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「どーもこーもないね。この子たちがこっち来ちまったのは、あのバカがやらかしたせいだ。
あのバカのやっちまったことは、あたしの責任でもあるんだよ。」
ふんっと鼻を鳴らして腕を組みながらシリウスさんを睨みつける。
「この子たちは魔術師団全員でサポートするつもりだ。その子は3人で暮らせるまでと言っているけどね。そんな力持っていて、しかも聖母だ聖女だなんて、周りがほっといてくれないよ。だったら、魔術師団で預かった方が安全だろう。」
ごもっともなご意見です…
やはり、ひっそりと暮らしていくのは無理なのだろうか。
愛と望はどうなってしまうのだろう。愛と望には、大きな苦労をせずに、幸せになってほしいと思う。
それも難しいのだろうか。
「その為には、まずは陛下に報告をして許可を得る。それから、今後のことを決めても遅くはないだろ。」
「そうですね…」
ミルドレッドさんの言葉を聞いたイーサンさんは、難しい顔をしているが、大方同意らしい。
エリックさんも、うんうん言いながら頷いている。
「じゃーまとめると、団長が陛下に報告して、魔術師団での保護の許可をとる。もちろん、その許可を取るまでもここにいてもらって、その後のことはその後決めるって感じで大丈夫かな?」
エリックさんが微笑みながらまとめてくれたので、私もコクリと頷く。
「ヒカリ殿からは何か意見はあるか?」
イーサンさんに聞かれたので気になっていたことを質問をすることにした。
「あの、こちらの世界では幼児教育というか、就学前教育はどうなっていますか?」
「幼児教育…とな?」
ミルドレッドさんは片眉を上げて興味深そうな表情をしている。
やはりこの人たちは好奇心が旺盛なのだろう。
私は日本の学校の仕組みを簡単に説明した。義務教育があること、その後の教育機関があること、義務教育が始まる前に就学前教育があることなど自分が知っている範囲で簡単に説明した。
そこで、愛と望は保育園に通っていたことを伝える。
「望に関してはまだ小さいので、私がそばにいられる状況であれば必要ないことなのかもしれません。ただ、愛は保育園で友人がいて、一緒に過ごす楽しさを知っています。ですから、一緒に遊べる同じぐらいの年齢の子がいてくれると嬉しいなって…」
愛の遊び相手になるには望はまだ小さすぎるし、サラさんは流石に大人すぎる。もっと喧嘩とかも出来るような友人がそばにいればいいなと思う。
そういう施設とかはないのかと聞く。
イーサンさんの話では、学校はあるものの、義務ではないそうだ。
私たちの世界での小学校にあたるところだけ行く人もいれば、行かない人もいるそうで、大体の人が家業に沿ったレベルでの学習をするそうだ。
そして幼児教育は貴族と平民で大きな違いがあるそうだ。
貴族では、幼い頃から国の事や領地のことやマナーなどを、家庭教師を雇いながら学んでいく。そこから学校へ進学するそうだ。
平民は基本的に自営業が多いらしく、家にいつも誰かいるそうで、保育園が必要ない。もし、私のようなシングルの家庭がある場合は、近所の人たちと協力していたり、子供たちは勝手に集まって遊んでいるそうだ。
まぁ、よく聞く昭和の日本と似たような感じなのだろう。
しかし、そうなると魔術師団預かりの私たちはどういう扱いになるのだろうか。
まずそこが決まらないと何もできないのか…
またもや先の見えない話に肩を落とす。
「もし、アイ殿の遊び相手が欲しいのなら我が家に来るといい。」
「え、イーサンさんが遊んでくれるんですか?」
予想外の提案に複雑な気持ちになる。その気持ちはありがたいが、イーサンさんと子供たちが楽しく遊んでる様子は想像できない。
思いっきり顔に出ていたのか、エリックさんがブーっと吹き出して笑う。笑い上戸だな。
「イーサンじゃない、イーサンじゃない!!イーサンこう見えてお父さんだから!家に来れば子供と奥さんがいるから遊べるよってことだよ。」
