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今日はエリックさんに連れられて演習場にやってきていた。演習場では一部舞台の建設が始まっていて、土台は完成間近のようだった。
舞台や観覧席などの設置は街の職人さんに委託しているらしく、魔法で作っているわけではない。職人さんに頼むことで地域との繋がりも深めているのだろう。魔術フェスティバルは私が思っていたよりも大きなイベントのようだ。大声を出しながら大勢の人が準備している様子は活気に溢れている。
私はエリックさんに連れられて舞台の上に乗って辺りを見渡した。舞台はだいたい1メートルくらいの高さになっている。小学校の体育館のステージくらいの広さだろうか。観客席がどこまで設置されるのか分からないけれど、小さな蝶を何匹か出すだけでは申し訳ないような気がする。
「やっぱりこれだけ広いと大きいもの出したいですよねぇ…」
「まぁそうだねぇ…でも聖女がこの場にいるってことの方が大切だから、無理に魔術の展開しなくてもいいよ。正直なところシリウスと一緒にダンス踊ってくれた方が面白い。」
エリックさんはさも名案かのようにダンスを提案してくるが、私はもう人前でダンスを踊るなんてできることならしたくない。ムスーっとしているとエリックさんはクスクス笑い始めた。
「とにかく気負わなくていいからさ。」
エリックさんはそう言いながら舞台の上をうろうろと歩いて観察し始めた。責任者としての自覚はあるらしく、気になるところを見つけては現場の職人さんに声をかけて話し合いをしているようだ。
私はエリックさんが離れていってしまったので心細く思いながら舞台から客席が設置されるであろう場所を見下ろした。
こんなところに乗るなんて高校生以来だなとぼんやりと思う。そして高校生時代、舞台を見上げていた時のことも同時に思い出した。
後ろの方はやっぱり見づらいよなぁ…
私は掌に『水 蝶 大』の3文字を書いて魔術を展開させてみる。
すると、ジャボンッと大きな水音と共に全長2メートルほどの蝶が出現してしまったのだ。
「ぎゃー!!!ちょっと!?エリックさん!?これどうすんの!?」
「えー!!!どうすんのって自分でやったんでしょ!?」
「えええええ!?こんなでかいのとかあり!?こわいこわいこわいこわい!!!」
「いやでもこれすごいよ!!これ採用!!」
「いやー!!!なにこれー!!かわいくない!!!」
巨大な蝶は羽を動かすたびにジャボンッジャボンッと不穏な音をたて、水飛沫を撒き散らしながら広い空を我が物顔で飛んでいる。
私は自分で出現させたくせにその大きさにビビり倒してしまった。こんなの特撮じゃん…!?蛾の怪獣のあれじゃん!?
エリックさんからはオッケーをもらったけれど、現場で作業していた職人さんたちはどよめいている。
「お嬢ちゃんすげえな!!」
「おいおい!?どうなってんだ!?」
「ひいいいいいい!ごめんなさい!!」
私はエリックさんに泣きついてどうしたらいいか聞いてみたら、魔法陣ならその魔法陣の一部を消せば魔術も無効化すると教えてくれたので、掌の文字を書いたであろう部分を慌てて擦ってみた。すると水でできた蝶は墜落して大きな水溜りを作ってしまったのだ。
観覧席がまだ作られていなくてよかった…!!もし観覧席があったら悲惨なことになってた!!!!
職人さん達は一連の流れを見ながら大笑いしている。笑ってくれてよかったよ…
「本番は墜落させないで消えるまで飛ばしといてねー!」
エリックさんは楽しそうに笑いながらそう言っていた。
私は自分の魔術の確認を済ませた後、あまりの恥ずかしさに一人になりたくなったので会場を見て回ることにした。エリックさんは引き続き会場準備の監督として色々な職人さんのところに回っている。
ここには第三部隊が出し物をする舞台と、第一部隊の模擬店、第二部隊の闘技場の3ブロックに分かれて建設が進められている。
第一部隊の模擬店では研究で作られた野菜の販売や、それを使った料理、観葉植物のようなものなどが販売されるらしい。他にもちょっとした魔法具の販売もあるらしい。
第二部隊の闘技場は結界を張る必要がある為、第一部隊の隊員も何人か一緒に作業していた。
軽く皆さんに挨拶して回っていると、テントがたくさん張られているところにたどり着いた。
ここはなんの為のテントなんだろう?
職人さん達の休憩所かな?
