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「こちらの暮らしはどう?」
両手でカップを持ちながら首を傾げるエミリーさん。なんて可愛らしいのか。4人もお子さんがいるような感じにはとても見えない。
こちらの暮らし…ということはイーサンさんはどう説明したのだろうか。迂闊なことを言って巻き込みたくない。
「えっと…イーサンさんからは何て聞いてますか…?」
「シーちゃんが、遠いところから連れてきちゃったって言ってたわ。」
シーちゃん…!?
シーちゃん…!!!
シリウスさんで間違い無いだろうが、随分と可愛らしい呼び方に吹き出してしまった。
エミリーさんは、あらあら〜と口を吹くように布巾をくれた。
「そっ…そうですねっ…」
嘘も本当も言ってないような言い方だが、要点は抑えているのでそのまま話を進めることにした。
「まだまだ慣れないことも多いです。魔術はもちろん、服装も過ごし方も全く違うので。」
「まぁ、大変ねぇ…シーちゃんも、困ったさんね。」
ゆったりと優しい話し方をする人だなと思う。
絵本に出てくるお母さんって感じだ。
アンネさんとはまた違ったお母さん。
…イーサンさんとの馴れ初めが気になる…
「パパはお仕事どうなのかしら?頑張ってる?」
「イーサンさんですか?私はまだイーサンさんの職場を見たことがないので分からないですが…とても良くしてもらってます。…最初は怖かったんですけど…真摯に話を聞いてくれて、今日もこうやって私とこの世界を繋げてくれてます。」
ぶっきらぼうではあるが、きちんと人のことを考えられる優しい人だと思う。照れ臭かったが、大袈裟に言ったつもりはない。
私がここに来て出会った人の中ではまともな人の部類にいる。
私の返答にエミリーさんは、嬉しそうに笑った。
「よかったわ〜パパったら照れ屋さんだから誤解されやすいの。でも、ちゃんと力になってくれる人だから、どんどん頼ってね。」
「ありがとうございます!」
なんだか、羨ましいなぁ。イーサンさんも、エミリーさんも。
お互いを大事にいているのが伝わってくる。
私も、夫のことは今でも大好きだが、大事にできていたかな。
ちゃんと、感謝を伝えられたかな。
今更思っても仕方ないことなのかもしれないけど、ふとした時に考えてしまう。
エミリーさんもいるのに、良くないなと話を変えようとも思うが、どんな話をすればいいか迷ってしまう。
あ、シーちゃんについて聞いてみよ。
「エミリーさんは、シリウスさんとも知り合いなんですか?」
「ええ、そうなのよ。私も昔は第一部隊にいたのよ〜」
なんと、エミリーさんはシリウスさんの先輩だったそうだ。
シリウスさんはその頃から魔術の研究一筋で、色々やらかしていたらしい。
魔獣を召喚させたり、魔力が強いので普通の魔術でもとんでもない威力になってしまい、建物を壊すのも日常茶飯事だったようだ。
そこで、魔術のコントロールを教えたのがエミリーさんだったようだ。
そのため、シリウスさんについては良く知っているのだという。
「でも、シーちゃんのおかげでいいこともあったのよ?」
被害があるにしても、シリウスさんの研究は高い評価を受けたことに加え、第一部隊の隊員であるシリウスさんが強い魔術を使うようになったことで、研究の幅が広がり、第一部隊の隊員も演習場が使えるようになったそうだ。
それまでは第ニ部隊か、騎士団しか使えなかったらしい。
「はー…じゃぁ、まぁ、迷惑かけっぱなしってわけでもないんですね。」
「…そうね〜」
おかしな間があったような気がするが、エミリーさんが遠い目をしていたので触れないでおこう。
「シリウスさんも、私たちにだいぶ気を遣ってくれていますよ。お家のメイドさんを派遣してくださったり、ハーバリウムを作るのも手伝ってもらいましたし。」
シリウスさんについても良いところを話しておかねば。
なぜかそんな気持ちになった。
エミリーさんはビックリしたようにこちらを向く。
「気を遣う?シーちゃんが?」
「え、はい。」
なにかと様子を見にきてくれることや、ハーバリウムはお世話になっているメイドさんたちの分を一緒に作ったことを伝えると更に目を丸くしたあと、くすりと笑った。
「そっか。シーちゃんも成長してるのね。」
シリウスさんは大きな騒ぎを起こすことで、色んな人から疎まれていたらしい。しかし、魔術にしか興味がないらしく、誰に何を言われても全く響かなかったそうだ。
そのうち陰湿な嫌がらせなども始まり、見かねたエミリーさんが人間関係にも興味を持てと何度も言ったそうだ。
嫌がらせ自体はあまり気にしてなかったシリウスさんも、そのことに時間を取られてしまうことが煩わしくなってはいたそうだ。
「そしたらシーちゃん、私の話し方真似するようになったのよ。」
きっとシリウスさんの中で、人間関係をうまく築けている存在がエミリーさんだったのだろう。
それでエミリーさんを手本にしようとしたというわけだ。
「でも、話し方だけじゃ大して変わらないわよねぇ。根本的に思いやる気持ちがないと、ね。」
当時のことを思い出してるのか、ぷぷぷーっと笑っている。
「言葉は丁寧になっても、やってることは変わらないんだもの。おもしろかったわぁ。」
結局、周りが諦めるという形で事態は収束していったそうだ。
「あの話し方にはそんな秘話があったんですね…」
「そうなのよ〜可愛らしいところもあるのよ。」
たしかに素直にアドバイスを聞いているところは可愛らしく思えた。
シリウスさんの話を聞いたところで子供たちとイーサンさんが戻ってきたので、みんなで一緒におやつをたべることになった。
「クッキー、ママとソフィアで作ったんだよ!」
ルーカスくんは嬉しそうに言いながらクッキーを頬張っている。ソフィアちゃんは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうだ。
「ありがとう、とってもおいしいよ!」
愛も望も凄い勢いで食べている。
ポロポロと落ちる食べこぼしを気にしながら私もクッキーを食べた。
ほんのり甘くて優しい味がした。
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