疲労困憊に効く魔法
泣き疲れてぐずぐずになってしまったロレンツォをなんとか宥めて、とりあえずは第二部隊に帰らせた。
かなり泣き腫らしているけれど、前髪は長いままなので隠せないこともないだろう。
私は怒りを鎮めきれてないミルドレッドさんの顔色を伺いながら、シリウスさんの尻を叩き、できる限り荒れ果てた団長室の片付けをした。
壊れたものの修復はシリウスさんの魔力に頼み、私は本をかき集める。
流石に全部は拾いきれなくて、最終的には見かねたミルドレッドさんが手伝ってくれたけどね。
私はこんなことになってしまったお詫びに、ロボット掃除機をミルドレッドさんにプレゼントしました。
私が悪いわけじゃないけど、なんとなく、申し訳なくて、ね。
ミルドレッドさんはロボット掃除機をえらく気に入ったようで、チラチラと見て様子を伺っている。
バツが悪いのか、意地を張っているのか、嬉しそうな表情は見せないけれど、ソワソワしているのでバレバレだ。
とても可愛らしい人だなと思っていると、キッと睨まれたので目を逸らして本の片付けに集中することにした。
しかし、全然終わりが見えないのと、シリウスさんがずっとヘラヘラしていて何度もミルドレッドさんの神経を逆撫でしていたので、片付けもそこそこに団長室から追い出されてしまった。
自分でやった方が早い!とか言ってたのも本音なんだろうけど。
短時間で色々なことが起こりすぎて、もう私はヘトヘトになってしまった。
正直部屋に戻るのも億劫なくらい。
廊下に寝転んで駄々こねたいくらいだよ、全く。
けれども、こんな状態で転移魔法なんて使ったら嘔吐間違い無しなので、深いため息をつきながらシリウスさんと一緒に部屋に向かったのだった。
「もーママおそいよ!どこいってたの!」
部屋に戻ると迎えてくれたのはダブルマイエンジェル愛and望。
ぷりぷりと怒る姿でさえ愛おしく、なんかめちゃくちゃ文句言われたけど全然耳に入らなくてそのまま抱きしめた。
のんちゃんがめちゃくちゃに嫌がって髪とか引っ張ってきてるけどマジで効かない。こんなに効かないこと今までなかったわ。
超可愛いマイエンジェルたち。
どれくらいの時間が経ったのか分からないけど、アンネさんが咳払いして私とマイエンジェル達を引き剥がした。
「ヒカリ様、まだエミリー様達がいらっしゃるんですよ!みっともない!!それにお二人してお昼も食べずに…もう、お昼どころか夕食時ですよ!?こんな時間までどこで油打ってらっしゃったんですか!もう皆様待ちくたびれてしまいましたよ!」
ここでも怒られるんかい。
もうやだ。泣きたい。
「あらあら〜アンネさん。そんなに言わないであげてくださいな。ほら見て、えっと…なんだか、ものすごく…うん!疲れてるわ!シーちゃんに何かされたのね!間違いないわ!シーちゃん!ダメでしょ!」
「…ああ…もうエミリーさんが女神様に見える…」
私があんまりにもしょぼくれていたからか、エミリーさんが私を抱きしめながらシリウスさんを怒ってくれている。
エミリー先輩、すてき。
アンネさんもそんなことだろうと思った!と、エミリーさんと一緒にシリウスさんに対してお説教を始めた。
…ザマァ。
私は少しだけ仕返しができたような気がしてその様子を見ながら椅子に腰を下ろした。
本当にめちゃくちゃ疲れた。
私は愛と望を膝に乗せて思いっきり抱きしめる。
はー…これよ、これこれ。
なんだかものすごく久しぶりに我が子を抱きしめたような気持ちになり、愛しさで胸がいっぱいになる。
「愛ちゃんは今日何してたの?ママに教えてくれる?」
「あ!僕もはなす!」
ルーカスくんが元気いっぱいに手を挙げてくれたので、オーウェンくんとソフィアちゃんにも近くに来るように促して一緒に話をすることにした。ミラちゃんは疲れて寝ちゃったみたい。
「あいちゃん、ゆうとゆきのところいったのー!」
「すらいむがね!僕!はじめてみたんだけどね!ぽよーんぽよんって!すごいんだ!」
興奮した様子で愛とルーカスくんが身振り手振りで一生懸命に話して、オーウェンくんとソフィアちゃんがちょっと補足をしてくれて…
ああ!なんて優しくて可愛い世界なんでしょう!!私がさっきまでいたのは何!?どこ!?戦場だったの!?恐ろしい!!