そういうことならとてもありがたい。てか結婚してたんかい。奥さんどんな人かめちゃくちゃ気になるわ。
エリックさんはお腹を抱えて、目に涙を浮かべながら大笑いしている。
イーサンさんは眉間に皺を寄せて、コホンと咳払いをする。
「…とにかく妻には話をつけておく。いつでも来るといい。」
「ありがとうございます。」
とりあえず愛のお友達問題は解決しそうだ。アンネさんとダリアさんもいてくれるので望の方もなんとかなるだろう。
あとは私自身のワガママなんだが…
「すみません、ドレスって着なきゃいけないですか?」
「は?」
今度は皆さんキョトンとしている。
シリウスさんは残念そうな顔をしている。
「我が家のドレスはお気に召しませんでした?」
あの部屋に持ってこられたドレス達は、やはりシリウスさんが用意してくれたものだったのか。それは申し訳ないことを言ってしまった。
しかし、シリウスさんが用意してくれたドレスが嫌なのではなくて、ドレス自体が嫌なのだ。
「単純にドレスを着たくないだけなんですよ。動きづらいし、汚したらどうしようって不安だし、苦しいです。私たちの過ごしていたところではドレスを着るのは日常的ではなかったのですよ。」
私が今来ているようなドレスは結婚式のお色直しくらいのレベルだ。そんなドレスなんて一生に一度着るくらいだ。それを毎日着るのは嫌だ。
それに私は髪を切った時に決めたことがある。
「私、男の子みたいですよね?」
シリウスさんは、私を子供たちの兄だと勘違いしたことを思い出したのか目を泳がせる。エリックさんとイーサンさんは綺麗にドレスアップした私しか見ていないのでピンと来ないのか首を傾げている。
「髪型の話?まぁ、確かに短いけど、今日のドレスも似合ってると思うけどなー。」
マジシャンホストエリックさんはそう言ってはくれるが、そういうことじゃないんだ。
「私、髪を切ったのは邪魔だったからで、大した理由はなかったんですけど、鏡を見た時に心に決めたことがあるんです。
夫が事故で亡くなって、私たちは3人家族になりました。子供たちには父親がいません。特に望は、お腹の中にいる時に父親が死んでいるので、会ったこともありません。
だから私は、この子たちの母親でもあり、父親にもなろうと決めたのです。」
だからこそ、ドレスは着たくない。
性別に囚われるわけではないが、ドレスだとどうしても出来ることが少なくなる。慣れてしまえばいい話だろうが、運動センスのない私が慣れるのには相当な時間がかかるだろう。そんなことに時間はかけられない。
だとしたらドレスは早々に諦めたい。
「なるほどねぇ。」
ミルドレッドさんはニヤリと笑った。
「そういうことなら魔術師団の団服で過ごすといい。ただし、式典や陛下と謁見する時はどうするんだい?」
できればその時も着たくない。男装するのでも構わないが、小柄なのでちんちくりんになりそうだ。
男にはなりきれないし、女らしくはしたくない。
だったら両方混ぜちゃえばいいんじゃない?
「こちらの世界のデザイナーさんでちょっと変わった人いますか?」
「どういうことだい?」
「どうせだったら新しく女性でも男性ない服を作ってもらおうかなって…」
紹介してもらえないか頼むと、ミルドレッドさんは大きな口を開けて豪快に大笑いした。いきなりのことでちょっと怯えてしまった。
「いいね、あんた。やっぱり面白いじゃないか。エリック、チャーリーのやつを紹介してやんな。」
「オッケー!面白そう!!」
エリックさんは楽しそうにしているが、シリウスさんとイーサンさんは顔を青くしている。
一体どんな人なのだろうか。不安は残るが、なんとかなりそうな希望は見えたのでよしとしよう。
大騒ぎになってしまったが、とりあえず一番最初にやることははっきりした。
王様との謁見の準備だ。
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