三者面談からの四者面談してみた
蛇に睨まれた蛙というのはまさにこのことか。
私と、その隣に座るロレンツォの前に、ジロジロと品定めするような視線を寄越すシリウスさん。
その態度はいつもの飄々としたものではなく、今まさに獲物を捕らえようとする蛇のようだ。
「あの…ぼ、僕、帰ります。」
肩を縮こまらせたロレンツォはか細い声でそう訴えるも、シリウスさんはそれを許さない。
「あなたは第二部隊でしたよね〜?しかも別にイーサンの近くにいるような存在でも、アレンとも特に関わりがないはずです。まぁ、ヒカリ様とは一度訓練で一緒になっていましたけどそれだけですよね?そんなあなたが何故個人的にヒカリ様を訪ねてくるようなことに?ただでさえ第二部隊では、ヒカリ様に対しての問題行動が目立つというのにそんなところの人間が何故ですかね〜?」
シリウスさんの高圧的な態度に更に体を小さくするロレンツォを見ていられなくなる。
「タイム!!」
私はそうシリウスさんに言って、ロレンツォを引っ張って立たせ、部屋の隅に逃げて二人でしゃがみ込む。
「ちょっとーーー!!なんで事前に来ること言わなかったのー!?」
「だ、だって、目が乾くから、どうしたらいいか…」
「あーそりゃ、大変…だけど!!今の状況のが大変!」
「ど、ど、どうすれば…」
「…正直なところ、このままシリウスさんに全て隠すのは無理。どんなことをしてでも吐かせてくると思う。」
「ひ…!」
「…本当は隠しておきたかったけど…色々と正直に話した方がいいかも…」
コソコソと小さな声で話す私たちに突き刺さる鋭い視線に深いため息をつく。
ロレンツォはぎゅっと手を握りしめて震えている。
私はその手を強く握り、シリウスさんを振り返る。
「シリウスさん、ここじゃなくて団長室に行きましょう。そこでお話します。」
いつ子供達が帰ってくるか分からないこの部屋で大事な話をするわけにいかない。
団長室と聞いてシリウスさんも渋々ながら頷いてくれた。
ロレンツォの手はまだ震えたままだった。
「あーもう!今度はなんだい!」
先程のダメージが残るミルドレッドさんはイライラを隠そうともせず、私達を怒鳴りつけた。訳もわからず連れてこられたロレンツォは今にも泣きそうになっている。
シリウスは引き攣らせた笑顔で経緯をミルドレッドさんに説明した。
「なんでこの第二部隊隊員がヒカリ様のところに〜?ヒカリ様も何か隠し事をしているようですし、こちらに連れてこられたってことは団長もご存知なんですよね〜?」
何バレてんねん!と言いたげな目でギロリと睨まれた私とロレンツォは両手を挙げて降参のポーズをとった。
だってどうにもフォローできなかったんだもん…
そんな私達を見てより一層深いため息をついて机に突っ伏したミルドレッドさんはそのままの体勢でボソボソと話す。
「…ロレンツォ、お前に任せる…」
「ぇぇ…」
「だから〜?何の話ですか〜?」
ミルドレッドさんには匙を投げられ、シリウスさんには追い詰められたロレンツォは、泣きそうになりながらも覚悟を決めたようだ。
私の方を見てきたので、私は頷いて鏡とコンタクトケース、保存液をスキルで出現させた。
シリウスさんは訝しげな顔をしている。
ロレンツォは、目元を拭って、シリウスさんを真っ直ぐに見つめた。
「誰もこないように結界を張ってください。」
「…仕方ないですね〜。」
ロレンツォの頼みを思いの外あっさりと受け入れたシリウスさんはすぐさま結界を張った。
私とロレンツォの向かい側にシリウスさんが座り、ミルドレッドさんは自分の机に座りながら一冊の本を魔法で本棚から抜き取り、私達のテーブルの上にトサッと置いた。
「…精霊の本ですね〜?」
「いいから読んでごらん。」
「読まなくても内容分かるから大丈夫ですよ〜。」
まだ機嫌が治らないのか、シリウスさんはミルドレッドさんの好意を無碍にする。
チッと舌打ちをしたミルドレッドさんは、顎をくいっとしてロレンツォに話すように促した。
「…多分見てもらった方が早いです。」
ロレンツォはそう呟いて鏡を見ながらカラコンを外す。
目に指を突っ込んだロレンツォにシリウスさんはギョッとした表情をしていたが、見る見るうちにその瞳には輝きが宿る。
そして、先程断っていた精霊に関する文献をババババッとめくって、ロレンツォと文献を何度も何度も交互に見比べていた。
「まさか…!!」
「…黙って魔術師団に入ってすみません。」
「え!?あ、いや〜…えっと…」
シリウスさんはだいぶ取り乱しており、助けを求めるような視線を私に寄越した。
私はシリウスさんに一からザックリと説明する。
「えっと、ヘクターの事件の時にロレンツォの発言に違和感を感じて、今回のネイサンの件でそれが確信に変わって…ミルドレッドさんに頼んで、3人で話して…なんやかんやあって、ロレンツォに自分が精霊の子だと教えてもらいました。
私の世界には瞳の色を変える道具があるので、ロレンツォにそれをプレゼントしました。使い方で不明なことがあれば私のところに来るようにって言ってあったんです。」
私はそう話しながらグレーのカラコンと、緑のカラコンを出現させて、自分の瞳に片方ずつ付けて見せた。
シリウスさんは口をあんぐりとあけてこちらを見ている。ちょっと面白くなってきて、キョロキョロとわざと瞳を動かしてカラコンのフィット感をアピールすると、食い入るように見ていたので思わず笑ってしまった。
私に笑われて恥ずかしくなったのか、シリウスさんはコホンと軽く咳払いをする。
