子連れで異世界召喚されてみた
一体なぜこんなことになったのだろう。
私は今、見たことのない場所で、見たことのない人たちに囲まれて、2人の小さな娘を抱きしめている。
たった数分前までは小さなアパートの部屋で娘達と晩御飯を食べていたところだったのに…。
私の名前は田中光、30歳。結構どこにでもいそうな名前の、ごくごく平凡なシングルマザー。夫は1年ほど前に事故で他界した。
子供は娘が2人。長女の名前は愛。4歳で、おっとりとして優しい性格だ。次女の望はまだ1歳。とても活発で、よちよち歩きも始まって目が離せない。夫はこの子が生まれる前に死んでしまった。夫が遺してくれた可愛い娘達を育てるために、必死に働きながら楽しく暮らしていた。
そんな生活が一変した。
仕事が終わり、娘達を保育園に迎えに行ってから帰宅してバタバタと夕食の準備をし、やっと一息ついたところだった。
嫌いな野菜を避けながら食べる長女を嗜め、手にもつスプーンをうまく使えずどんどん散らかっていく次女のご飯を片付けつつ食べさせていると、グラグラと部屋が揺れるのを感じた。
「ママじしん!」
長女の声を合図に、娘二人の頭を抱えてテーブルの下に潜りこむ。
ガタガタと家具は音を鳴らし、先ほどまで食べていた食事は次々とテーブルの下に落ちていく。今まで感じたこともない大きな揺れに恐怖を覚える。
とうとう泣き出してしまった長女をより一層強く抱きしめたが、一体どうなってしまうのか。
どうか、神様、この子達を守ってください。
普段はしない神頼みをした瞬間、うちにある唯一大きな家具である本棚が倒れてくるのが見えた。
ああ、神様なんていないのなら、私がこの子達を守るしかないのだ。咄嗟に体勢を変え、子供達を自分の下に抱え直し、ぎつく目を瞑った。
ドーン!と体が揺れるほどの大きな音が鳴った。しかし、本棚が倒れると予想した衝撃とは全く異なり、訳もわからず俯きながら目を開けた。
…地面が見えるぞ。
しかもかなりバキバキな。
私が娘たちを抱えながら蹲っていたのは間違いなく、私たちが暮らしていたボロアパートのリビングだった。少し暗めの色をした木の床。埃があるとちょっと目立つくらい暗くて、掃除が苦手な私はちょっと忌々しく思ってたこともあったっけ…なんてどうでもいいことを考えてしまったが、私が今いるのはバキバキになった地面の上だった。
地震の衝撃でボロアパートの床が抜けたにしても、その床材が全くないのも、私たちが潰れていないのもおかしい。
そう、潰れてないのよ、私。
なんで?
訳もわからず上を見上げたら雲ひとつない晴天がそこにあった。
待って、さっきまで夜だったじゃん。
夢でも見てんの?
いや寧ろ死んじゃった?
血の気が引いていくのが分かる。はっと、抱きしめていたはずの娘たちを見る。
娘たちは私の胸の中に収まっており、長女は私と同じように状況が掴めず、怯えた目をして私の服を握りしめている。次女は突然現れた地面なのにも関わらず、砂遊びができる!と目を輝かせて、私の腕の中から抜け出そうとしている。
「望、ちょっとおとなしくして。愛ちゃん、ちょっと立てるかな?」
次女を逃すまいと抑え込みながら、長女を立たせて体に怪我がないか確認する。ぎゅっと私の服を握りしめたまま、そろそろと立ち上がった愛は、怯えているようではあったが、怪我はなく肉体的には問題はなさそうだった。念のための確認として、愛の胸に耳を当てて鼓動の確認をする。
とくとくと、いつもより早めに動くその音を聞いて安心した。生きてる。
今度は望を抱え上げて怪我を確認し、同じように鼓動も確認した。
私たち一家は全員生きていた。
じゃあ、ここはどこなのよ。
「あの〜…」
状況が全く掴めず、パニックに陥っていると、遠慮がちに声をかけられた。
いや、人いたんかい。
声がした方を見ると、黒い布に煌びやかな刺繍が施されたマントを羽織、身長ほどもある大きな杖を持つ人が何人かいた。うそでしょ、めっちゃ怪しいし、めっちゃ怖い。
「…」
お互い相手を観察するように見つめ合う。目を逸らした方が負ける気がして、目を逸らすことも出来ずに睨みつける。
重々しい沈黙を破ったのはまさかの長女、愛ちゃんでした。