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アンネさんの宣言通り、晩御飯はとっても豪華なものになった。しかも来賓もだいぶ豪華だ。
当初の予定ではいつもの面子に、チャーリーさんとエリックさんが来るということになっていたのだが、イーサンさんとミルドレッドさんも一緒に食べることになったのだ。
主役のオリビアはその顔ぶれを前に顔赤や青に顔色を忙しなく変えていた。
「あたしとイーサンはヘクターのことを報告しにきたんだけどね、なんだい、随分楽しそうなことやってるじゃないか。」
「団長…なんで私まで…」
ミルドレッドさんはニヤニヤと笑いながらそう話すと、ドカッと豪快に椅子に座ってアンネさんにお酒を要求している。一方、イーサンさんは随分と疲れた顔をしながら、腕を組んでブツブツと文句を言っていた。イーサンさんは家でご飯食べたかったんだろうな…と思って見ていたら、イーサンさんもアンネさんにお酒を頼んでた。ちゃっかりしている。
「それで、あの後ど〜なったんですか〜?」
目の前のご馳走を食べながらモゴモゴとシリウスさんが聴くと、ミルドレッドさんがつまみを食べながら教えてくれた。
オリビアが言っていた通り、ヘクターの家の爵位は剥奪されることになったらしい。拉致や窃盗、詐欺などの犯罪に関わっていたとされるヘクターの両親を始め、使用人も事情聴取を行い、多くの人が逮捕されることになりそうだという。主犯となった者に関してはとても重い罰が与えられるらしい。
回収された品々は証拠としてしばらく保存され、その後は研究に使うなどして有効活用されるそうだ。保護された人々、生物に関しては身寄りがない人や、健康状態が良くない人も多くいるらしい。身元がはっきりしていて、捜索願が出されていた人は話を聞いてから家に帰されるが、そうでない人の今後の扱いは検討中だそうだ。
「あ、あの、帰った後のカウンセリングとかってされるんですかね?」
「カウンセリングとはなんだい?」
こちらの世界にはカウンセリングがないらしい。カウンセリングがないということはカウンセラーが存在しないということでもある。
だとしたら私がここで提案したとしても、実際にカウンセリングが行われるのは難しいだろう。私は言葉を選びながらカウンセリングについて話す。
「専門知識を持った人と対話することで、悩んでることとか、困っていることを解決できるようにすること…ですかね。今回は事件に巻き込まれたことで、強い精神的な負荷がかかり、心の傷になっている可能性があるので、その不安を軽くできるようにする…って感じだと思います。」
「あんたの世界は随分色んなもんがあるんだねぇ…」
私の説明にミルドレッドさんは呆れたような感心したような、なんとも言えない顔でこちらを見ていた。
「こっちにはそういうのは聞いたことが無いから何も支援はないと思うが…定期的に医者にかかれるようにならないかお偉いさんに提案してみるよ。」
お酒をぐびーっと飲み干しながら約束してくれたミルドレッドさんにお礼を言うと、ミルドレッドさんは手をひらひらとさせながら次のお酒を頼んでいた。
「…申し訳ありません。ヘクターがどうなったのか教えていただけませんか。」
遠慮がちに発言したのはオリビアだ。なんだかんだ言って気になってしまうのだろう。ミルドレッドさんはオリビアを一瞥すると、イーサンさんに向かって顎をくいっとあげて、話すように促した。
イーサンさんはワイングラスの中の白ワインを眺めながら説明し始めた。
「あいつは叩けばいくらでも埃が出てくるだろうな。まだ事情聴取は終わっていないが、どんな結果になったとしても、一生牢屋で過ごすか、すぐに処刑されるかのどちらかだな。」
「そうですか…」
話を聞いたオリビアはぽそりとそれだけ言うと、グビグビとお酒を飲み干した。普段のオリビアからは考えられない程大胆な行動に周りは大慌てで止めに入る。しかし、本人は随分と清々しい顔をしている。心配そうにしている周りの視線に気付いたオリビアは少し笑って話し出した。
「正直、自分でもよく分からないんですの。彼らの自業自得だけれど、こんな風になってしまうのは望んでいなかったから…それでも、婚約破棄になって、一つ大きなことが終わったような、不思議な気持ちなんですの。」
「そうか…これから君にも話を聞くことになると思うが、その時は協力を頼む。」
「ええ、勿論ですわ。もしかしたら、私が贈られた物の中にも盗品があるかもしれませんわ。そちらも提出いたします。」
イーサンさんからの要請に、目を逸らさずにしっかりと頷くオリビアは更に強さを手に入れたようだった。
ミルドレッドさんはオリビア達の様子を見て、私の方に視線を移した。私は不意に目があったことにドキリとした。
「…あんたにはまた負担をかけちまったね。碌に説明もせずに悪かった。あんた本人にオークションのことなんて言えなくてね…」
「まぁ、そうでしょうね…」
ミルドレッドさんは目を伏せてポツリポツリと話し始めた。彼女らしくない小さな声に、皆が耳を傾けている。
「だいぶ無理をさせちまうのは分かってたんだよ…だけどね、次にあんたが公の場に出るのは王宮でのパーティーだろ?そんなところで大騒ぎになってごらん。それこそ大問題だよ…何か起こる前に終わらせたかったのさ…
だからと言って、守らなきゃいけないあんたをわざわざ危険に晒すような真似して悪かったね…」
ミルドレッドさんは後悔した様子で話しているが、実際のところ私はあまり気にしていないのだ。そりゃ、手足の痺れと生活するのも、子供達と思うように遊べなかったのも、大変だった。
だけどミルドレッドさんが提案しなかったとしても、私は自分からやると言っていたと思うのだ。
どういう過程になったとしても、結果的にやることは同じだったと思う。
そう伝えるとミルドレッドさんはふっと小さく笑った。
「それに今回はだいぶ収穫もあったんじゃないですか?結界とかで。」
「ああ、それはそうだね。ただ、問題点は多すぎるくらいあるよ。それが改善されない限り常用は難しいだろうね。」
確かにボディスーツ型の結界では魔法陣を描く場所や体の痺れに関しては改善していかなければならないだろう。
それに対してイーサンさんはあの結界に興味を持ったらしく、第一部隊と第二部隊で共同研究を申し出てきた。
完成までに時間はかかるだろうし、使える人は限られてくるだろうけれど、実践的に使えるようになるのであれば戦場においてかなりのメリットがある。第一部隊のみでなく、第二部隊にも協力をしてもらえれば多くのデータも取れるだろう。その話を聞いたミルドレッドさんは、少し考えさせてくれと言ってまたお酒を飲み始めた。
私も手の痺れがなくなり、思うように食事ができて嬉しくてたくさん食べていた。
そんな様子を見たユウが恨めしそうに見ている。
「ヒカリさん、いつの間にか食べるの上手くなってんじゃん…」
そうなのだ。
痺れていた時はガチャガチャ音を立てていたのだが、今はその負荷がなくなったのでスムーズに食べられるようになっていた。まるで重りを付けてトレーニングするアスリートのようだ。
私は誇らしげな顔でユウを見ると、ユウはムスッとしながらガツガツと食べ進めたので、案の定オリビアに怒られていた。
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