「話せない事情があったのは分かりました〜。しかし、その違和感だったり、何やかんやだったりも話してほしいですね〜。
それに精霊の子には他にも色々と聞きたいですね〜。」
シリウスさんはチラッとロレンツォに視線をやりながらそう言うが…私に対して過保護な面を持つシリウスさんに、私の危機を見逃していた…なんて話したら怒るかもしれない。
ロレンツォも自覚があるので、びくりと肩を震わせて怯えている。
それに加えて、自分が人間に捕らえられることを恐れていたのだから、シリウスさんの発言に恐怖を抱くのは当然だろう。できることならば、そっとしておいてあげてほしいと思う。
それよりも、今本当に話さなければならないことは他にあるのだ。
「…まぁ、それは追々話すとして。
私が隠してたのは、このことだけじゃないんです。」
「…ほ〜?もう今更何を言われても驚く気はしませんけどね〜?」
ハンッと私を嘲笑うかのような態度に、イラッとするが、落ち着いて話すために深呼吸する。
そして、精霊について書かれている本を手に取った。
「この本も全てが実話というわけではなく、国にとって不都合な部分は手を加えられています。ただ、ここに書かれている最初の聖女様が、ロレンツォのお母様というのは本当だそうです。そして、そこに出てくる精霊の子が、ロレンツォ。
ロレンツォは最初の聖女様と一緒に暮らしていたことも覚えています。」
「…はぁ。」
シリウスさんは私が何を言いたいのかさっぱり分かっていないようだ。
きっと、シリウスさんにはストレートに伝えないと伝わらない。
「ロレンツォのお母様は、私同様に他の世界からこちらの世界に召喚されています。
今までこちらに残されていた文献によると、元の世界に戻る方法はどこにも書いてないんですよね?」
「ええ、そうですね〜。聖女に関する文献は全て把握していますが、どこにもそれについては書かれていません。」
「でも、帰ってたんですって。」
「…は?」
「ロレンツォのお母様は、頻繁に元の世界と、こちらの世界を行き来できていたんですって。」
シリウスさんは私の発言に目を見開いて言葉を失った。
ミルドレッドさんでさえ知らなかったことなのだから、シリウスさんは想像もしてなかっただろう。
その気配はなかったけど、帰る魔法を開発するって言ってくれてたしね。
しかし、こんなにもあっさりとその方法があると知ったことに対してショックを隠しきれない様子だ。
そんなシリウスさんを見てロレンツォはあわててフォローする。
「あ、あの!父さんが色々やってたと思うので、文献に載ってないのは当たり前です!だから、その、あまり気にしないで…」
「…はは〜。そんなんじゃなくて…ですね。」
シリウスさんは曖昧に笑って俯いてしまった。
「…ヒカリ様はどうなさるおつもりで?」
「私は…帰りたい、です。ただ、向こうの状況分からないので、状況確認に戻ってから最終的に決めたいです。」
ロレンツォの話によると何度も行き来することができそうなので、まずは家の様子などを確かめてみたいのだ。こちらに来る直前、大きな地震があって家の中は滅茶苦茶になっていたし、もしかしたら行方不明者として捜索願いが出されているかもしれない。
保険をかけているようで申し訳ないが、子供二人抱えて、なるようになるさ!では行動できないので、諸々確認したいのだ。
それにこちらの世界でも、まだやらなければならないことも残ってる。
シリウスさんは小さな声でそうですか…と呟いて黙ってしまった。
しばらく沈黙が続き、私もロレンツォもどうしたものかと顔を見合わせる。
帰還術がまだ作れていないのだから、現段階ではロレンツォに頼るしか方法はない。私だったら、帰還術の開発しなくて済むなら仕事が減ってラッキー!くらいに思っちゃうけど、魔術バカさんはそれができないのかもしれない。
シリウスさんには申し訳ないが、時間が勿体無いので、私はロレンツォの目の渇きを解決するために、コンタクト用の目薬を出してあげた。
悩んでる人を差し置いてそれはちょっと…ごめんって感じだけど。ロレンツォだってこんなに時間かかると思ってなかっただろうからね。
目に薬を入れるというのが全然受け入れられずにヤダヤダと駄々をこねられたが、目の渇きを解決するのはこれしかない。
私は何度もロレンツォを説得して目薬の使い方を教える。私が実際に目薬をさす姿を見た時は震え上がっていた。
何度も何度も失敗したロレンツォは目の周りどころか、顔中目薬だらけでベショベショになっている。
仕方ないので、一度綺麗に拭いてあげてから裏技を教えることにした。本当は正しい付け方ではないのでお勧めしたくないんだけどね…
これは愛がどうしても目薬を怖がっていた時に教えてもらった方法だ。
子どもに目を閉じてもらい、目頭部分に点眼したあとに目をあけさせることで、目薬が子どもの目の中に流れる…という方法だ。
目の周りを清潔にしなければ逆効果になってしまうので、本当に最終手段だ。
ロレンツォには早く正しい方法に慣れるように伝えて、何とか点眼することができた。
目の渇きの改善…というよりも、目の中に目薬を入れられたということを喜んでいるロレンツォに苦笑する。
「決めました〜。」
すっかり放置されていたシリウスさんは気持ちを持ち直したのか、スッキリした顔でこちらを見ていた。
「決めたって何を?」
「私もヒカリ様についていきます〜!」
「はぁ〜〜〜〜〜!?」
またもやミルドレッドさんは頭を抱え、私は大声で叫んでしまったのだった。
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