満月の下で最悪の出会いを
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今宵は満月ーーーーー。
月の明かりに照らされて、普段は人工の光に照らされた街中の影の輪郭が、仄かに照らしだされている。
「ーーーーー何か、騒がしいわね?」
とあるビルの屋上に、長い髪を風に靡かせた少女が立っている。服装は動きやすい、シンプルなものだが、さりげなく付いたレースやリボンが可愛らしさを醸し出していた。
季節は夏。今宵は珍しく風が吹き、普段よりも過ごしやすい。
『愚か者がいるようですが、如何されますか?』
不意に聞こえた声は、男性とも女性とも聞こえる、そんな声。驚いた事に、声は少女の影から聞こえていた。
「確か、あそこは・・・いいわ、行きましょう」
気配がするであろう、そこを見る目は、とても冷ややかだ。それだけで、愚か者に対する感情など、分かるというもの。
スッと視線を細めた、その先。そこには、ただ、闇夜の暗闇が広がっているだけだ。
だが、視る事が出来る人間には、見えているだろう。そこに、炎のように揺らめく、暗い力が放出されていることに。
と、一瞬のうちに、少女の影が膨れ上がっていき、そこに強い風が吹く。
次の瞬間、既にその場には、誰も居なかった。そこにはまるで、少女が居た証のように、黒い羽根が落ちたが、今宵の風によって、空を舞う。
今宵は満月、魔が蠢く、特別な日ーーーーーー・・・。
◇◇◇◇◇
はぁ、厄日だ。
溜め息を吐きたいのを、必死に呑み込んだ。今は、ダメだ。
後ろに、友人達を庇いつつ、この不味い状態を打破すべく、頭をフル回転させる。
目の前には、明らかにお怒り顔の、この地を守っているであろう、守護霊様・・・。普段は穏やかな姿で、この地を守って下さっているが、一度怒らせたら、怒りを解かない限り、この地はかなり危険な場所になる。これは、師匠に教わった事だが、まさか今、それが正しいと証明されるとは思わなかった。
守護霊様が動く度に、稲妻が地面を抉っていく。纏うのは、遥か昔の衣装で、それからもバチバチと嫌な音が鳴っている。顔も怒りによって、既に鬼の形相になっており、早く怒りを解かないと、不味い状態なのだ!
「くっ・・・、翼、夏美、俺の後ろから出るなよ!?」
「わ、分かった」
「勿論」
俺は後ろに、翼と夏美、他に、気を失った春香、更に後ろに、バカの異名を持つ、伸びた状態の、元気と亮太を庇っている。翼と夏美、春香は小学生からの付き合いで、俺にとっての親友たちだ。自慢のな!
んで、元気と亮太は、幼稚園からの幼なじみである。小さい頃から、二人の見張りをしていたからか、保護者みたいな扱いになってるけどな・・・・残念ながら。今は三人が加わって、かなり楽になったけど。大きくなるにつれて、手がかかるようになったからな、バカ二人は。
今日は皆で、映画を見た帰りに、たまたまここを通ったんだ。俺達の家は、この先だからな。
んで、ちょっと目を離した隙に、バカ二人は見事にやらかしてくれた・・・。
見た映画が、悪かったのかもしれん。何せ、ジャンルはホラー・・・。知ってたら、絶対に絶対に行かなかったっ!! 俺、ガチで見える側だぞ? ホラー映画を見せるなんて、何て嫌がらせだよ。見える人間に、何故にわざわざこれをチョイスした!? 知ってるよな、お前らは!? 内心、ツッコミ入れたぞ!?
映画館でも、色々・・・、本当に色々いたしな! 発狂しなかった俺、偉い!!
で、帰り道、こいつらは、よりにもよって、映画の興奮冷めやらぬ勢いで、この地に奉られる方の、御聖域に、侵入しやがったんだっっっ!! これが、怒らずにいられるかぁぁぁ~~~~~!!?
「おいおい・・・俺はそんなに強くないんだが!?」
最後の砦とはいえ、俺は師匠に簡単な護身術とか、簡単な術しか教えて貰ってない。何故なら俺は、師匠の流派である術とは、相性が悪かったんだよ・・・。だから師匠は、俺に基本的な部分だけを教えてくれたんだ。師匠にも事情があって、他の流派に伝が無かったのもある。
まさか、こんな事態になるなんて、誰が思うか? 普通は起きない珍事件だろう。
『ナウマクサラナマンダ・・・』
印を組んで、師匠に教わった結界を張る。結界だけは、師匠もしっかりと教えてくれた。流派に関係ない分野だからな、一応。逆に言えば、これしかまともに使えないとも言う。
『シャラクタン!』
呪文を唱えあげれば、かなりしっかりした、分厚い結界が張られた。これで、夏美と翼、春香、元気と亮太は大丈夫なはずだ。まったく、バカ二人は、いい加減に懲りてほしい。迷惑がほとんど、俺に来てる時点で、自覚してほしい。切実に!!
