6
「それは幻覚を見せる魔術で、よく拷問などに使われますね〜」
「拷問!?シリウスさん何されたんですか!?」
突然出てきた物騒なワードに動揺する。
まさか、罰として精神攻撃の拷問をされたのか!?とビクビクしてしまう。
「僕が見せられたのは、僕が異世界召喚された場合に近しいことですよ〜。」
ミルドレッドさんは、私たちが異世界召喚されたことの追体験をシリウスさんにさせたそうだ。
それは、シリウスさんにとって一番大事な魔術を奪われてしまうと言う幻術だった。
「びっくりしましたよ〜急に景色は古代のような形をしていて、自分がいた場所とは全然違う。人々は服装も違うし、好奇の目にさらされて。そして魔術を封じられる魔術具をつけられているので、僕が僕であるがために必要な物が奪われた。幻術を見せられている時間自体は一瞬ですが、その苦痛を数ヶ月分に渡り、見せられました。」
私は黙ってシリウスさんの言葉に耳を傾けていた。
「…そういうことだったんですよね、僕があなたにしたことは。」
顔を覆っていた手をゆっくりとおろしたシリウスさんは、無表情で俯いていた。
「僕、その時知ったんですよね。ヒカリ様にも、召喚するモノにも、そのモノの抱えてるものがあるって。」
ミルドレッドさんに幻術を見せられて、自分がしたことを思い知ったそうだ。
「団長に、お前は面白半分で、あいつの大事なモノを奪ったんだよ。これからもそうやって色んな人から奪い続けるつもりかって…本当、僕、何様なんでしょうね〜そうなるって分かってたからルウやサラは止めたんだろうなって、その時初めて気付いて。まぁライドンはできないと思ってたみたいでしたけど〜ルウやサラの訴えも、魔術のことしか考えてなかった僕は聞く耳を持ちませんでした。
エミリーさんが言ってた人間関係どうのこうのって、そういう時に必要なものだったんだなって…」
シリウスさんは、それまで人を思いやる気持ちの必要性を感じていなかったんだろう。だから、好き勝手できた。魔術というシリウスさんにとっての軸となるものがあったから、それだけでやってきた。
そして、それに振り回される人がいたことが、どういうことなのか、初めて知ったのだ。
「…本当にすみません…」
しょんぼりとするシリウスさんは叱られた子供のようだった。
私はため息をついた。
「もう、いいですって。今そうやって気付けてよかったんじゃないですか?だからこそ、私たちのこと気にかけてくれてるんでしょ。」
でも…と、引き続き落ち込む。
ここで許せないって言ったって、どうすることもできないでしょうに。
ミルドレッドさんに幻覚を見せられてここまで引きずるってことは余程ショックを受けたのだろう。
ちょっとめんどくさいなぁ。
「ねぇ、シリウスさん。私が今、ここにいるのって、言ってしまえば事故で、しかも必要ないじゃないですか。」
顔を上げてこちらを見たシリウスさんは悲しげな顔をしていた。
「でも、これから先、異世界の人が必要な状況が来るかもしれないじゃないですか。それこそ、愛や望が大きくなった時に、聖女として戦場に出なきゃ行けなくなるようなことが、起こるかもしれない。」
すうすうと寝息を立てて寝ている望をぎゅっと抱きしめた。
私はこの子たちが、そんなことに巻き込まれるなんて、絶対に嫌なのだ。
「だったら、私はシリウスさんにして欲しいことがあります。」
「…はい。」
「あなたの大事な魔術、これからも存分に研究してください。そして、異世界召喚をしなくても解決できるような魔術をたくさん見つけて欲しい。国の力になれるような魔術をできるだけ多く作って欲しい。他の人じゃなくて、この国の人たちでなんとかできるように、自分たちの国を自分たちで守れるように、魔術の研究をしてほしい。」
それを後世に伝えていけばいいのだ。
そうすれば、今後異世界召喚なんてしなくたっていい。
シリウスさんのように面白半分でやりたがる人もいるかもしれないから、今後100パーセント異世界召喚が行われないという保証はないけれど。
「やってくれますか?」
真剣な顔をして、シリウスさんを見つめると、シリウスさんも覚悟を決めた表情でこちらを見ていた。
そして、愛をしっかりと抱え直して、頭を下げた。
「全ては、ヒカリ様の為に。」
まるで忠誠を誓うような態度に戸惑い、言葉を失ってしまう。え?こういう時、なんで返せばいいの?
おもてをあげい…?
今度は私がオロオロしてしまう。
顔を上げたシリウスさんは、もうすでにいつものシリウスさんに戻っていた。
寄宿舎に着いた頃にはだいぶ空が暗くなっていた。
客室に戻ると晩御飯を用意してくれていたので、シリウスさんと一緒にいただく。
愛と望は全然起きてくれなかったので、そのまま朝まで寝てくれることを祈ってベッドに寝かせていた。
私は勝手に気まずい思いをしているが、シリウスさんはずっとご機嫌だったので、アンネさんとダリアさんは気味悪がっていた。
食事を終えると、シリウスさんは自室に帰り、私もお風呂に入ってさっさと寝る準備をして、夫の写真を眺めていた。イーサンさんご夫婦を見て、やはり考えても仕方ないことが頭を巡る。
どんどん暗くなっていく思考を、扉を叩く音が断ち切る。
アンネさんとダリアさんはお風呂の用意が終わった時には帰って行ったので、忘れ物でもしたのかと思い、部屋を開けた。
「夜遅くにすみません。失礼かとは思ったんですけど…」
そこにいたのはシリウスさんだった。
「忘れ物ですか?何もなかったと思いますけど。」
こんな夜遅くに部屋に来るなんて初めての事だったので、なんとなく警戒してしまう。
すると、シリウスさんは小さなハーバリウムをくれた。
「貰ってくれますか?」
丸みを帯びた瓶の中には、青い薔薇とカスミソウが入っていた。深くて美しい青と、控えめな白が美しい。
ダリアさんに作ったハーバリウムも白と青を基調としたものだったが、違う花を使っているのでそれよりも青みが強い。
「私に?なんで?」
「…なんでも。」
はぁ?
なんだか分からないけど、綺麗だしとりあえず貰っとくか…?
「ありがとうございます?」
「どういたしまして〜では、おやすみなさ〜い。」
シリウスさんはそう言うと、すぐに部屋に戻って言った。
いや、本当になんだったんだよ。
頭の中ははてなマークでいっぱいだ。私は首を傾げながら、手の中にある美しいハーバリウムを眺めたのだった。
読んでくださり、ありがとうございます!
評価、ブックマークもありがとうございます!