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今回、暴力的表現や女性蔑視など、センシティブな内容に触れる部分があるかもしれません。あくまでも小説の演出としての表現であり、他意はございません。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
「まぁまぁ、パウエルさん。例えあなたの子でなくても、ネイサンの子であればあなたの血縁になるのですから、いいのでは?あなたではネイサンには勝てないようですし、ここで死んでは意味ないでしょ。今回はネイサンに譲ってあげて、ね。僕もあなた方の親子喧嘩に付き合っているほど暇じゃないので。」
訂正、助け舟ではなかった。ただ自分が早く帰りたいだけだった。
それでもエリックさんの発言はパウエルには効果的だったらしく、グッとネイサンを睨みつけた後、ヨロヨロと立ち上がった。
「ぐ…貴様…!!今度こそしくじったら承知しないぞ!!分かったな!!」
パウエルは情けなくも負け犬の遠吠えにしか聞こえないセリフを吐いて、バタバタと音を立てながらこの部屋から出て行った。
承知しないぞって言っても、ネイサンがパウエルに何かしたら死ぬのはパウエルだろう。
「だっせぇ…」
「本当そうだねぇ…さてと、じゃあ僕もそろそろ行こうかな。あとは2人で楽しんでね。」
ヒラヒラと手を振ってエリックさんも扉に向かって歩き出す。
「待って!!エリックさん!!愛を返してよ!!ねぇ!?ちょっと待ってってば!!」
私は慌ててエリックさんに声を掛けるも、全く聞き入れてもらえない。
お願いだから、私はどうなっても構わない。だけど、愛だけは、どうか。
そんな私の祈りも虚しく、バタンと扉閉められてしまったのだった。
私はエリックさんが出て行った扉を見つめて、深い絶望におそわれていた。
今まで我慢していたものが涙となって溢れ出てくる。
私は一体どうすればいいのだろうか。
うまく頭を働かせることが出来ずに、呆然としていると、不意に体が起こされた。
「ヒカリ、私の、ヒカリ。」
ネイサンは私のことを抱きしめて小さくそう呟いた。
「やめて、離してよ。」
私はネイサンの腕からどうにか抜け出そうと身を捩るも、ネイサンはそれを許さなかった。私を抱きしめる腕はより一層に強くなり、ネイサンは私に頬擦りをする。
「嬉しい、私の。いっぱい、歌おう。」
「やだ、やだよ、やめて。魔術師団に帰してよ…」
「だめ。」
「ネイサン、お願いだから…やめてよぉ…」
私もネイサンも駄々をこねる小さな子供のようにお互いにヤダヤダと言って、全く話が進まない。
あまりにも嫌がる私に、ネイサンはムッとした表情をして私の顔を両手で挟んで見つめる。
「ヒカリと、歌う、楽しい。初めて、褒めてくれた。ヒカリ、私の。ずっと一緒。」
「え…そんなことで、私のことをここに連れて来て、閉じ込めてんの…?」
ネイサンのこの異常な執着がそんな些細なことから始まっていただなんて思いもしなかった私は、思わずそんなことを言ってしまった。
ネイサンはそれが気に入らなかったらしい。私の顔を挟んでいるネイサンの両手に力が込められる。
「…ぅおぇっ…」
ネイサンは私に魔術を展開したようで、再び強い吐き気と眩暈に襲われる。目を開けていることも辛く、思いがけずネイサンに胸に倒れ込んでしまった。
倒れて来た私をネイサンはぎゅっと抱き止めて、嬉しそうにしている。
畜生、目が回ってなにも考えられない。
すると、ネイサンは私を抱きしめたまま『翼をください』を歌い始めたのだ。以前はあんなにも心地よかった歌声も、今は怖くてたまらない。
トントンと赤ちゃんをあやすかのように私の背中を叩き、リズムをとりながら揺れるネイサンは心底楽しそうにしている。
「ヒカリ、歌って?」
「…ぅぇ…むり…吐きそ…」
ネイサンに催促されるも、私はとてもじゃないけれど歌える余裕なんてない。脳がぐわんぐわんと揺れているような気さえしているのに、歌なんて歌えるはずもない。ぐったりとしている私を残念そうに見つめながら、ネイサンは私を硬い床に寝かせた。
横になっても全く改善されない目眩と吐き気、体の下敷きになった腕の激痛から逃れようと体を動かそうとするが、それは許されないようだ。
体を仰向けにされたまま、ネイサンが私の肩を押さえつけた。
ネイサンは何度も何度も繰り返し同じ歌を歌いながら、空いている方の腕で私の髪や頬を撫でている。
なんと幸せそうで美しく、恐ろしい顔なのだろう。
私とネイサンはまるで、被食者と捕食者だ。存分に弄ばれ、食べられる寸前の弱者はこんな気持ちになっているのだろうか。
「ネイサン、やだよ、やめて。」
私は今自分にある限りの力を振り絞り、ネイサンに懇願した。その弱々しく小さな声は、その耳には届いているはずだが、聞き入れてもらえなかった。
ネイサンはまるでプレゼントの包装紙を開いていくように、嬉々として私の髪飾りを一つ一つ丁寧に摘んで外していく。外されたものは、規則正しい間隔を空けて床の上に並べられる。その行動全てが恐ろしい。
全て外して並べた後、満足そうにそれを眺めている。
私は悔しくて、苦しくて、悲しくて、一度は止まった涙が溢れて来た。どうしてこんなことになってしまったのだろう。不快感と恐怖に襲われながら、負けてたまるかと歯を食いしばる。
すると、急に口の中に激痛が走る。
具合が悪いのに加えて、その痛みに襲われて視界がチカチカして来た。
でも、私はこの痛みを知っている。
流石にネイサンも気が付いたようで、バッと体を起こして天井を見上げた。
そこはバキバキっと音を立てながらどんどんとひび割れていく。
あぁ…助けが来てくれた。
小さなひび割れは、あっという間に広がっていき、ガラガラと音を立てて天井は崩れ落ちて来た。
「ヒカリ様!?」
「ネイサン!何をやっている!!」
大きな穴から、シリウスさんとイーサンさんが飛び込んできてくれたのだった。
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