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途中で視点が変わるので違和感があるかもしれません。
遊園地のアトラクションもびっくりな過激なドライブのおかげで、随分と早く目的地に到着することができたのだが、望以外は疲労困憊だ。
「おぅぇっ…」
「…ぅぷ…」
ライドンさんとシリウスさんは口元を抑えてげっそりしてるし、運転していた私ももしかしたら木に突っ込んでしまうかもしれないという緊張感から解放され、ハンドルにもたれかかるようにして深呼吸を繰り返している。
望だけは、元気である。
「ライドンさん…マジでお疲れ様でした…」
「…俺がシリウスのとこじゃダメだったの…そっちがよかったんだけど…」
「車内から遠くまで見て魔術展開できました…?」
「…うぅ…帰りは手加減して…」
ライドンさんはドラゴンと対峙した後に、めちゃくちゃな魔術展開を要求されたのでもうぐったりしている。軽トラの荷台で、望と待っていてもらうように頼んだ。望はライドンさんに懐いているから大丈夫だろうと思うが、万が一荷台から飛び降りないように、ライドンさんにくくりつけていたゴムバンドを望のお腹に付け直した。ちょっとわんちゃんみたいだけど我慢してね…。
私は自分の両頬をパチンと叩き、気合を入れ直す。
そしてまだ青い顔のままのシリウスさんを引きずるように歩き出した。
そこにある小さな一軒家はとても可愛らしい作りをしている。白い壁に、オレンジ色の屋根で、私たちの世界で言うところの南欧風な建物だ。平家なのでこじんまりとしているものの、2人で暮らすには問題ないだろうなと思った。
カーテンは閉まっているものの、隙間から温かな光が漏れているので起きているのには間違い無いだろう。
扉に手をかけようとしたタイミングで、窓が開いて声をかけられた。
「あーぁ。随分早かったね。」
「エリックさん…」
困ったような顔をしたエリックさんが窓からこちらに声をかけたのだった。
シリウスさんが怖い顔をしてエリックさんに杖を向けたのだが、エリックさんはふっと笑って中に入ってくるように言ってきた。
「…油断してはいけませんよ〜。僕が先に入りますから離れないでくださいね〜。」
シリウスさんは私の方を見ずにそう言って、家の中へと足を進めた。私も慎重になりながら後について家に入る。ここはリビングなのか、カウンターキッチンの前にダイニングテーブルが置いてある。
家の中はまだ必要最低限のものしか置いていないのか、さっぱりとしている。
エリックさんはにこやかにお茶の準備をしながら、ダイニングテーブルに座るように促してきた。
「…愛はどこですか。」
のんびり話してる場合ではない。私はエリックさんにそう問う。エリックさんは準備していた手を止めて、悲しそう笑っている。
もしかして愛に何かあったんじゃないかと思い、エリックさんに掴み掛かろうとしたがシリウスさんに止められる。
「…アイちゃんは頭がいいね。ここに来て、シェイラを見た瞬間に全て理解したみたいだ。
ママは?のんちゃんは?ってずっと泣きながら探し回ってね。お菓子で釣ろうにも、前みたいに動物を模したおもちゃを動かそうにも全然おさまらない。
…とにかくシェイラに治療をしてもらえるように頼み込んだんだけど、ママがいいって言わないとできないの一点張りで。
…これは時間をかけていくしかないかなって思ってたのにもう来ちゃうんだもんな…今は泣き疲れて寝てるよ。」
私はシリウスさんに止められていた手を振り払って家の中を探し回るためにリビングから飛び出した。エリックさんに止められることはなかった。
「…エリック、あなた、こんなことしてどうなるかくらい想像できなかったんですか〜?」
シリウスはヒカリが部屋を出たのを見送ると、エリックにそう言った。
エリックは小さく笑った後に、シリウスの方を見て質問に答える。
「そんな訳ないでしょ?僕はシェイラさえ目を覚ましてくれれば、死んだっていいんだ。」
あまりにも自分勝手な言い分に、シリウスは眉を顰めてエリックを睨みつけるも、当の本人は全て諦めた様な顔をして椅子に腰を下ろした。
「…僕を殺すのはシリウスがやるの?」
「…あなたの今後を決めるのは僕ではないですね〜。最終的に決めるのは陛下でしょう。」
エリックは、そっかとだけ呟いて天井を見上げた。
シリウスは拳を強く握りしめてエリックを見ている。余りにも強く握られたその拳からは血が滴り落ちていた。
「…あなたは、何も、思わなかったのですか。」
「…なんの話?」
「もし、シェイラ嬢が、目覚めた後…あなたが罪を犯してまでも自分を助けたのだと知ったら、どう思うのでしょう。」
シリウスの胸の内が、ひとつ、またひとつと溢れ出す。
「自分が持っているスキルのせいで、自分の母親が悪党の元へと差し出されてしまったアイ様の気持ちを。
何も悪くないのに、娘を奪われたヒカリ様の気持ちを。
自分の部下が再び悪事を働いてしまったイーサンの気持ちを。」
「…驚いた。シリウス、そんなことまで考えられるようになったの?」
「なにより!!!」
エリックはシリウスが他人を思いやる姿勢を見せたことに驚きながら、それを茶化すように笑っていた。しかし、突然大きな声を出したシリウスに思いがけず視線を送る。
「僕や…ライドンが!あなたの苦しみを!共有できなかったこと!それに胸を痛めること!友人を失うかもしれないという、恐怖を!!あなたは何も思わなかったというのですか!」
エリックは目を丸くした。
シリウスの表情が苦痛に歪むのを初めて見たからだ。いつも飄々として、へらへら笑っているシリウス。幼い頃は人形みたいに無表情で、君が悪いと思うこともあった。呆れられるような顔をされたことはあったが、こんな風に心を痛めた顔をするのは見たことがなかったのだ。
魔術以外の何に対しても興味を持てないと思っていた古い友人は、実はそうでもなかったらしい。
シェイラという特定の対象にしか興味がなかったのは自分の方だったようだ。
エリックはそう思ったものの、シリウスにかける言葉が見つからずに口をつぐむ。
「二人とも、ちょっといいですか?」
沈黙を破ったのは愛を抱いてリビングにやってきた、光の声だった。
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