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私は良い機会だったのでライドンさんにスライムについての基本知識を教えてもらうことになった。
「スライムって雌雄ないんですよね?」
「今のところは確認されてない。」
「てことは、無性生殖…アメーバっぽいし、分裂で増える?」
「そうそう。まだここに連れてきてから分裂した様子はないから分裂条件は不明。」
「あーでも、あと一月もしないうちに分裂すると思いますよ。」
「…どうして?」
「だって子供を産むなら、安全な場所で産みたいでしょ。」
魔術師団に連れてこられたスライムは環境は悪くないにしても、狭い箱の中に閉じ込められていた。食べ物は与えられていたとしても、そんなところで増えてしまえば更に狭くなって良い状況とはいえなくなる。
広いビニールハウスで遊んでいたことはあっても、そこで長時間過ごしていたわけではないので、ビニールハウスは住処という認識はないだろう。
今回は温室という場所に移されて、今はまだ状況を見極めているところだろうが、そこに慣れ始めれば分裂を始めるはずだ。
私がそうライドンさんに言うと、ライドンさんは片眉を上げて笑った。
「へー!それなりに知識あるんじゃん。」
「…失礼ですね。」
私の考えは大まかに当たっていたようで、ライドンさんも一月以内には分裂するだろうと思っていたらしい。
スライムが分裂を始めたら採取して、加工する段階に入る。
スライムを乾燥させてできたプレートを粉砕するか、フリーズドライで作るか…
フリーズドライで作るのであれば、開発部で携帯食の開発もしているから共同でできるだろうけど….時間がかかりそうだから粉砕する方法で進めていきたいなぁ。
それからオムツに使われている紙の調達もしなければならない。オムツは表面、防水紙、吸水部分、肌に触れる部分…といったように何層にも重なりあっている。当然、肌に触れる部分と、外側の部分では触り心地が全然違う。その一つ一つの層で違った紙を使わなければならないのでその辺も考える必要がある。
紙オムツ完成までの道のりはまだまだ遠そうだ。
それよりも気になっていることがある。
「ユウとユキはスライムを加工するために育てているってことは理解していますか。」
実はそこが不安だった。
楽しそうに遊んでいる様子を見ていると、きっとスライムに対しての情も生まれてきているだろう。魔物遣いとして、2人とスライムは私達には理解できない絆で結ばれている。
そのスライムを加工するということは、殺すことと同義なのだ。もし、2人がそのことに対して否定的な考えならば…スライムを使った商品開発は諦めなければならないだろう。魔物遣いがいてこそのスライム養殖なのだから。
「ああ、それなら大丈夫。スライムも分裂繰り返すと親の個体はどうしても老化する。その老化した個体は消滅するんだ。ただ消えて無くなるよりは活用されたほうがいいだろうって。だから、老化した個体を選出する手伝いをしてくれるってさ。」
「ええ…?全部同じに見えるのに、老化した個体の区別までできんの…?」
「らしいよ。」
うわー。
魔物遣いってすごいな。
とにかく、ユウとユキが協力的であるならよかった。2人に居場所を失わせるようなことはもうしたくない。ライドンさんのところにいれば家がなくなるなんてことはないだろうけど、大切にしているものをなくして欲しくはないのだ。
私は安心して、スライム加工について思いを馳せたのだった。
スライム達を温室に移して様子を見ていたらお腹が空いてしまった。時間を確認するとちょうどお昼の時間だったので、皆で一緒に客室に戻り、食事を取ることにする。
するとそこにはオリビアに加えて、久しぶりにエリックさんが来ていた。
「どうしたんですか?」
「ちょっと相談にね。あとさ、これ見たー?」
ニタニタと笑いながら私に見せてきたのは二つの新聞だった。一つは真面目な政治とか経済とかの新聞、もう一つはゴシップ新聞らしい。
「へーこっちの新聞って、絵がないんですね。写真とか。」
「え、そっちのはあるの?」
「ええ、基本カラーですね。」
「へー面白いね!…てそうじゃなくて!!ここ!!」
エリックさんがバシバシと叩いたのはゴシップ新聞で、私はその見出しを見て吹き出した。
『孤高シリウス!遂に動いた!お相手発覚!!相手は魔術で召喚!?』
「ぶっはははは!!こ、孤高シリウス!!!!」
「そこじゃないだろ!?」
大笑いしている私に調子を崩されながら、エリックさんは新聞の内容を読み上げてくれた。
なんでも、今までどんな相手にも揺るがず、夜会の出席もほとんどなかったシリウスさん。しかしながら、王家のパーティーに出席。お相手に注目が集まっていたところ、自分で異世界から召喚した聖女がお相手と発覚。滅多に笑わないと言われていたシリウスさんが、終始笑顔で楽しそうにしている姿が目撃されている…ザックリと説明すればそんな内容の記事だった。
「聖女ってことは、愛のこと?」
「いや、お相手の容姿についても触れてあるし、流石にそれはないよ。」
なるほど、詰めの甘さが流石はゴシップ新聞だな。
他にもシリウスさんの家からドレスが送られたことや、私が家を訪問したことなどの目撃情報が書かれていた。まぁ、他にもあることないこと書いてあったけどね。
どこの世界も人のスキャンダルは金になるらしい。
「へー。」
「へーって…自分のことだよ?」
私が興味なさそうにしていることにエリックさんは驚いたようだった。
良い気はしないけど、ゴシップ新聞の記事なんて面白半分で読むものだろう。信じるも信じないもあなた次第ってやつだ。
それに描写として容姿について触れられているが、その文章から私の姿をピンポイントで想像できる人なんて私を知っている人しかいないだろう。ネットのない世界で広がる情報など限度がある。
ある程度噂になることは想定していたし、そこまで気にする必要はないだろう。まあ…新聞になって街中に配られるのは予想できなかったけど…
ところが、私の反応に首を傾げるエリックさんに違和感を覚えたのでどうしたのか尋ねてみた。
「だってフィオナさん、コメントしてるよ?」
「なんだって!?」
よくよく記事を見てみると確かにフィオナさんのコメントが載っていた。
『ようやく息子に合う人と出会うことができましたわ。まさか異世界にいらしたなんて…どおりでなかなか出会えないはずだわ。どうか皆様、若い2人をあたたかく見守ってやってくださいませ。』
や、やられたー!!!!
ちくしょう!外堀から埋めようとしてきてやがる!!!
私は頭を抱えてその場にしゃがみ込むと、エリックさんはケラケラと笑い出した。
「そうそう!その反応が見たかったんだよー!!シリウスも真っ赤にして同じようにしてたよ!!」
私の顔は真っ青だけどな!!!
私の気持ちを知っているオリビアはものすごく気の毒そうにこちらを見ている。
「もーエリックまたその新聞かよ…俺らが書かれた時も持ってきてたよな…」
ライドンさんは呆れながらエリックさんを嗜める。ヘクター一家が逮捕されたときに大々的に報道されたとの一緒にオリビアについても新聞に載っていたそうだ。そして、ライドンさんが婚約の許可を取りにオリビアの家に行った時のことも書かれてしまったらしい。
その時はライドンさんのお母さんのイザベラさんがだーいぶ手を入れて、悲劇のヒロインを救った上に、孤児を養子にした優しいヒーローのライドンさんってゆう構図だったらしいけど。
だって面白いからと悪びれる様子の無いエリックさんに皆は呆れてため息をついたのだった。
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