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ミルドレッドさんは目を見開いて言葉を失っていた。そりゃ目の前に精霊の子供がいたのならそうなっても仕方ない。
私はあえてその瞳には、触れずにカラコンの使い方の説明をすることにした。
「色はどれがいい?」
「茶色…」
「髪と同じ色ね。これ、この蓋になってるところをペリペリっと剥がせば取り出せるからやってみて。」
「…こう?」
「そう、裏表間違えないようによく見て。人差し指に乗せて、中指で目の下を押さえる。反対の手の人差し指でまぶた押し上げて…そうそう。そのまま瞳の上に乗せる…どう?」
「できた…?」
「できたできた!もう片方もやってみて!」
初めて化粧をする子に教えているような感じで、キャッキャしながらカラコンの装着を教えた。
ロレンツォは鏡に映る茶色の目の自分を角度を変えて興味深そうに見つめていた。
分かる分かる、メイクしてめっちゃ顔面変わるとどんな角度からも見てみたくなるわ。まぁ、ロレンツォのそれはそんな簡単な物ではないんだと思うけど。
カラコンを装着し終えたロレンツォにミルドレッドさんが話しかけた。
「お前は最初の聖女と精霊の子供なのか?」
「そうです。母さんはとっくに死んじゃってるけど…僕は精霊寄りみたいで割と長生きしてます。」
「割とどころではないんじゃ…」
正体を晒した後のロレンツォは開き直ったのかミルドレッドさんの問いかけに素直に応じていた。所々発言に幼さが混じっている。
ロレンツォは今までの生い立ちについても話してくれた。
母からはとにかく瞳を隠せと言われていたそうだ。もちろんロレンツォ自身もそうした方がいいと思っていた。
それは王宮で軟禁生活を送っていたとき、人々から瞳について色々言われているのを聞いていたからだ。
「なんか、気味が悪いって言う人もいたし、ものすごくしつこく綺麗だって言ってくる人もいて。母さんは褒めてくれてたから僕も好きだったんですけど、なんか怖くなっちゃって。」
ロレンツォの瞳は本当に宝石のように綺麗だ。それを欲しがる人は大勢いるだろう。以前ユウが裏通りでヘクターが眼球を抉り取るのを見てしまったと話していた。そのことから眼球だけをコレクションする人種はいるようだし、隠しておくに越したことはないだろう。
カラコンをつけたことでバレないかどうかと以前より怯えなくて済むと喜んでいる。
「戦闘訓練中、前髪が上がっちゃったり、切られちゃったりしないか不安だったんです。」
「…そもそもなんで第二部隊に…」
ミルドレッドさんはロレンツォに呆れている。まぁ私もその意見には同意だ。わざわざ魔術師団に入らなくてもよかったんじゃないかと思う。
しかし、人よりも魔力があるせいで普通に生活を送るのは厳しかったそうだ。
「あと、人間よりだいぶ生きてるんで…第二部隊ならなんか戦争とかそういう戦いがあれば、死んだってことにしていなくなればいいかなとも思いました。いつの間にか平和になっちゃったのは予想外でしたけど。第一部隊だと研究対象になっちゃったら面倒だし…」
第三部隊は人前に出ることになるから更にバレてしまう危険度が上がるので論外だそうだ。
なんとなくロレンツォの言い分には筋が通っているようにも思えるのだけれど、釈然としないこの気持ちは何だろう。
「そもそも何故森を出たのだ?」
そうか、そこか。
そもそもそこがハッキリしてないから気持ち悪いのか。
「ああ、僕、母さんすごく好きで。人間って母さんしか知らなかったから…そんなに言う程悪いものなのかなって思って。一緒に暮らしてみたかったんです。」
「…で、ロレンツォ的に人間ってどんなものだったの?」
私はロレンツォの話を不思議な感覚で聞いていた。なんだか、動物が人の言葉を話しているような感覚。
精霊と人間のハーフに対してそんな風に思うのは失礼だろうけど、純粋な人間から見る人間と、彼から見る人間に違いがあるのかと興味を抱いた。
「んー全体的に言えば、母さん達が言う程悪いものでもなかったけど、思ったより良いものでもなかった…かな?もちろんびっくりするほど嫌なやつも良い奴もいましたけどね。面白くはあります。感情と行動がちぐはぐだったりして。」
…なるほど。
哲学者のような視点だな。
ロレンツォのお母さん、最初の聖女は積極的に戦争に参加させられていたようなので、余計に人間不信になっていたのかもしれない。突然訳分からんところに連れてこられて、戦争手伝えって言われたらそりゃ嫌だよな。
ミルドレッドさんはもっとロレンツォに聞きたいことがあるようだったけど、うまく言葉にできないのか険しい顔をして頭を抱えていた。
何時間もロレンツォを拘束しておくわけにはいかないので、ある程度話をして今回はお開きにする。
今回渡したカラコンは使用期限1ヶ月のものにしたので、期限が近くなったらもう一度3人で集まり色々話し合おうということになった。私はロレンツォにカラコンの洗浄液や保存ケースの使い方や洗い方などを説明しながら袋に詰めていく。
大人しく話を聞いていたロレンツォは袋を受け取ると、じっと私を見つめてきた。何か言いたいのかと首を傾げるとロレンツォは驚きの発言をした。
「ねえ、ヒカリ様は、元の世界に帰りたい?」
今なんて?
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