「黒百合、悪いが見張ってて」
いつの間にか、俺の足元にすり寄る、小さな黒猫がいた。俺が唯一、まともに召喚できた、式神さまである。まぁ、猫は下の階級の式神様だ。だからこそ俺に、こっち方面の才能なしって分かったんだけどな。
「くっ・・・、とにかく、穏便にお願いしないと・・・」
だが、焦れば焦る程、その手の呪文はスルスルと、逃げていってしまう。思い出そうと必死になるにつれて、なにがなんだか、分からなくなってくる。でも、逃げたら駄目だ! 仲間を見捨てるなんて、自分には出来ないから。
だから、必死に必死に、思い出そうとして、また逃げて、思い出そうとして、ようやく、一つを思い出す。
『禁制し奉る』
後ろの皆を守らないと。翼と夏美は、見えてなくても、勘はいいから、何となくでも、異常には気付いているだろう。春香は、バカ二人に巻き込まれる形で、気を失ったから、本当に本当に可哀想すぎる! 元凶の二人は、未だに呑気に気絶してるしな!
『この地を治めます、守護の方』
頼む、これしか覚えてないんだ! この呪文で、怒りを抑えてくれっ!
『怒りを静め、鎮まりま・・・』
ーーーーーーー許さん!
ブワッと強烈な何かが、勢いよく、通り過ぎていく。あまりの激しさに、足で踏ん張ろうとしたが、無理で尻餅をついてしまう。
「くっ、いてっ・・・っ!? しまった!?」
印をほどいてしまった! それはつまり、抵抗の終わりを示していて・・・・・。
ーーーーーー償えっ! その命をもってぇぇぇーーーーーー!!
術者の敗北は、死を呼ぶ。そういえば、師匠はそんなことを言っていた気がする。ははっ、こんな時に思い出すなんてなぁ・・・。幼い頃からの記憶が、一気に流れていく。あぁ、これがよく死ぬ直前に流れる走馬灯のようにってやつか・・・。すまん、皆、俺じゃ、やっぱり守りきれなかった・・・・・悔しいなぁ。悔しさに、ぎゅっと目を閉じる。
諦めかけた、まさにその時・・・。
『ーーーーー禁制し奉ります』
声が聞こえた。この場にいる、誰のものでもない、涼やかな女の子の声。話しているのは、俺の知らない呪文。けれど思わず、引き込まれるような、そんな不思議な響きがあった。
気になったのと、まったく来ない衝撃を不思議に思って、目を開けた。一番始めに見えたのは、知らない女性の後ろ姿。そして、彼女の脇に控える、明らかに上級の式神様。
・・・・・誰だ?
明らかに、知らない人。そして、明らかに、俺より手馴れてる感がある、その術。
唖然とするしかなかった。あれほど怒り狂っていた守護霊様が、穏やかな顔になり、元居た場所へと帰っていった。あれほど、怒り狂っていたのに、あっという間に、怒りを解いたその手腕は、素晴らしいものだった。ーーーーー思わず、みいってしまうほどに。
その人物が、振り返った。ちょうど今宵は、満月。月明かりで、夜の暗闇に慣れた目には、彼女の顔がハッキリ見えた。
絶世の美少女、そうとしか言えない、完璧な顔立ちの少女がいたんだ。俺の目の前に・・・。
「貴方、バカなの?」
目の前の少女の淡々とした第一声に、思わず固まった。よくよく見れば、彼女の顔は、苛立ちを隠そうともせず、俺を睨み付けている。なのに、彼女が纏う空気は静かなまま。
「ここは少し前に、祭りと鎮魂の儀式をしたばかりなの」
思わぬ話に、俺は固まるしかない。え、つまりは、俺たち、かなり余計な事をしちゃったんではなかろうか?
「人の仕事の邪魔をして、楽しいのかしら? 二流どころか、三流の術者さん?」
あまりの言葉と、暴言、更には勘違いを感じ、俺も流石にカチンときた。
「まずは、助けて頂いた事には、心の底から感謝します! けどっ! まず、俺は正式な術者じゃないっ! 俺のバカな幼馴染みがやらかしたせいで、巻き込まれたから、何とかしてただけだっ!!」
くわっと俺が反論したら、何故か、謎な美少女は首を傾げてた。
「・・・えっ? 貴方、正式な術者じゃないの!? というよりも、巻き込まれた? 貴方が巻き込んだんじゃなく・・・・・?」
えっ? そっち!? 流石に俺だって、常識あるぞ!? 師匠に顔向け出来ない事は、絶対にしないからな!?
「俺は、師匠に基礎を叩き込まれはしたが、護身術程度だよ、師匠からは、事情があって、それ以上を教われなかったんだ・・・・・」
「それだけの力があるのに・・・? 貴方の師匠って、どなた?」
確かにそう思うよなー。こればかりは、仕方ない。だから、師匠の名前を言ったら、彼女も何故か納得したうえ、同情された。
「・・・・・貴方、大変なところに弟子入りしたわね? それでそこまで使える貴方も貴方だけど・・・」
呆れた顔をされた。流石に、師匠の事情は、大まかにしか聞いた事がないから、実は詳しくは知らないんだよな、俺。
「まぁ、貴方に非がないのは分かったわ、ねぇ? 貴方、流派が合わないだけなのよね?」
何故かよく分からない質問をされた。意味が分からないけど、取り敢えず素直に答える。
「まぁ、俺は式神に関する術とは、相性が悪いみたいでさ、普通の術の方が良いみたいとは言われた、師匠に」
「そう、なら・・・うちに来ない? 門弟として、歓迎するわ、あの方も今はその方がいいでしょうし」
はっ? 何故にその流れになった?? 色々と疑問があるが、まず第一に気になるのは、あの方と言われた師匠のこと。俺が居ない方が良いって、どういう事だよ?
