記憶の欠片
ザァザァと雨が降る。服が雨で濡れて重たくて身体を動かせそうにもない。顔に纏わりついた髪が気持ちが悪くて払い除けたいのにそれも出来そうにない。仕方ない事だけれど。そうして嫌な鉄の擦れるような、落ちるようなそんな音がすると同時に悲鳴が聞こえる。劈くような、そう、例えるのなら声の高さだけでガラスを割ってしまえるようなそんな悲鳴。そして聞こえる悲痛な叫び。
── 死なないで!死なないで!!お願いだから!
誰に願っているんだろう。分からない、分からないわ。ねえ、お願い。耳元で叫ぶのをやめて。私、なんだかとっても眠たいの。今なら紅茶のたっぷり入ったティーポットの中でも眠れそう。いい香りに包まれて穏やかに。
──お願いだよ、ねえ!お願い!キミが死んでしまったらボクはどうすればいいの!
どうするもこうするも、貴方の思うままに過ごせばいいのよ、へんてこなこの場所ではそうする事が正しいじゃない!
── アリス!アリス、目を覚まして!!
ごめんなさい、私とっても眠たくて。どうしても瞼を開けることが出来そうにないわ。だからお願い。一休みさせて。眠って、私がまた目覚めたらその時は貴方のお願いを、貴方達の傍で、必ず叶えてみせると約束をするから。それが何年先になるかは分からないけどきっと大丈夫。私は嘘を吐かない、って貴方達の方がそれをはっきりと分かっているわよね、私よりも私の事に詳しいもの。だから安心していて。何が起こってもおかしくないんでしょう?だって、だってここは。
『不思議の国なんだもの。』
言葉に出来たかどうかも分からないけれど無理矢理口を動かして私は眠りについた。私の頭を大切そうに抱き込める大切な友人が頷いたように見えたのは気のせいだろうか。いいえ、きっと気の所為なんかじゃないわ、彼は私の言葉を聞き逃す筈が絶対無いもの。
アリスは、永遠にこの場所に生き続ける。不思議の国への思いを胸に、愛しい友人達の気持ちを胸に。
アリスは必ず目覚める。深い眠りから、綺麗な三日月のようにくるんとした睫毛を震わせて、大きな瞳を開いて、苺のように真っ赤な唇を動かして、鈴の音のような声をまた聞けるはず。
その時を待ち続けよう。時が来れば不思議の国の時間はまた動き出すから……────