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愛はぐずぐずと泣き続け、夕食どころではなくなってしまったので、せっかく来てくれた皆には申し訳ないが早々に切り上げさせてもらった。
各々が愛に言葉をかけて部屋を出ていくのを見送る。
私は愛を抱いたまま椅子に座り、ゆらゆらと揺れながらトントンとゆっくり愛の背中を叩く。
どこで間違えたのか。
私はあの人が死んで、1人で子供を育てることになった。
子供たちに絶対に寂しい思いはさせない、惨めな思いはさせないと誓い、できる限りのことはしてきたつもりだ。
この気持ちはここに来ても同じはずだった。
でも実際、愛はこうして泣いているし、望はもうそろそろ発語があってもいい頃だというのにまだ全く話せない。
私はこちらの生活、自分のことでいっぱいいっぱいで、ちゃんと娘達に向き合い、関われていたのだろうか。
四六時中一緒にいればいいというものではないというのは分かっている。
元の世界にいた時も働いていたので、日中は一緒にはいられなかった。だからこそ私は家族一緒に過ごせる時間を大切にしようと心がけていた。
こちらではそれができてなかったのだろうか。
自分ではやっているつもりになっていた。
その結果がこれだ。
気付くのが遅すぎた。
「あの〜…ヒカリ様、アイ様は…」
シリウスさんは皆と一緒に帰らなかったようで、オロオロとしながらこちらに手を伸ばしてくる。私は咄嗟にその手から愛を隠すように体制を変えてしまった。
やってしまった、と慌ててシリウスさんの顔を見上げると、眉を下げて困ったような顔をしている。
「えっと…ごめん、シリウスさん。なんか…」
「い、いえ…お気になさらず…」
私は自分でも何故シリウスさんの手を避けてしまったのか分からなかったが、気まずさから謝罪をした。
気にするなとは言いつつも、その表情から傷ついたことがハッキリと伝わってくる。
「とにかく、今日はこの子達とゆっくり過ごして早く寝ることにしますから。」
「ええ…でも、その前にヒカリ様の歯に、その、魔力を〜…ね…?」
シリウスさんは、珍しく歯切れが悪い言い方をしてこちらの様子を伺っている。彼なりの気遣いだろうが、今はそんなことどうでもいい。
「今は大丈夫です。心配なら明日朝一にでもやっていただければ大丈夫ですから、とりあえず今日はこの子達と休ませてください。」
「しかし…」
どうしても引き下がらないシリウスさんにいい加減イライラしてきた。
私は今自分のことよりも、愛のことを考えなければならない時なのに。
今でも愛は私にしがみついて胸に顔を引っ付けている。表情は確認できないけれど、とても引き剥がせる状況ではない。
本来ならば愛には聞かせたくないけれど、このシリウスという人にはハッキリと言わないと伝わらないということは今までの経験から痛いほど身に沁みている。
「あのさ、こんなこと言いたく無いけどさ。こっちに来てからこの子にどんなことがあったと思う?悪いけど、私たちのいた世界はさ、こっちに比べたらだいぶ平和なわけよ。
日常的に危険に晒されることなんてほぼないし、魔物も存在しないし、野犬もいない、貴族とも関わることなんてない。人がね、悪いことしてるところにも滅多に遭遇しないの。そりゃ軽犯罪は多いよ。事故が起こることだってある。
でも、この子、まだ4歳でね、そんなところから、魔力があって?魔物がいて?そんな世界に来ちゃって、目の前で人が大怪我して、自分でうっかり人の傷直しちゃって?多くの人から祭り上げられたり、かと思いきや悪意をぶつけられて?知人が誘拐犯になって、自分はその被害者になって…私だってまだ夢でも見てるんじゃねーの?って思うような毎日なの。
そんなとこに、この小さい子がずーっとずーっと訳もわからず放り投げられたわけ。
ただでさえ頑張り屋なんだから頑張っちゃうでしょ。そりゃ。頑張ってたよね、実際。
私も悪かった。頑張ってる姿を頑張ってるって思ってなかった。なんか大丈夫そうだな、なんて思ってたよ。でも、この状況見て分かるよね。そうじゃなかったの。ただ自分の話を聞いてもらえないからってこんなに泣く子じゃなかったでしょ。一緒に過ごしてたから分かるよね。だから今シリウスさん戸惑ってんでしょ。
ここまでこの子がSOS出してんだからさ、ちょっとは私たちの気持ちを優先してよ。」
私は愛をぎゅっと抱きしめて、シリウスさんを見上げた。
シリウスさんは私に一気に捲し立てられたことに驚いたのか、目を丸くしながらこちらを見つめている。
「ありきたりなこと言うようだけどさ、癒しの聖女〜とかって言われて、実際に人の傷癒やしてさ。それは素晴らしいことだと思うよ。だけど、結局この子のことは誰が癒やしてあげんの?まだ4歳よ。私達なら、自分の好きなことやって、のんびりして気分転換して…って出来ることあるじゃん。でもこの子はまだ小さい子で、この小さい肩には多くの人からの期待が乗っかってんの。その息苦しさを軽くしてあげれるのって、私なんじゃないの?」
何も言葉を返せないのか、シリウスさんは黙ったままだ。
「色々言って申し訳ないけど、とにかく今日は帰ってほしいってこと。お願いだから、私たちだけで過ごさせて。この子の話もちゃんと聞きたいし、これからについても考えたい。
…いっぱいいっぱいなのよ、私も。だから、お願いします。」
私は出来る限り深くシリウスさんに向かって頭を下げた。
シリウスさんは何か言いたそうに口を動かしたものの、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。
シリウスさんの態度から私たちの心配をしてくれているのは分かっていたので、申し訳ない気もする。
けれども、今は愛のことを何とかしなくてはならない。
一部始終見聞きしてオロオロしているアンネさんとダリアさんにお風呂の準備と夕飯の片付けをそれぞれお願いして、ため息をついた。
胸の中でまだメソメソしてる愛の背中をさすってやると、モゾモゾと動きながらこちらに顔を見せてくれた。
愛の目は涙が溜まっており、痛々しいほど赤くなっている。
私は汗だか涙だか鼻水だかで、顔に張り付いてしまった髪の毛を避けてやりながら顔を綺麗に拭いてやる。
「ママ…シリウスのことおこっちゃ、め、よ。」
今の今までメソメソ泣いていたというのにこの子は…私は複雑な気持ちになりながらも、少し笑ってしまう。
「そうだね。ママちょっと言いすぎちゃったね。今度ごめんねしなきゃね。」
「ん。あいちゃんも、いっしょにごめんねしてあげるね。」
「え、なんで?」
「だって、ママひとりじゃゆうきがでないでしょ。だからあいちゃんもいっしょならごめんねできるでしょ。」
「…そうね、じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「いいよ。」
赤ちゃんのように泣いていたのに、いつの間にお姉さんの顔をしていた愛に苦笑しながら頭を撫でてやる。
愛は迷惑そうにしながらも、そのまま抱きついてきた。
私は再び愛の背中をトントンと叩きながらお風呂の準備ができるのを待つことにした。
ちなみに、望は何が起こったのかいまいち分かっていないようで、ただこちらを見ながら首を傾げていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。私生活がなかなか落ち着かずに更新遅くなってしまい申し訳ありません。
これからもゆっくりにはなりますが、更新していきますのでよろしくお願いします。