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嘔吐の表現があります。苦手な方は御気をつけください。
2人の顔を見た私は激しい安堵から、体の力が抜けていく。
しかし、ネイサンは私を肩に担ぎ上げて後ろに下がり、シリウスさん達から距離を取る。私は急に頭を下にされたことで壮絶な眩暈に襲われて必死に吐き気と戦った。手も使えないままなのでされるがままで視界は反転しているし、元々目眩はしているしで最悪な状況だ。
「逃げても無駄だ、ネイサン。既に周囲は第二部隊が包囲している。家の者たちももう捕まえてある。お前に逃げ場などない。」
イーサンさんが杖を構えてこちらに向けているのが辛うじて見えた。ネイサンは私を下ろそうとはせず、応戦する姿勢を取っている。
ネイサンが指を振るとキーンと高い音がして耳が痛くなる。シリウスさんたちは結界を張って咄嗟に攻撃を防いでいるようだが、私にはその術もなく、辛うじて意識を保っている状態だ。
ネイサンは音を操るという能力はとても厄介だ。音というものは、物体が動く振動によって生じる波が元となっている。空気中は勿論、水のような液体の中だけでなく、固体の中にさえも伝わってしまうのだ。ネイサンは音というよりはこの波を操っているのだろう。
音を発生させないとなると、真空状態にするしかない。
しかし、私たちが今いる空間を真空状態にすると、ここにいる全ての人が酸欠で死んでしまう。それでは共倒れだ。
だめだ、そんなこと考えられないくらいに気持ち悪い。
私のお腹はネイサンの肩に乗せられているし、その前にはパウエルに蹴られているのでもう限界だ。
「おぅぇぇ…」
無理。逆さまの状態で嘔吐してしまったので気持ち悪いどころの騒ぎではない。鼻も痛いし呼吸もままならない。あまりの苦しさに涙が出てくる。
最後に食事をしてから随分と時間が経っていたおかげで、出てきたのは胃液だけだったが、流石のネイサンも驚いたようでギョッとしている。
シリウスさんと、イーサンさんはその隙を見逃さなかった。
イーサンさんはネイサンの足に向かって攻撃魔法を放ち、シリウスさんは私に向かってライドンさんが開発した変形する結界を使って、私の体に巻きつけて私を回収した。
「ヒカリ!」
ネイサンは血が噴き出す足を押さえながら私の名を叫んだが、怪我のせいで魔術をうまく使えないようだ。そのままイーサンさんに拘束される。
「ヒカリ様!しっかりしてください!」
胃液やら鼻水やらでぐしょぐしょになっている私に洗浄魔法をかけながらシリウスさんが声を掛けてきた。
私はゲホゲホと咳き込みながら、シリウスさんに訴える。
「ぁいが…っ…愛がっ…!!」
「大丈夫、必ず助けます。今はもう休んで…」
「愛…お願い、たすけて…」
私はシリウスさんに抱えられ、そのまま部屋の部屋の外へ連れ出された。後ろからネイサンが私の名前を呼び続けているのが聞こえた。
私がネイサンに倒されてから、随分と時間が経っていたらしい。外はもう日が暮れていた。私とシリウスさんが外に出るのと交代で第二部隊の人達がどんどんと中に入っていく。
私が捕らえられていたのはやはり地下室だったようだ。地上に出てからはジェーンさんが治療に当たってくれた。テントを張って準備してくれていたらしく、その中に入って窮屈なドレスを脱いで検査着のようなものに着替える。裾をめくりあげて横になり、パウエルに蹴られたお腹や、縛られていた手足を診てもらう。自分でも引くくらいのアザができていて、ジェーンさんは痛ましそうに顔を歪めていた。
治療のおかげで痛みも引いて、目眩と吐き気からも解放される。
ウィッグを毟り取り、私はジェーンさんにお礼を言って愛の元へ向かおうとする。
「ダメです!ヒカリ様!!まだ動いてはなりません!!」
「ジェーンさん!そんなこと言ってる場合じゃないの!愛が連れて行かれたの!休んでなんかいられるわけないでしょ!?」
「ライドン様やアレン様達が向かわれております!!今はそちらに任せて!!」
「やだよ!!私はあの子の母親なの!!じっとしてられるわけない!!」
「ヒカリ様…!」
病み上がりで暴れ出す私にジェーンさんは困った表情をしながらも、必死に引き留めてくる。
ギャーギャーと騒ぐ声が外まで聞こえていたのが、シリウスさんが入ってきた。
シリウスさんはジェーンさん同様、私に休むように言ってきたが、それを聞くわけにはいかない。愛を絶対に迎えに行く。
「行くって言ったってどうするんですか〜?場所も分からないでしょう?」
すっかりいつもの口調に戻ったシリウスさんは、あくまでも冷静に私を説得しようとしている。だからと言って大人しく従うわけにはいかない。
「シリウスさんは分かってるんでしょ。だったら連れてって。」
「何を馬鹿なことを…」
「いいから!連れて行ってくれないな街中走り回って探す!」
私はシリウスさんを怒鳴りつけて掌に原付の絵を描いて魔術を展開する。
出現した原付に手を伸ばすも、シリウスさんに押さえ込まれて手が届かない。悔しい、悔しい、行きたい!感情がごちゃ混ぜになりながら泣き喚く。
これ以上私の大事なものを奪われてたまるか!
半狂乱になりながら暴れていると、イーサンさんがテントの中に入ってきた。
「シリウス連れて行ってやれ。」
「何を無責任なことを言ってるんです!?」
私はイーサンさんの予想外の言葉に動きを止める。
イーサンさんは、ネイサンを捕らえる時に苦戦したのか、制服の汚れを払いながら話を続けた。
「俺も人の親だ。我が子の緊急事態に駆けつけられないことの恐怖くらい想像できる。ライドン達が既に向かっているし、そこにお前さえいればエリックの暴走は止められるだろう。」
「でも…」
言い淀むシリウスさんを差し置いて、イーサンさんは私に目を移して話を進める。
「ただし、何があっても自己責任だぞ。分かっているな。」
「はい。」
「よし、では早速転移魔法の準備をしろ。」
「イーサン!!」
シリウスさんは堪らず怒鳴りつけるも、イーサンさんは相変わらず涼しい顔をしている。
「こいつのことならお前の方が良く理解しているだろ。顔を見てみろ。何を言っても無駄だぞ。」
シリウスさんはイーサンに言われるがまま私の顔を見て、あーもう!と言いながら頭を抱えてしゃがみ込んだ。
そして諦めてくれたのか、転移魔法で気分悪くなっても知りませんからね!と小言を言いながら魔法陣の準備をしてくれたのだった。
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