「それ、どういう意味? 師匠の事情は知らないけど、俺が師匠のとこに居るのは、不味いの?」
「あぁ・・・、詳しくは知らないのよね? まぁ、正式なものではないとはいえ、弟子入りがあったのは不味いわね、立場として、今以上に危険なものになるかもしれないわね」
えぇ!? おいおい、師匠に顔向け出来ないじゃないか! そんな危険な立場にありながら、教えてくれていたのか・・・・・。師匠、すいません!
「うちとしては、貴方みたいに才能のある人が来てくれるのは、大歓迎よ、もしも貴方が来るなら、上手く立ち回って動いてあげるから、安心していいわよ」
彼女の優しい顔が、妙に怖く感じた。これ、拒否権ないやつだ、とふと気付いてしまった。師匠に迷惑をかけないなら、間違いなく、頷かないといけないやつ。多分だけど、彼女の流派なら、俺とは相性がいいかもしれない。今まで基礎しか使えなかったのが、嘘みたいに、俺は色々学べるだろう。
「急がなくてもいいわよ? 貴方にも夢はあるでしょうし、うちの弟子になっても、学業優先は変わらないから・・・・・まぁ、術社会で食べていける人は一握りだからね、うちも強制はしないわ」
・・・・・違う、そういうんじゃない。確かに、不安はあるけど、そういうんじゃなくて!
「師匠に説明する時間が欲しいんですが」
そうだ、師匠と話したいんだ、俺。ちゃんと納得してから、そっちに移動したいんだ。お礼も、何も言えてないから。師匠のお陰で、俺は今、無事にここに居れるんだから。
「いいわよ? 此方も慎重に動かないといけないしね」
この後、連絡先を聞いてから、彼女とは別れたんだが、・・・・・・・・バカ二人がまーったく目を覚まさず。結局、俺と翼で背負う羽目に・・・・。体格がしっかりしてるから、無駄に重い! 夏美と春香には悪いが、二人で支えあう形をとってもらった。ほら、年頃の女子を触るのはさ。ね? 何とかバカ二人を自宅に預け、親御さんには頭を下げられ、女子二人を送り届けると、時刻は深夜近く・・・・・。
深夜帰りになり、事情を説明したのに親から雷を落とされた俺が、やっとの思いで、自分の部屋に行くと、机には見知らぬ鳥がいた。真っ白い、不思議な鳥は、俺が近付くと、一瞬で手紙になった・・・。
映画やドラマ、小説で有名な、式ってやつだと思う。は、初めて見た!
そこには、二通の手紙。一通は俺宛て。もう一通は、師匠宛てだ。
早速、俺は自分宛ての手紙を開けて読んだんだが・・・・・一瞬でげんなりした。
『その手紙を、師匠さんへ渡して、それで万事解決よ』
・・・・・寝るか。
こうして俺は、無事にこの日、穏やかな睡眠をゲットしたのである。
まぁ、次の日に師匠宛ての手紙を渡して、事情を説明し。それだけで理解したらしい師匠に、きちんとお礼をして。俺は師匠から、万感の思いで卒業したんだ。
・・・・・しかし、師匠? 手紙には一体、何て書かれていたんです?
『・・・・・あそこの姫にスカウトされたか』
不安を煽る言い方が気になった。無性に気になった! 師匠、どういう意味なんですか!?
・・・・・・俺、何か間違えたか??
なんて、色々あったが、それから新しく移籍? に、なるか分からないが、彼女の一族の弟子になった。
そこからは、修行、修行、修行!! 毎日が同じくらい忙しい修行!! 俺、師匠にはかなり手加減されていたんだど、今さら気付いた。そんだけ、ここの修行は厳しかった・・・・・。
季節は巡りに巡り。ようやく、働く許可がおりて、俺は今ここにいる。
「ようこそ、我らが探偵事務所へ」
ここの所長たる、田原 政敏さんが出迎えてくれた。
今日から俺は、姫のところから修行の一環で、ここで働く事になった。
まさかそこで、運命の出会いを果たすとは、この時、誰も知るよしもなかった。
まずは、本作品を読んで下さり、ありがとうございます!!
作者の秋月煉です。
少し前から構想していた作品です。そして、霊感探偵のスピンオフになります。第二部に出てくる、新人さんのお話です!
ちょっと悩みましたが、短編小説とする事にしました。ちゃんとまとまって、正直、ホッとしています(笑)
なお、感想とかもくれたら嬉しいですが、秋月、あんまりメンタルが強くありません。故に、甘口で下さると嬉しいです♪