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「実際、私それなりにエリックさんに世話になってて…なんだかんだ助けて貰ったりもしてたんですよね。
今回散々な扱いされて、腹立たしくはありますが、理由を考えると…私がもしあの時夫を助けることができたらって考えたら、それに縋ってたと思うんですよね。私の場合はどうすることもできなくて、あっさり喪いましたけど。もし何か希望があったらそれを試したいと思うのは自然なことかなと。それにしても相談しろよって話なんですが。」
話を聞いていたシリウスさんも思い出して腹立たしくなったのか、腕を組んでうんうんと頷いている。
陛下はそれを見て珍しい物を見たというような表情でシリウスさんをまじまじと眺めて、少し微笑んだ。
「愛もお世話になったことは…正直なところどこまで分かってるかは不明ですけど…なんとなく感じてるらしく、シェイラさんのことを助けることでその恩を返すつもりみたいです。」
愛はエリックさんのことが好きだから笑ってほしい。そのためにシェイラさんを元気にすると言っていた。
彼にどんな打算があったのかは分からないが、彼が愛と接していく上で、愛はエリックさんを好ましいと思ったのだから、それは彼が愛との関係性をきちんと築いてきたということだ。
「じゃあ、私はどうすんだってことでエリックさんの今後の処遇について考えてみて…これが一番ちょうどいいんじゃないかなって思ったんですよね。」
「それ〜僕もイマイチ納得してないんですけど、なんでなんです〜?」
はぁーっと大きなため息をついて口を出したのはシリウスさんだ。実はシリウスさんもこの提案にはあまり乗り気ではない。確かにデービット様とエリックさんをシャーロットさんにお任せするというかなりギャンブルな状態ではあるけれど、エリックさんがちゃんとしてくれれば力になってくれること間違いなしだ。
「エリックさんは振り幅がすごいんですよ。あの人の軸はシェイラさんだけです。それ以外はどっこいどっこいで、目的を達成するために必要だったから色々やってきた部分が大きいと思います。そして、今そのシェイラさんを助けられるのは愛だけです。エリックさんはそれさえなんとかなればちゃんとしてくれます。現に愛と別れる時すごい信者みたいになってましたから。」
「あら、それは面白そうね。見たかったわー。」
「…多少卑怯だとは思うんですけど、それを餌に労働してもらいます。仕事ができるのはもう分かりきってるので、必ずシャーロット様の力にはなるはずです。」
ね!と念を押すようにシリウスさんの方を見ると、流石にそこは認めるところなのかグッと悔しそうな顔をして口をつぐむ。
「そして、あの手の人にとってデービット様みたいな人は恰好のおもちゃです。一切、デービット様の思う通りには進められなくなります。あの手この手でエリックさんはいじり倒すでしょう。」
「すごい言われ様ね。」
そう言いながらも陛下はいつの間にか楽しそうな表情をしている。
悪戯好きは染み付いて一生取れない物なのだろう。
「そしてあの人の一番の武器は人の心を簡単に掌握してしまうというところです。被害者の方々は支援をしてもらえると言っても疑心暗鬼になって、素直に受け入れることができないと思うんです。シャーロット様はきっと触れ合ったことのない類の人達だと思うので、色々手こずってしまうかと思うんですが…多分エリックさんなら余裕です。あの人はすごいですよ。口が達者だし、今回のことが起こるまで彼を疑う人は一人もいませんでした。
…そういう人は敵にするのではなく、味方につけて…その、うまい言葉が見つからないんですけど、飼い殺し?にするのが一番いいです。敵にすると危険。」
これももう今回の事件で身をもって知った。彼のような人が実は一番危険だと。シェイラさんを定期的に治療するっていう目的さえ果たされれば、エリックさんがこちらに牙を剥くことはないだろう。愛の力がどれ程のもので、完治までどれくらいの時間を要するのか分からないが、あの様子だと全て終わってからでも愛の信者でいてくれそうだ。
シリウスさんは私の言ってることを理解していないんじゃなくて、理解しているからこそ、受け入れたくないんだと思う。シリウスもそれなりにエリックさんを信頼していたようだし、それが裏切られたことを認めたくないのだ。
「…後は…私の勝手な想像なんですけど…エリックさんちもシェイラさんちもいいお家なんですよね…?」
「え?まぁ、そうね。」
「…なら、ここでデカい貸し作っとくのも…後々うまいこと使えないですかねぇ…?」
流石にこれは私も自分で性格悪いなって思うので、陛下に伝えるには勇気が要った。おずおずと伺う様な姿勢で陛下を見上げると、一瞬キョトンとしたものの、一気に吹き出し大笑いしていた。
「ははっ、これはとんでもなく強かな聖母様だこと!」
褒められてるんだか貶されてるんだか、さっぱり分からないけれど、とりあえず陛下は面白がってはくれたみたいだ。
ずっと黙って話を聞いていたシャーロット様もポカーンとしている。
いやはや、お恥ずかしい。
一通り説明して肩の力が抜けてしまった私は、小さく息を吐いた。言いたいことは言えたので満足だ。
ここでライドンさんやシリウスさんが反対していたとしても、陛下が許可してくださればそれで話がまとまる。
「そうねぇ…素敵な話だとは思うわ。ただし、実行するには条件があるの。」
「はい、なんでしょう。」
私とシャーロット様は何かとんでもないことを言われるのではないかと息を呑む。
ちなみにシリウスさんはずっと不貞腐れている。
「エリックは犯罪者です。その様な人間がシャーロットの周りにいて、何かあったとしたら今度こそシャーロットのご両親に顔向けできないわ。必ずエリックには、監視役をつけて頂戴。」
「陛下…」
エリックさんが犯罪者という言葉にドキリとしながらも、そうなんだよなと再認識して胸が少し痛んだ。
シャーロット様は陛下のお言葉に感激した様で、うるうるした瞳でじっと見つめながら呟いた。陛下はそれに応える様に優しく微笑んだ。
「シャーロット、私はあなたに感謝しているのよ。あんな出来の悪い息子のことをここまで愛してくれるなんてね。でも同時に申し訳なさもあるの。こんなことまで押し付けてしまって…あなたが本当にやりたいと思っていることならば、やれるところまでやってごらんなさい。もしやめたくなったり、完全にデービットのことを見限ったのなら話してちょうだいね。できる限りのことはするつもりよ。」
「…はいっ!ありがとうございます!」
シャーロット様は頭を深く下げてお辞儀をした。
私は実の親子のような絆に感動し、拍手を贈りたいような気持ちになっている。しかし本当にデービット様はやらかしたな…こんなに可愛らしい婚約者を無下にして、こんなに恐ろしいお母様を怒らせて…
「あと、ヒカリちゃん。」
「はひ!?」
まさか名指しで来るとは思わなかったのでピンっと背筋を伸ばした。
「あなたは一度医者に診てもらいなさい。あんなことがあって、そんなに他人事なのはおかしいわ。何かあったらいけないから必ず医者に行くこと。」
…まさかの病院送りでした。
それを聞いたシリウスさんに盛大に笑われたのは言うまでもない。
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