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一時騒然としたが、望はお腹が空いていたようでパンをもらって食べさせたら落ち着いた。晩御飯の途中でこちらに来たから仕方ない。
また活動的になってしまった望がいると話も進められないので、申し訳ないが愛と望はサラさんが相手をしてくれることになった。
愛は初めて見せてもらう魔法に大興奮しているようだ。
「それで、私たちはどうしてここにいるのでしょうか?」
もう心身ともにヘトヘトだけどここできちんと話を聞くまでは休めない。お世辞にも裕福とは言えない貧乏暮らしだったが、3人で支え合いながらなんとかやっていた。実家には私の両親もいたし、義父母も健在だった。夫の物も全て元いた世界に置いてきてしまった。携帯はかろうじてポケットに入っていたので、その中に写真はあるが、充電が無くなってしまったらもう絶望的だ。そもそも使えるか分からない。全て奪われてこちらに連れてこられてしまったのだから、理由をきちんと説明してもらわないと気が済まない。
シリウスさんは、ポリポリと頬をかきながら目を泳がせる。どう説明しようか迷っているような煮え切らない態度に苛立ちが募る。
「え〜と、試しにやってみたら、成功?みたいな?」
は?
「え、なんかこの世界が何かで大変で、自分たちではどうにもできないから、異世界から勇者とか聖女とかを召喚してなんやかんやで解決してもらおうとしたとかではない?」
今まで読んだことがある異世界物のラノベ知識を振り絞り、思いつくパターンを並べてみる。
「召喚術自体はそういうものなんですけど、別に今はそこまで切迫した状態とかではないですね〜」
あ?
「大昔にそういうことをした記述が残ってはいたのですが、イマイチ信憑性がないものだったので興味を持ち、やってみたんです。出来ないなら出来ないで、その記述は虚実であるとして発表できるし、出来たら出来たでその証明になるなーくらいの感じで〜…」
つまり何?私たちは気まぐれにこんなところに飛ばされて、しかも、帰してもらえないってことなの?
それって随分勝手じゃない?
いや、勝手に呼び出されて、勝手に責任押し付けられて戦わされたり、救わされたりすんのもおかしいと思うけど、必要ないのに連れてこられたわけでしょ。
マジで頭おかしいんじゃねぇのか?
あまりのことに言葉も出ず、握りしめた拳が震える。
「…だから私共はやめろと言ったのですよ。」
今まで黙っていたルウさんがボソリと発言した。
呆然としたままルウさんの方を見ると、肩を震わせ顔を真っ赤にして怒っている。今まで冷静な人だと思っていたのでその変わり様にギョッとする。
「自分の好奇心や探究欲を満たそうとし、後先考えずに行動するのこれで何回目ですか!?今までだって、訳のわからない術を何度もやって、多方面に迷惑かけて、いい加減やめてくださいって言ってましたよね!?今度は今までとは訳が違います!人ですよ!?分かってらっしゃいますか!?」
美人って怒ると迫力があって本当に怖い。胸ぐらを掴んでシリウスを睨みつけながら怒鳴るルウさんは本当に般若のようで、今にもシリウスさんは食べられてしまいそうだ。
しかし当人のシリウスさんはヘラヘラしていて、その態度に私は収まりかけていた怒りが蘇る。なんなんだろうか、この人。
「まぁ来ていただいたので、その後の生活は保証しますよ。我が魔術師団で預かりますよ〜。」
そうしてもらわないと困るわ。なんせ、お金の単位も、文字も何も分からないんだから。普通に会話できてるのが謎。でもそういうもんなんだろうな…。
とりあえず今後の生活は何とかして貰えるようなので、そこは安心する。
「ただ、更に興味が出てきましたね〜。」
シリウスさんは胸ぐらを掴まれて揺さぶられたまま、トンデモ発言を続ける。
「できるか分かりませんが、帰還術も研究してみましょう!呼んでしまったのは私ですしね〜。」
「また勝手なことを…!!」
シリウスさんの提案はものすごくありがたい。できることなら今すぐにでも帰りたいから、早速その研究を進めてもらいたい。しかし、シリウスさんはルウさんに怒られ続け、もう私の声は届きそうにもない。
どうしたもんかとライドンさんに目を向けるとまだ落ち込んでいるようだったので、声を掛けていいのか分からなかったが、このままにしてても何も変わらないのでとりあえず話しかける。
「すみません、ライドンさん。聞きたいことがあります。」
ライドンさんは勢いよく顔を上げると、まじまじとこっちを見る。観察するような目に怯むが、何も悪いことはしてないし、被害者はこちらだと思ってるのでそのまま話し出すことにした。ライドンさんには時間の単位や、1日が24時間で、一年がほぼ365日であることなど基本となることを聞いていった。魔法が使えるということ以外は私が住んでいた世界とほぼ変わりないようだ。
ライドンさんは見掛けによらず、とても友好的に接してくれている。そう、見かけは堅物おじさんって感じだけど、話してみると口調が若者口調で少し戸惑った。
「じゃー、今度はこっちから質問とかしていい?」
一通り話を聞いたら今度はこちらの番だ。
ゴソゴソと動いて、どこから出てきたのか分からないが、ペンとノートを取り出した。
私の娘たちの簡単なプロフィールが知りたいようだった。
「えっと、私の名前のヒカリは『光』って書いて…日の光とか、そういう意味の言葉ですね。長女の愛は愛情の『愛』で、次女の望は『希望』とかそういう感じで…」
「なるほど、見たことのない文字だなー。しかし、皆明るい名前じゃん、いいね。」
「あーそうですね。特に望は、お腹にいるときに父親が事故で亡くなってしまって。皆に望まれて生まれてきたんだよ、これからの人生の私の希望だよーってことで名付けて…」
と、そこまで何気なく話したときにハッと周りの顔を見渡す。いずれ話さなきゃいけないことだろうし、気にもせずにサラッと言ってしまったが、聞いていて気持ちの良い話でもないかもしれない。3人は三者三様の顔をしてこちらを見ている。
何も言ってこないのでそのまま話を続けようとしたら、ライドンさんの目からぽろっと涙が溢れた。
「お前…苦労ひてんだなぁ…」
漫画みたいにポロポロ泣き出したおじさん(同い年)にドン引きしてしまい、顔が引き攣る。ルウさんはそんなライドンさんを呆れたように見ているし、シリウスさんは「なんだ、元の世界に置いてきちゃったんじゃないんですねー」なんて不謹慎なこと言ってる。なんだか本当に無神経な人だなと思っていると、私の代わりにルウさんがぶん殴ってくれた。
なんだか本当に騒がしい人たちだなと多少うんざりしながらため息をついた。
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