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温室の中に飛び込もうとしたところ、ライドンさんに止められた。
そのまま温室に入ると、スライム達から敵だと認定されてしまい、攻撃される恐れがあるからだ。それを防ぐために準備をしなければならない。
準備と聞くとやや大袈裟に感じてしまうが、ライドンさんが使った魔法具をつければいいらしい。
「俺が作ったって言っても、デザインはオリビアがしたんだけどねー。」
いつの間にか呼び捨てにしているし、幸せそうに笑っているしで、なんだか惚気られた気がするけれど、まぁ、聞き流そう。ちくしょう、浮かれてやがるな。
オリビアがデザインした魔法具はブレスレットだった。
半径1センチくらいの円に加工された魔石がついており、黄色とオレンジのグラデーションでキラキラしていて可愛い。魔石は金具にはめられており、両端からこげ茶の革紐がついている。自分の好きな長さにしてつけられるようだ。
あまりにも綺麗なのでいろんな角度に傾けて眺めているとライドンさんは満足そうに笑った。
「これ、着色してんの?」
「そうそう…そこにユウとユキの魔力をちょっと込めてあるんだ。」
「あー!だからこの色…」
全くオリビアも親バカだな。
この黄色とオレンジはユウとユキの髪の色から選んだんだろう。本当にオリビア達が仲良くしているようで安心する。初めて会った頃のオリビアは何度思い出しても衝撃的だ。
人はそれぞれ価値観がある。それを簡単に変えることはできないけれど、唯一変えられるものがあるとすればそれは人との出会いだけだろう。オリビアは自分が信じてきたものを変える大切な人たちと出会えたのだ。
その大切な人のうちの1人であるライドンさんを見ると、同じようなことを考えていたのか誇らしげに笑っていた。
私はライドンさんから受け取ったブレスレットを身につけて、荷物を抱え直してから温室に足を踏み入れた。
温室の中はまだ何も置いておらず、広い空間の中でユウとユキとスライム達は楽しそうにはしゃいでいる。
私はユウとユキを呼び寄せて、スライム達に紹介をしてもらった。
スライム達は離れたところからこちらの様子を伺っているか、ユウとユキの後ろにピッタリとくっついていて隠れているかのどちらかに分かれている。
今まで人から見えないところに隠れてひっそりと暮らしてきた魔物だ。これだけガラス張りで、がらんとしたところにいたら落ち着かないだろうなと思う。
私はユウとユキに猫じゃらしを渡して、ライドンさんにはキャットタワーとハンモックの設置をお願いした。
ユウとユキはそれぞれ猫じゃらしを手にどうすればいいか悩んでいたようだったので軽く遊び方も教えると、遠慮がちに猫じゃらしを揺らした。
何匹かのスライムは猫じゃらしを気に入ったのかぴょんぴょんと跳ねながらじゃれている。
私はその隙に、子供用のテントをノートに書き込み出現させた。骨組みを組み立てるものではなくて、折り畳んであるだけの物なので袋から出すだけで広がるようになっている簡易的なテントだ。
突然現れたテントに驚いたのか、スライム達はビクリと飛び跳ねた後に更に離れて行ってしまった。私はその様子に切なくなりながら、あと2つテントを出現させて適当な場所に設置した。
「これで外から隠れられる場所はできたからスライムも少しは楽に過ごせるかな?」
「…でも逃げてるよ?」
ユウは私が出した物を使わないスライム達の様子を見て気まずそうにそう言っている。ユキも気を遣ってスライム達をテントに誘導しようとしているけれどうまくいかない。
「ああ、野生動物ってそんなもんでしょ。むしろ警戒心があっていいじゃん。」
私がなんでもないようにそう言うと2人は首を傾げている。そりゃ2人は魔物遣いなんだからそんな経験したことないだろうけどね…。普通、野生の生き物は人間が与えた物に飛びついたりしない。危険がないと分からないと近づかないのだ。
そう伝えても申し訳なさそうにし続けるので、まず2人が入ってみるようにアドバイスした。
スライム達はユウとユキにだけは心を開いている。信頼している人が触れているものであれば警戒心を解きやすくなるだろう。
私の指示に従って、ユウとユキはそれぞれ別のテントに入っていた。子供用のテントなので2人一緒に入るには少し小さい。テントの中で体を小さく折り畳んでちょこんと座る2人はとても可愛らしかった。
狙い通り、2人に常にくっつくいているスライム達は一緒にテントの中に入り込んでいた。
テントの中でもソワソワしているようなので、まだ落ち着いてテントで過ごせる段階ではないけれど中に入れるスライムがいるだけ上出来だ。
私はスライム達に与えたい物を与えて満足したので、外に出ることにする。
「…もう行っちゃうんですか?」
ユキは寂しそうにそう声をかけてきた。テントの出入り口からひょっこりと顔を出す姿はカタツムリのようだ。
「うん、スライム達とは初対面みたいなもんだから落ち着かないだろうし、様子は外からでも見られるから、外から見てるよ。」
私は魔物ではないけれど、よく知りもしない人から品定めするように観察される居心地の悪さはよく分かる。つい先日も感じたばかりだし、元の世界にいた時もそんな目で見られたことはある。だから私は遠く離れたところから様子を見ることにする。
いずれスライム達が心を開いてくれるその時がくれば十分だ。
ラオドンさんにもその旨を伝えて離れたところでスライム達のことを眺めることにした。
私は雑木林の中に移動して、体育座りをしてなるべく目立たないように温室の中を見ていた。ライドンさんが設置したハンモックもユウとユキが交互に乗ったことで、スライム達も乗って揺られている。
スライムに表情はないので実際どう感じているのは分からないけれど、何度も乗ったり降りたりしている様子から、気に入ってくれたのだろうと思う。まぁ、気に入らなかったら誰かが食べるだろうと思っている。
ぼんやりと眺めていたらキャットタワーの設置も終えたライドンさんが私の元へやってきた。
「あいつら気に入ってくれるといいね。」
「そうですねー。そういえばスライムは排泄はするんですか?」
「いや、全て吸収できる。けど、体に不要な成分は酸に変えて攻撃の時に使うみたいだ。定期的に排出させる必要はあるかも。」
「どうやって?」
「酸も俺たちにとっては毒だからなぁ…」
「その成分の詳細を分析して何かに使えないですかね。」
「…本当なんでも使おうとするね、ヒカリ様。」
「まぁ、貧乏性なので。」
もったいない精神だ。元の世界にいたときはカツカツな状態で生活してたので、子供達のおもちゃもダンボールや100均のもので作ったりしていた。
ダンボールで作ったキッチンなんかは力作だったなと自分でも思う。
見方によってはただのゴミでも使い方を工夫すれば案外使えるものもあるのだ。
ライドンさんはそんな私を呆れたように見ているけれど、馬鹿にできないと思う。
もし酸を希釈して何かに使えるのなら、それがお金になる可能性だってあるのだ。酸っていうくらいだから、酸性だろうし酸性洗剤とかにはなりそう。使えるもんはなんだって使った方がいい。
「じゃ、酸を回収できるならしてみるか。魔物にそういうのを理解することができるかは微妙なところだけどね。」
それもそうだろうな。本能で生きてるものだから。期待しないでおこう。
「他にも必要な物とかありますか?」
「ないこともないけど、今日はもう大丈夫だし、スキル使わなくても用意できるから大丈夫。」
「はーい。」
どうやら今日は私にできることはもうないようなので温室に視線を戻して、楽しそうに過ごしているユウとユキとスライム達を眺めていたのだった。
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