なんかもう全部が可愛くてホッとしてなんだか涙が出るわ、本当。
オーウェンくんはイーサンさんの職場を見れたのがよっぽど嬉しかったのか、熱のこもった補足解説をしてくれているし、ソフィアちゃんは図書館が気に入ったらしく目を輝かせながら話してくれた。
それぞれがお気に入りポイントを見つけられたようで、とてもいい一日になったみたいで安心した。
そうして私は子供達に癒されていると、お説教が終わったらしく、エミリーさん達はお家に帰ることになった。
「本日は一日中子供達の相手をしてくださってありがとうございました。後日改めてお礼に伺います。」
「まあ!そんなの気にしなくていいのよ。私も久しぶりにここに来れて嬉しかったし…何より、子供達にあの人が働くところを見てもらえて…なんだか胸がいっぱい。やっぱり素敵だわ。」
エミリーさんは頬を桃色に染めてうっとりとしてそう言った。
相変わらずご夫婦の仲はとてもよろしいようで、聞いているこっちが照れてしまう。
「オーウェンもソフィアもね、自分のなりたいものが決まったみたい。ふふ、とてもいい経験ができたわ。本当にありがとうね。」
「いえいえ…でも、楽しかったならよかったです。また遊んでくださいね。」
もしかしたら次は無いかもしれない…という思いはしまっておく。
私はミラさん達にお礼を言って、シリウスさんを見送り兼荷物持ちに任命してお任せすることにした。シリウスさんは嫌そうにしていたけれども、アンネさんに笑顔で制圧される。
部屋を出てどんどん小さくなっていく皆の背中を眺めながら、深いため息をついた。
あー…本当にこれからどうなっちゃうんだろ。
静かになった途端、現実に引き戻されたようだ。
まだまだやらなければならないこともある。
けれども、今すぐここから逃げ出したい気もしている。
でもそのためには精霊に会いに行かなければならない。
グルグルと回る思考に眩暈がする。
ボーッとしていたら、愛にくいくいっと袖を引っ張られた。
「どうしたの?」
「あいちゃんね、るーかしゅのままにおしえてもらったまほーがあるの。」
「えぇ!?なにそれ?」
私は愛の発言にギョッとした。
エミリーさんなんてとんでもない爆弾を落として帰ったんでしょう!?
なんの説明もされなかったけれど、愛が新しく魔法を覚えたとなったらシャレにならん。
慌てて愛と目線を合わせるようにしゃがみ込むと、愛が私の顔を両手で包んだ。
そしてそのままおでことおでこをくっつけて目を閉じる。
「げんきになーれ、げんきになーれ。」
繰り返し発せられる言葉に私は目を見開いた。
しばらくそのまま固まってしまったので、私の反応がないことに対して不安になったのか、愛が手を離して私の様子を伺うように覗き込んできた。
「…げんきにならない?」
私は愛をぎゅっと抱きしめる。
「ううん、すっごい元気になった。すごいね、愛ちゃん。素敵な魔法だね。」
癒しの聖女の名も伊達じゃないな。
そう思う私は親バカなのだろう。
でも、それでもいい。
うちの娘は最高だ。
私の言葉を聞いて、嬉しそうに笑う愛を再びきつく抱きしめた。
私がしっかりしなくてどうする。この子達のお母さんなんだぞ。
これから何が起こるか分からない。
けれども、やるしかないんだ。
私は不安を消し去るように、自分を奮い立たせられるように、腕の中で窮屈そうにもがく愛を更にぎゅーっと抱きしめたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
気付くのが遅れてしまいましたが、いつの間にかブックマークが100件を超えており驚きました。
本当に、ありがとうございます。
これからもゆっくりペースになるとは思いますが更新していきますのでよろしくお願いします。