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ミルドレッドさんは転移魔法で王宮に向かうそうで、シリウスさんと私たちは一緒に馬車に乗って向かう。転移魔法が苦手な私たちに、シリウスさんを付き合わせてしまって申し訳ないが、王宮に私たちだけで行っても止められたり、迷子になってしまいそうな気がしたので付き添ってもらっている。
てか、普通に知らないところに単独で行くの怖い。
ガタガタと揺れる馬車の中から変わりゆく景色を眺める。イーサンさんの家も街中にあるように感じたが、そうでもなかったようで、馬車が進めばどんどんと栄えていく。
城下町というものなのだろうか。活気があって魅力的だ。
食べものや衣類の屋台も出てい手、興味をそそられた。屋台以外にも様々な店舗があり、値段も安いものから高いものまで幅広くあるようだ。
民家はどんどんと減っていくので、住宅地はまた違ったところにあるのだろう。
「とても賑やかでいいところですね。」
「そうですね〜表通りはいいところですよ。ただ、裏通りは治安も悪いですね。」
そうなのか。
なんとなく感じていたが、やはりここは格差が大きいのだろう。日本にも至る所に格差はあったのだろうし、私もシングルマザーとして生活していたのでそれなりに感じるものはあった。しかし、ここまであからさまな格差はあまり身近に感じることはなかった。
ニュースで見聞きしたり、知識として救済制度があるようなことは知っているが、全てが他人事のように感じていた。
ここで暮らす人たちには、その格差が貧困という形で目に見えるところに分かりやすく存在するのだろう。
私のここでの世界はまだ狭く閉ざされている。もっと色々なところに足を運んでみたいと思った。
「…ヒカリ様、大丈夫ですか?」
「え?何が?」
「いえ、緊張なさってるかな〜と。」
そりゃしてるに決まってる。
国のトップに会うなんて、どんな気持ちで臨めばいいかも分からない。
だけど、やらなければならない。
娘たちのためにも、私のためにも。
これからここで生きていかなければならないのだから。
「…怖いけど、ここを越えればって気持ちで頑張りますよ。やりたいことができるように。」
ヘラーっと笑ってみると、シリウスさんがピクリと眉を動かした。
笑顔なのに、急に目が死んで怖い。
「いや、その顔なに。こわ。」
思った事がついつい口から出てしまった。シリウスさんは気付かれてないと思ったようで少し罰の悪い顔をした後、むにーっと自分の頬を摘んで目を逸らす。
「ちょっとなんか変な気持ちになりました〜。」
「はぁ?」
「うまく言葉にできませんね〜。」
「…なら、無理に説明しなくていいですけど、笑えないなら笑わなくていいですから。怖くてしゃーない…」
とにかくその目が笑ってない笑顔をやめてくれればいいと伝えるが、スッキリしないのか自分の感情について自己分析を始めてしまった。
「ん〜と、最初の違和感はどこだっけな〜ああ、第三部隊の隊員と話してた時ですかね?なんかモヤっとしました。」
…オリビアと話していた時のことだな。あの時は揉めそうではあったけど、実際には揉めてないし、結果的に保護してもらって励ましてもらっただけだ。
一部始終見ていたのだから知っているはずなのに何故あそこで違和感が生じるのだろうか。
シリウスさんの考えてることがいまいち分からないので、眉を顰めながらもシリウスさんが呟く言葉を拾っていく。
「ヒカリ様が気持ちを切り替えるきっかけになったのがあの隊員なのが気に入らない。」
そういえばそんなこと言ってたような気もする。
…子供か。
シリウスさんはあの時のことを思い出したのか、スンッと顔から表情が消えてしまった。
「シールス、きもちをきりかかる?なに?」
馬車の中でおとなしくしているのに飽きたのか、愛が興味を持ってしまったのだ。ものすごく嫌な予感がする。これは私にとってあまり深く追求しない方がいい話だと思う。
「きりかえる、ですよ〜嫌なことがあったけど、嫌な気持ちのままじゃなくて、新しい気持ちになることです〜」
