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今回、暴力的表現や女性蔑視など、センシティブな内容に触れる部分があります。あくまでも小説の演出としての表現であり、他意はございません。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
「この時ばかりは神様の存在を心底信じたよ。治癒のスキルを持つ聖女だって?そんな人が目の前にいる奇跡が起こるだなんて!」
恍惚とした表情のエリックさんには、目の前にいる私の存在なんてもう見えていないのだろう。立ち上がって高らかに笑いながら話し続ける姿はまるで演説だ。
「こんなチャンス、もう二度と巡ってこない。シェイラを助けるためには、必ずアイちゃんを手に入れなければならない。
ただ、ヒカリちゃんは言わなくても分かってると思うけど、そこには色んな障害があってね。手っ取り早く一番大きな障害を乗り越えることにしたんだ。」
「…それが私ってわけね。」
シェイラというのは婚約者さんの名前だろう。ようやくエリックさんがこんなことをした理由を理解した私はなんとも言えない気持ちになった。
私は既に愛する夫を喪っている。
その時の気持ちを考えると、エリックさんの行動がいけないことだと分かっていたにしても、否定しきれない。
もし、あの時、夫を助けられる可能性があったのだとしたら、私はそれを選んでしまっていたかもしれないからだ。
「でも…!だったら相談してくれたらよかったじゃないですか!」
「相談したらアイちゃん貸してくれた?そんなの無理でしょ。どれだけ魔力を使うことになるのか分からないのに。」
「…そうですね。」
アランさんの治療をした時でさえ魔力切れを起こしてしまったのだ。それなのに、10年も眠りについていた人を起こそうなんでしたら何が起こるか分からない。
魔術師団の人達なら、エリックさんの婚約者さんのことを知っていたに違いないが、今まで誰も愛がシェイラさんの治療することを提案しなかったのはそのことを心配していたからだろう。
「最近はユウとユキの治療で、随分とスキルを使いこなせるようになったみたいだしね。
…正直、シェイラの治療を差し置いて彼らの治療をしていた時は、はらわたが煮えくり返りそうだったよ。」
スッと無表情になるエリックさんにゾッとする。エリックさんの無表情なんて見たことない。いつもニコニコしていて、なんだかんだ優しかったエリックさんは最初からどこにもいなかったのだと思い知らされた。
「…愛は今無事なんですか。」
「もちろん。今、どころかずっと無事だよ。シェイラの目が覚めるまでずっと協力してもらわないといけないし、シェイラの目が覚めたら恩人として大切に育てていくよ。だから安心してね。」
一体どう安心しろと言うのか。
自分の正義を貫いているエリックさんからすれば婚約者であるシェイラさんを助けるためにやっていることだからなんの罪悪感もないのだろうが、客観的に見ればこれは誘拐だ。
しかも、この世界で重宝される聖女と呼ばれるたった4歳の少女を誘拐しているのだからその罪は重い。
きっとエリックさんはシェイラさんと愛を連れてどこかへ逃げるはずだ。連れ去られた愛は外の世界へ出ることなどできないだろう。
衣食住は保証されていたとしても、それは監禁でしかない。
あなたの娘はあなたから奪うけど、閉じ込めて大切にするから安心してね?
ふざけるな。そんなもの受け入れられるはずもない。
今すぐに怒鳴り散らしてしまいたいが、そんなことをしてもエリックさんを刺激するだけで、まともに動けない私がしても逆効果だ。
今にも溢れそうな怒りをグッと堪えて、もう一つ気になっていたことを聞いてみる。
「なんで、ネイサンを巻き込んだの?」
私が邪魔だったのなら、わざわざネイサンを使わなくても、エリックさんなら私を呼び出すくらい簡単に出来たはずだ。
実際今回だって、エリックさんの言葉を全く疑うことなくついて行ったのだから。
なんの関係もないネイサンが巻き込まれるのは何故なのだろうか。
エリックさんは人差し指をピンと伸ばしてニコニコしながら教えてくれた。
「利害がちょうど一致したからさ。ちょっと待ってね。」
エリックさんはこの部屋にある唯一の扉へ向かって歩き、コンコンとその扉をノックした。
私は訳も分からずその様子をただ呆然と眺めていた。
しばらくすると、ギギッという音を立ててその扉が開いた。
「やっと目覚めたか。」
「いや誰…?」
そこにはでっぷりとしたおじさんが立っていた。
本当に誰よ…もう、これ以上色々言われても何も頭に入ってきそうにないんだけど…
げんなりしていると、そのでっぷりとしたおじさんの後ろにネイサンの姿を見つけた。
でっぷりおじさんとネイサンはエリックさんと一緒に私のそばに来た。私はネイサンをじっと見つめて様子を伺うものの、ネイサンは目を逸らさずにこちらを見下ろしている。
不意にでっぷりおじさんに顎を掴まれ、顔を上げさせられる。
「ほう。着飾れば見違えるものだな。これならまぁ良いだろう。」
「あ?何の話だよ。」
でっぷりおじさんの太い指で顔を掴まれた私は、体調の悪さと機嫌の悪さによって思いっきり悪態をついた。
「何と下品な…まぁ良い。
貴様にはこれから私の子を産んでもらう。」
「…は?てめぇ、今何つった?」
子供…?
「パウエルさん、ヒカリちゃんちょっと混乱しちゃってるみたいでね。許してあげてください。ヒカリちゃん、こちらパウエルさん。ネイサンのお父上だよ。」
エリックさんは何でもないことのようにさらりと説明する。私はでっぷりおじさんこと、パウエルに顔を掴まれているので目だけでエリックさんを見る。
「ネイサンの家はね、シリウスの家と敵対関係にある…といえば分かりやすいかな?それで、新聞にヒカリちゃんとシリウスのことが載っていただろう?それが随分とお気に召さないらしくてね。」
「…はぁ…?」
いや、だから何?私だって、あの記事に関しては不満があるけど、それがなんで子供を産むことになる訳?全く何を言っているのか分からずにポカンとしているとパウエルが指先に力を入れてきた。太い指が頬に食い込む痛みに眉を顰めて睨みつけると、パウエルは馬鹿にしたように笑ったのだった。
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