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『さぁ、最後は本日のメインと言っても過言ではありません!皆様お待ちかね、聖母様と聖女様方のご登場です!!』
司会の人のアナウンスを聞いて深く深呼吸した。
私は望を片手で抱き上げて、愛と手を繋いでステージの中央まで足を進める。
『改めて紹介させていただきましょう!我が魔術師団第一部隊隊長、シリウスによる召喚術で異界から現れました、聖母様、名はヒカリ様。聖母というのは我が国の歴史では初めての存在です!その類い稀なるスキル、我々にはない発想により、より一層我が国をより良いものへと導いてくださることでしょう!!』
なんとも大袈裟な文言に頭が痛くなりそうだが、なんとか笑顔を作り、観客に向かってお辞儀をする。
最初は新聞で読んだ姿と違うとか、本物なのかとかそういう野次も聞こえていたが、ゆっくりとお辞儀をした後ではそんな声も消えるくらいに歓声が上がっていた。
…正直、聖母っぽい見た目にしてもらったからだろうなと思う。いつもの私の姿だとしたらきっと歓声が上がるどころか笑いが起こっていただろう。
衣装部の皆様に感謝…。皆様のおかげで乗り切れそうです…。
『そして聖母様のご息女であられますお二人をご紹介させていただきましょう!まずは癒しの聖女、アイ様ー!!アイ様は既に魔術師団員の治療を行った経験もあり、今後我々を支えてくださることでしょう!』
アイはあまりの人の多さに萎縮してしまったが、そっと背中を押して礼をする様に促すともじもじとしながらもいつもと同じようにお辞儀できた。
大きくなった歓声にビクリと肩を震わせていたので、こっそりと大丈夫か聞いてみるとコクンと頷いたので、少し安心する。強がっているだろうが、強がる余裕があるならまだ大丈夫だ。きゅっとその小さな手を握って少しでも不安を取り除けるように努める。
『最後はヒカリ様に抱かれている小さなレディー、なんとこちらも聖女様でございます!!聖母が2人、同時に現れることなど今までにあったでしょうか!?いやないはずです!守護の聖女、ノゾミ様です!!ノゾミ様もアイ様同様既にスキルを発動させており、その鉄壁な防御でご家族を守られたことはもう皆様もご存知かと思います!きっとこの国の防衛にも貢献してくださるでしょう!』
さっきから随分と都合のいい紹介の仕方をされているのが気になるけれど、パフォーマンスとして仕方がないことなのだろうか。なんとなく縁落ちない気持ちで望ごと頭を下げる。
望は私にがっちりしがみついて顔は誰にも見ることができなかっただろうけれど、歓迎はしてもらえたようだった。
一通りの紹介が終わった後、愛と望は退場する。迎えにきてくれたのは綺麗にドレスアップしたアンネさんとダリアさんだった。
アンネさんもダリアさんもガチガチに緊張して顔を真っ赤にしている。
客席に向かってぎこちなくお辞儀をした後、それぞれが娘達を抱っこしてくれた。
「どうして?」
「少しでもお二人に安心していただけるようにエリック様が配慮して下さいました。」
望を受け渡す際にこっそりとアンネさんに聞いてみると、そう教えてくれた。エリックさん、どうもありがとう。エリックさんの配慮のおかげで望も号泣することなくすんなり離れることができた。
ステージ上にポツンと1人にされた私は心細くなりながら前を向いた。
『さぁ、最後に聖母様から、本日お越しいただいた皆様に幻想的なプレゼントがございます。』
そのアナウンスを合図に私は掌を広げた。そして、練習通りに『水 蝶 大』の3文字を書いて魔術を展開させる。
ジャボンッという音と共に大きな蝶が飛び出し、観客席の上空を飛び回った。無事成功だ。
蝶が羽ばたくたびに小さな水の粒がポロポロと光を反射させながらこぼれ落ちていく。その光景を人々は見上げて手を伸ばしていた。楽しんでくれたようで安心する。
『それでは皆様、最後に聖母様に盛大な拍手をお送りください!!』
会場が揺れるほどの拍手と歓声の中、私は深くお辞儀をしてステージを降りたのだった。
「お疲れ様ー!ヒカリちゃんありがとうー!」
私を出迎えてくれたのはエリックさんだった。
「エリックさんも、お疲れ様でした。色々な配慮をありがとうございます。
…ところで、みんなは?」
「アイちゃんとノゾミちゃんは先に控え室に帰って休んでるよ。アンネさんたちも一緒。シリウスは団長に呼び出されちゃった。」
「そうですか。」
ちょっとくらい待っててくれてもよかったのにと、大人気なく思う。まぁ、望がぐずったら大変だからそれはよかったのかもしれない。
「そうそう、第二部隊の…ネイサン?だっけ?その子がヒカリちゃんに話があるって言ってたよ。」
ネイサン?なんでだろ?
私は首を傾げながらエリックさんに連れられてネイサンの元に向かうことになった。
エリックさんも話の内容は知らないらしいが、必死に訴えてきたのでエリックさん同伴ならと許可を出したそうだ。
また歌を一緒に歌いたいとでも思ってくれたのだろうか。彼が私に用事があるとしたらそれくらいのことしか思いつかないなぁ…
なんだかあんまり納得できないまま、エリックさんに連れてこられたのは、以前ネイサンと会ったテントのところだった。
わざわざこんなところまで連れてこられる必要はあったのだろうか。
テントの中を覗き込むと、ネイサンが1人で佇んでいる。
「ネイサンも今日模擬戦闘があったんでしょう?お疲れ様!」
私はネイサンに挨拶がてら声をかけた。小さく頷くネイサンだったが、一向に話し出そうとしない。何か深刻な話なのだろうか。エリックさんにはテントの入り口で待っててもらうことにして、私はテントの中にあった椅子に座り、ネイサンの言葉を待ったがなかなか話出さない。緊張しているのかと思い、私はネイサンをリラックスさせるために隣に座らせて今日あったことを一方的に話し出した。
愛と望がとても可愛かったこと、2人とも緊張しながらも立派に役目を果たしたこと、ユウとユキのこと、私は今日あった嬉しかった出来事をネイサンにたくさん話した。今日は子供達の成長を、たくさん感じることができて誇らしい気持ちになっていて、それを聞いてもらえるのも嬉しかった。ネイサンは時折頷きながら話を聞いてくれたが、話し出す気配はない。
どこか違和感を感じて、名前を呼ぶ。
「…ネイサン?」
するとネイサンは少しだけ泣きそうな顔をした。
「…ごめん、なさい。」
「へ?」
その小さくこぼれ落ちた声を聞いた後、私は強い目眩と吐き気に襲われた。ただ座ってこともままならず、その場に崩れ落ちる。
「ぅえ…なに…」
遠のく意識の中、最後に私が見たのはエリックさんの笑顔だった。
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