「いいこと!」
「そうですね〜」
のほほんと話しているが、このまま話が進むのはまずい。私はシリウスさんがオリビアさんに嫉妬したのではないかと思ったのだ。自意識過剰かもしれないが、危機回避するためには少し自意識過剰くらいが丁度いいと思う。
他の着地点に辿り着けばいいが、もし、考え抜いたあとで嫉妬していたということになってしまったら、本当に嫉妬していなかったとしても、シリウスさんは自分がオリビアさんに嫉妬したと思い込んでしまうことになる。
そうなると、何故嫉妬したのかを考え始めてしまう。そこから恋愛に結びついてしまっては、私にとって不都合が生じる。
チャーリーさんやエリックさんの感じから、シリウスさんの恋愛経験はほぼ無いに等しいのだろう。そこで変な刷り込みをしてしまってはシリウスさんの今後にも大きく影響を及ぼしてしまう。
更に、今後の私のここでの生活にも支障をきたす。
私は誰に言い寄られても、応えることはできない。シリウスさんに限らず、どんな人でも。
それなのに、私はシリウスさんをこれからもしばらくは頼り続けなければいけないだろう。そうなった時、シリウスさんがしてくれることに、好意が含まれてしまったとする。
私は、シリウスさんのその好意に応えられないのにも関わらず、シリウスさんがしてくれることに甘えなければならない。
それはいくらなんでも都合が良すぎるだろう。
「愛ちゃんも、嫌なことあったら気持ち切り替えられるようになろうねー!かっこいいもんねー!」
少々強引だと思ったが、私は愛に話しかけることで話を逸らす作戦に出た。
「愛ちゃん今から行くところどーこだ!」
「るーかしゅのとこ!」
「あー!ルーカスくんのところかぁ…残念!違うのー。今日が無事に終わったら、ルーカスくんのパパに聞いてみようか?」
「うん!るーかしゅあいたいのー!」
イーサンさんのお家に行った時に、馬車に乗って行ったので、愛の中では
馬車=イーサンさんのお家
という方程式ができあってしまったようだ。ただ、今日行くところはイーサンさんのところじゃないので、それを今のうちに伝えられてよかった。
王宮についてから知ったんじゃ、そこで機嫌が悪くなっていたかもしれない。
「今日は王様と、王后様に会います!」
「おうこうさま?」
「王様のお嫁さんだよ。えーっと、王子様とお姫様のパパとママ。」
「すごい!」
王様は分かっても、王后様は分からなかったようで、出来る限り簡単に説明してみた。王子様とお姫様という単語に反応したのか、目が輝いている。
よし、完全に気が逸れたぞ。
はしゃぎだした愛は、シリウスさんに興奮気味になりながら王様と王后様について話を聞きたがっていた。
シリウスさんも愛の質問に丁寧に答えてくれるので、先程の自己分析は強制終了されたのだ。
あー…
ほっとしたけど、疲れがどっと襲いかかる。
朝から立て続けに精神を削られてしまっている。
謁見前にこんなになって大丈夫だろうか。いや、むしろ緊張は無くなったかもしれない。ただ、気力も失いつつあるけど…
もうミルドレッドさんに託すしか無い。
そう思いながら、再び景色に視線を移したのだった。
なんだかんだありながらも、無事に王宮に到着した。魔術師団の研究所を遥かに超える大きさと煌びやかに気を失いそうになるが、勝負はこれからだと気合を入れる。
本当は顔を叩きたいが、ダリアさんがせっかく綺麗にしてくれたので顔には触れず、拳で胸をドンと叩いた。
シリウスさんや、周りにいた人たちはギョッとしていたが、今は周りの人の目を気にしている余裕はない。
精一杯顔をキリッとさせて、シリウスさんと一緒に王宮に入った。
ミルドレッドさんはもうすでに着いていたらしく、控室のようなところで待っていてくれた。
ミルドレッドさんは私の顔を見るなり、全てを察したように、バンっと力いっぱいに私の背中を叩き、気合を入れてくれた。
「よし、行くよ。」
ミルドレッドさんの力強い言葉に頷いて、とうとう、王様たちの元へと歩き出した。
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