周りにいる人たちは忙しそうにしていたので声をかけ損ねてしまったので、こっそりテント周辺を歩いてみることにした。
すると中から綺麗な男の人の歌声が聞こえてきたのだ。どのテントから聞こえてきているのか良く耳を澄ませて探す。しかし小さな声だったので分かりにくかった為、一番近くて出入り口が自分に向いているテントの中を見てみることにした。
テントの中には何故か長テーブルの上にゴロンと横になってる男性がいた。ふわふわとしたその薄紫色の髪には見覚えがあった。
「あの、第二部隊の音の…」
こんなところで歌を歌って寝転んでいたのだから、サボっていたのだろう。気まずそうな顔をして長テーブルから降りて軽く会釈をして出て行こうとしたので思わずその腕を掴んだ。
掴まれた男性は怒られると思ったのか怯えた表情でこちらを見ていた。戦闘訓練ではなかなか表情が変わらない人だと思っていたのだが、そういうわけではないらしい。
「あの!!えっと、あなた歌がすごくうまいね!どんな人が歌ってるのか気になって見にきちゃったくらい!こっちに来てからまともに音楽に触れてなかったからすごく嬉しかった!あなた名前は!?」
こちらの世界に来て聞いた音楽といえばダンスの時のクラシックのような音楽と、それを歌ったエリックさんの歌声だけだった。今この人が歌っていたのはクラシック音楽とはまた別のもののようだった。歌詞が判別できるほどちゃんと聞こえてなかったので、一体どんな歌なのかは分からないけれど、柔らかく優しい歌声に惚れ惚れしたのだ。
しかし急に腕を掴まれた上に勢いよく話しかけられた紫頭のこの子はドン引きした顔でこちらを見ていた。私はその冷たい目に冷静になって鷲掴みにしていた彼の腕を離してバンザイのポーズをして、危害を加えるつもりがないことをアピールした。
「…名前は、ネイサン、です。」
「ネイサン!ねえ、もっと聞かせてよ!私あなたの歌聞きたい!」
掴みかかりたいのをグッと抑えて、歌ってほしいと詰め寄ると、顔を赤くしながらブンブンと首を左右に振られて拒絶されてしまった。
私は自分で思っていたよりも音楽に飢えていたらしい。なんとしても歌ってほしかったが、頑なに歌おうとはしてくれなかった。
「んー…じゃあ、私も故郷の歌教えてあげるから、あなたがさっき歌ってた歌も教えて。」
私は一方的にそう取引を持ちかけて、ネイサンの返事を待たずに歌い始めた。J-POPや邦楽ロックを好んで聞いていたけれど、こちらの世界でその歌が受け入れられるとは思わなかったので、『翼をください』を歌ってみた。自分が何故その歌を選んだのか分からないが、強いて言うなら直感だ。アップテンポでもないし、小学校でも歌うくらいだから簡単な歌だもの。
久しぶりに大声をだして歌う歌はとっても気持ちが良かった。言うほど歌がうまいわけでもないけれど、楽しく歌えればそれで良いと思っている。
歌う私の姿をポカンとして見ていたネイサンに感想を聞くと、変な歌だと言われた。それもそうかとガッカリしていたが、ネイサンはたった一回でそのメロディを覚えてしまったらしく鼻歌で歌い始めたのだ。すごい才能だと思った。今まで聞いたことのないタイプの音楽だっただろうに、すっかり自分のものにしてしまっている。
私はネイサンの歌を聞きながら、自分の子供時代の記憶をたぐり寄せ、他のパートを歌って合唱にした。…たった二人で歌ってるのに合唱というのだろうか?とにかく違う音を組み合わせて歌ってみたのだ。
ネイサンは最初驚いていたけれど、戸惑う表情からどんどん楽しんでいる表情に変わっていったのが嬉しかった。
「…今の何、ですか?」
「今のはネイサンの音に違う音を乗せて…調和?させた?」
なんと説明したらいいのか分からずにしどろもどろに説明すると興味を持ったのか、もう一度やると言われた。
やっぱり歌は好きだったようで、もう一度同じ歌を一緒に歌うことになった。自分も歌うことになったのは予想外だったけれど、合唱は一人ではできないし、ネイサンの歌は聞けるからまぁ良しとしよう。
そのまま歌っていると、突然ネイサンが歌うのをやめたのだ。何事かと思ってネイサンを見ると、ネイサンは無表情に戻っており、ある人物に目を向けていた。
「…ヒカリちゃん、こんなとこにいたのー?それより、その歌すごいね。」
ニヤニヤしているのはエリックさんだ。面倒な人に見つかってしまったと思ったが、それ以上歌に触れることはせず、ネイサンの方に向き直った。
「全くー。第二部隊の人たちが君のこと探していたんだよ?こんなところでヒカリちゃんと遊んでたらダメじゃない。」
「…申し訳、ありません、でした。」
ネイサンは実は魔術フェスティバルで模擬戦闘をするメンバーの一人だったそうだ。そういえばネイサンって強い人だった気がする。ヘクターのチームでリーダーやってたんだった。
ネイサンはエリックさんに頭を下げると、第二部隊のところに行くように言われて逃げるように去って行ってしまった。
「またねー!!」
引き止めてしまったのは私だし、無理矢理歌わせてしまったこともあるので私は申し訳ない気持ちになっていたが、それよりもさっき一緒に歌ったことが楽しかった。またどこかで一緒に歌えたらと思い走り去る背中に声をかけた。しかし、ネイサンは振り返ることなく行ってしまった。
その後、単独行動でこんなところまで来た上に、遊んでいたことをエリックさんに叱られてしまったのだった。
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