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「しっかし、隊長も人間だったんですね。」
「なんですかそれ〜?なんだと思ってたんです?」
「魔物か何か。」
「失礼ですね〜。」
軽口…だよね?
テイラーさんは本気の目をしてるが、シリウスさんは、ケラケラと笑って話をしている。
私は2人が何を考えているのか全く分からないし、これ以上何かしても迷惑をかけるような気がしたので部屋の隅っこで大人しく座っていることにした。
テイラーさんはチラリと私を見て話を続けた。
「まぁ、隊長が人に興味を持つことがまず珍しいですからね。フィオナ様のご様子も納得と言うか…」
…なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。
要注意人物の名前が出てきたので、警戒しながら耳を澄ませる。
「おやおや、まだ悪あがきしてそんな呼び方してるんですか〜?」
「当たり前です。」
2人の会話が全く理解できずに眉を顰めると、シリウスさんがこちらに気付いてにっこりと笑った。
「テイラーはアランの婚約者なんですよ〜。」
「えええええええ?」
もうあちこち随分と身近で婚約だのなんだのしてんな!世間の狭さにびっくりするわ!!
テイラーさんはシリウスさんの言葉に思いっきり眉を顰めて舌打ちをしている。
私はアランさんのことを思い出す。あのイケメンとこのクールビューティならば誰も文句が言えないくらいに絵になるだろう。2人とも表情があまり変わらないところも、雰囲気もなんとなく似ている気がする。
納得の組み合わせに、うんうんと頷いているとでテイラーさんのオーラが淀んでいくのを感じた。
「…もしかして、アランさんと結婚したくないんですか?」
「アラン様と、ではなく、結婚自体したくないんですよ。」
「ああ。なるほど。」
「…それだけ?」
テイラーさんは拍子抜けしたように私を見た。
それだけって言われても、それ以上言うことなんか無いだろう。こちらの世界ではどうだか知らないけれど、私の世界ではもう結婚をしないという選択も珍しくはない。
仕事が好き、1人が好き、子供が苦手、同性が恋愛対象…など、理由は色々あったとしても、したくもない結婚をわざわざする必要はない。
昔は科学も発展していなかったから、家事をすることが大変だった。洗濯も、料理も、掃除も全部人の手でやらなくてはならなかったが、今では機械を使えばある程度は補える。洗濯機だって、食洗機だって、自動で動く掃除機だってある。昔は家事をやる人と、外で働く人は別だったから結婚をした方がよかったけれど、今は一人でなんでもできるから結婚する必要性も感じなくなった…とテレビで誰かが言っていたのを思い出す。それを聞いた時に腑に落ちた。昔は結婚しないとやっていけなかっただけだったんじゃないかって。それの延長で結婚、結婚って騒がれてんのかなって。
何にせよ、結婚なんてしたい人がすればいいし、したくない人はしなくてもいいのだ。それを他人がどうこう言う筋合いはないだろう。
私がそう言うと、テイラーさんは目をパチクリさせていた。
「ま〜、彼女も母上に振り回されてる被害者ってことですね〜。」
「どういう意味です?」
シリウスさんは手元の資料に目を通しながらテイラーさんに話しかけているが、テイラーさんはイマイチよく分かってないようで首を傾げていた。
「新聞記事は出鱈目ってことですよ〜僕はそのまま結婚してもいいんですけどね〜。」
「いやいや、しませんて。」
ふざけているので私が横槍を入れると、シリウスさんは肩をすくめていた。
混乱している様子のテイラーさんに私が事情を説明すると、同情するような眼差しでこちらを眺めた後、テイラーさん自身の話もしてくれた。
テイラーさんは元々魔力が強く、それを活かすために魔術師団に入団することを目標にしていたらしい。それを知っていた両親は魔術師団の模擬試験だと嘘をついて、シリウスさんの家に連れていったそうだ。
シリウスさんの家は魔力の強さを大事にする家柄だ。婚約者を決める際もそのことを重視している為、候補者の魔力を測定するテストのようなことをするらしい。
魔術師団の模擬試験と聞かされていたテイラーさんは全力で取り組んだのだが、それが婚約者となる決め手となってしまったそうだ。
その後はオリビアと同じで、親同士の話し合いで婚約者に決まってしまったというわけだ。
「なんと…」
「私は嘘をついた両親も許せないし、結婚もしたくないので、意地でも認めません。」
テイラーさんは目を釣り上げて怒っている。強く握りしめたことで震える拳が、彼女の憤りを痛いほど伝えてくる。
しかし、アランさんの婚約者がそんな風に決まっていたのだとしたら、シリウスさんも同様に婚約者がいるはずではないだろうか。
私の視線を感じたシリウスさんは困ったように眉を下げた。
「…僕は裏通りに捨てられた身ですから。親がどこの誰かも分からないのにもらってくれる人なんていませんよ。」
そう言うシリウスさんはどこか寂しそうに見えて胸が締め付けられた。
「…私はそういう理由でお断りしたわけではないですからね。」
断ったという事実は同じだけど、私は単純に既婚者だからお断りしたまでだ。他の人たちと同じにされるのはなんだか嫌だったのでそう伝えると、シリウスさんは嬉しそうに笑って頷いていた。
「ヒカリ様!騙されちゃダメですよ!それだけじゃなくて魔術使って暴れたんですから!そこの人!断られるように仕向けてるんですからね!!」
「…ふざけんな!!余計なこと聞いちゃったのかと思って心配したのに!!」
「っはは!!も〜ヒカリ様はからかい甲斐がありますね〜!」
冗談でも言っていいことと悪いことがあるでしょ!?とシリウスさんを怒鳴りつけて怒ったが、シリウスさんはただ笑うばかりだった。
テイラーさんもシリウスさんを怒ってくれているようだ。
私はぐるぐると目が回る感覚を覚えると共に、思わずしゃがみこんだ。
いつもと違う方法でスキルを使ったことが割と堪えたらしい。
私は薄れゆく意識の中、慌てた様子のシリウスさんとテイラーさんが近づいてくる音を聞いたのだった。