンネさんだったが、シリウスさんが家を出て魔術師団に所属してからはほとんど会うこともなくなっていたらしい。

仕事でどんな成果を残したかという話はなんとなく聞いてはいたそうだが、心は子供のまま、魔術師としての能力ばかりが高くなっていくことに不安を覚えたという。

そんな時に、私が召喚されてしまったのだ。

とんでもないことをやってしまったと、血の気が引いたのを今でも覚えているそうで、思い出して身震いしている。


「しかし、坊ちゃんはすこし変わりました。」


私がこちらに来てから、私達のことを気にかけるようになったし、自分たちにプレゼントを用意するようになったと。確かに、そういうことはしている。実際とても助かっている。


「今日も面白いものが見られましたしね。」


ニヤニヤと笑うアンネさんを恨めしそうに見てしまう。


「…やっぱりそうなのかなあ…」


シリウスさんが今までこんな風に関わった女性がいないんだろうなってことはなんとなく分かったけど。面倒を見なくちゃいけないっていう立場的な責任を、自分の気持ちのように勘違いしてしまっているのではないかと思ったりもした。

チャーリーさんやエリックさんは面白がって恋愛に結びつけようとするけれど、私は年上だし、子持ちだし、そんな風な気持ちになることはできない。

出来る限り思わせぶりにならないようにしたい。もしも、シリウスさんにハッキリ言葉にされてしまったら、確実に傷つけてしまうだろう。


「…本人もまだ自分の気持ちが分かっていないようですから、私の口からはなんとも言えません。しかし…もう少し様子を見てあげてくださいませんか。」


アンネさんは眉を下げて、微笑んでいる。


「ヒカリ様の御立場では受け入れられないということは理解はしております。…それで坊ちゃんが傷つくということも。」


いつの間にか、私は拳を強く握りしめていたようだ。アンネさんがその手を温かい手でそっと包んでくれた。


「それでも、あの子が自分で答えを出すのを、人として成長するのを、見守らせていただけませんか?」


アンネさんはそう言った。

私はそれを聞いて正直なところ、勝手だなと思う。私はシリウスさんに自覚をしてほしくはない。そこまで人のことを気にしている余裕もない。今でさえ精一杯なので、これ以上何か考えなきゃいけないことがあると辛い。必要ならば距離を取れるようにしなきゃいけないと思うし、私の最終目標は自立した生活を送ることだから、早いところそれに向かってできることを探さなければならない。

それなのに、待ってくれと言う。

私が申し訳ない気持ちになっても、応えられないということに苦しんでも、待っててくれと。

それは随分勝手な言い分だと思う。


それでも、アンネさんの優しい、まさに聖母のような顔を見ると何にも言えなくなってしまった。


「…何か嫌だと思ったり、できないと思ったら遠慮なく拒否します。ただ、わざと避けたり、わざと嫌われるような、嫌がるようなことをシリウスさんにはしません。

…それくらいしか、できません。いいですか。」


それだけで十分だと頷いてくれるアンネさんを眺めて、小さく溜息をついた。




夕食の時間になって、娘達を起こしていつも通りに過ごす。ご飯を食べて、お風呂に入って、楽しい話をしながら布団に入る。

いつも通り幸せな時間なのに、どこか心が晴れない。

愛は布団に入ってはいるが、お昼寝したのも遅かったし、今日あったことを思い出して笑っていてなかなか寝ない。望はすこしぐずっている。二人の間にいるので、右腕で愛を腕枕して、左腕で望を腕枕する。

この人たちは私が起きているととにかく寝付かないので、思いっきり寝たふりをする。だんだんと眠くなってくるのか、力が抜けて腕に重みを感じてくる。二人ともが深い眠りにつくまで動けないのが辛い。ここで起こしてしまったら水の泡だ。寝たのを確認して、ゆっくりと腕を抜く。

私もようやく寝れそうだ。二人の顔を撫でて、布団を掛け直して自分も目を閉じた。

昼間の夢の続きは見られるだろうか。神様に少しだけ、お願いをしてから眠りについたのだった。

読んでくださりありがとうございます!

評価、ブックマーク、感想とても嬉しいです!力になります!!

誤字報告も助かっております。とんでもない誤字をしていたときはドキドキします。教えてくださりありがとうございます!

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