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ユメトワ国戦記  作者: k_i
第1章 サイハテと仲間たち
4/12

第4話 王都セレモニー前夜

 サイハテはしばらく林にひとりでいましたが、やはり詩の続きは思い出すことができませんでした。切りかぶのところにも来てみました。林の中は何処も心地良い空気が行き渡っており、陽射しも差し込んでいます。いつもの林でした。あの夜だけが異常だったのです。丘に立って、遠く西に広がる森を見渡しました。時折、クマソたちのような、レンジャーの一団が森を越えてやって来ます。この林を通る者もありますし、いささか遠回りになるのですが、この街外れに出る裏道を知らない者たちは、王都を囲う城壁の正門へ続く街道へ向かって行きます。

 

 明日は年に夏、冬にそれぞれ一度の国を挙げての大セレモニーが行われる日でした。商店街は煌びやかに衣装を纏い、露店商が立ち並び、広場は踊りや見世物で賑わいます。そのため相当な数の旅人が、ある者は見学に、ある者は店を出しにと、街道を通って訪れるのをサイハテは丘の上から眺めていました。

 

 サイハテは、思い切って夜まで待ってみようと思いました。老人を探しに街へ行くよりも、ここへ来ると今は、失くした歌の続きが気になって仕方がありませんでした。旅人の数は、夕刻まで減りませんでした。商人や詩人に混じって、ごく普通の男女や、女子供も見かけました。街道沿いには、馬車も見られました。

 

「世界は平和になって、道はどんどん安全になっているんだ」

 サイハテはただ思いました。

 

 そのうちに、もうほとんど日は暮れて、あの夜サイハテが最後のフレーズを詠もうとした時のように、星のカーテンが西の空を覆い始めていました。サイハテの胸は重たくなり、一方では高鳴りましたが、林を吹く風は涼しく、今は人の気配もなく、ただ静かでした。

 

 それもひととき限りのことで、しばらくするとまた、今度はもうランプを灯して、明日のセレモニーを見物に来る人がボツボツと到着を続けるのでした。完全に日が沈んで一時間ほどが過ぎても、まだ人は林を通ってやって来ました。なかには、こんな街外れだから夜の見張りでも置いているのかと勘違いして、サイハテに声をかけてくる人もいました。

 

「騎士殿、ご苦労様です。まだ街の門は開いておりますかな? 明日の盛大なセレモニーに向けてぐっすり眠りたい。野宿は御免ですからなあ」

 

「ご心配なさらなくても、門はいつでも開いていますよ。この平和な時ですから。ですけど、宿が空いてないかもしれませんね。もう随分な数の人がここを通って行きましたから」

 

 こういった具合の会話を、サイハテは何度か交わしました。サイハテはその折に、あの奇妙な乗り手のことを尋ねてみましたが、それらしき者を見たという人はとうとうひとりもいませんでした。自分がこの一日見た中にも、馬か馬車以外の動物を駆る人は(時にロバやラバ連れの商人などはありましたが)見かけられませんでした。サイハテは街へ続く人たちに混じって林を後にしました。

 

 

 *****************************************

 

 街は昼過ぎに出かけた頃より随分賑やかで、華やかな様子になっていました。宿を探す旅人たち、まだ明日の準備に追われる商店街の人たち、勝手に前夜祭を繰り広げる人たち……。赤や黄色や、緑や青のカンテラが闇の中、あちらへこちらへ舞っています。屋台の並ぶ商店街の通りを抜けて大広場へ来ると、明日はもっと彩り鮮やかになる踊りの舞台、王侯貴族のための豪華な特等席、金魚売りや雛鳥売り、装飾じゅうたんや宝剣商人の屋台……。明日からは騎士たちの訓練も休みになります(セレモニーが続く三日間の間休みです)が、交替で警備の巡回をしなければなりません。武闘会も目玉の一つですが、やはりこういうお祭りでヒーローになるのは、吟遊詩人や軽業師です。

 

 サイハテは立ち止まることもなく騎士宿舎へ向かっていましたが、あの老人がセレモニーに来ているかもしれないことを思い出し、明日の巡回番は昼過ぎですし、もう少しこの騒がしい夜の街を回ってみることにしました。再び先ほどの広場を抜け、ここから城を挟んで反対側にある、噴水広場の方へ行ってみることにしました。あの辺りも露店商が店を立てている筈ですし、宿屋も幾つかありました。

 

 城の正門側を半円状に囲むように、城下の南側は商店街になっていましたが、その通りを抜ける頃には屋台もまばらになり、住宅街にさしかかると広場で騒ぐ人々の声もかすかになって、間もなくひっそりと寝静まった、月影に青く家々が立ち並ぶレンガ路へ来ました。この住宅街の南の外れあたりに、サイハテの家はありました。ほとんどの家の明かりはもうすでに消え、ところどころ小さな街灯が揺れるのみで、夏の虫たちの飛びかう羽音だけが上の方で聞こえていました。

 

 王都の住民は、明日のセレモニーのため、商店街や中央通りの飾りつけや掃除やらを終えると、ほとんどの人は早々と床に就くのでした。サイハテは自分の家の前を通ると、まだ窓明かりが点いているのを見ました。サイハテは普段騎士宿舎に寝泊りしていて、家に帰れるのは週末や、特別な休日くらいでした。

 サイハテはふと家に立ち寄りました。

 

「ああ、おかえりサイハテ。明日はセレモニーだから、家で寝ていいのかい? もう皆休むとこだったのだけれど、お前ももう休むかい?」

 

 家に住むのは、母と、まだ学校に通う年の弟(この国、この時代では普通の学校へ通うのは十か十そこそこの年くらいまでです)と、犬のハカナイだけで、彼の父は王都の正式な騎士として、やはり週のほとんどは城内で過ごすのでした。この日も父は、すでにセレモニーの警戒のため王都の外へ出て、家にはいませんでした。

 

「まだ少し外を回ってくるつもりなんだ。ふと通りかかったら明かりが点いてたものだから」

 

「わん!」

 すぐに、家の奥から、いっぴきの白い(と言ってももう随分古くなって傷んだ)綿毛の様なムクムクした小さい犬が駆け寄って来て、サイハテの足元にじゃれつきました。

 

「おお、ハカナイ。元気だなあ、まだまだお前は」

 

 サイハテにじゃれ寄って来た犬ハカナイは、普段はとてもくたびれた犬でした。この犬はサイハテが生まれたのとちょうど同じ頃に生まれたので、犬としてはもう相当どころではない老人ということになります。普通犬は家の庭先や、この住宅街は家がぎゅうぎゅうに立ち並んで庭を持っている家はほとんどありませんでしたが(サイハテのところもそうでした)、そういう場合でも玄関あたりに陣取って家を守っているものですが、この犬はもう老いぼれたためか、いつも家の奥の、祖父の剣や鎧やら、祖母の書物やらが閉まってある古い物置にこもって時々クンクン鳴いているだけでした。それでも、名づけ親たるサイハテが家に戻ってくると(彼の名はサイハテが七つの誕生日の時につけて、それまでは犬こという適当な名で呼ばれていたのでした)、こうして駆け寄ってくるのでした。サイハテも、このいつも眠たそうな目をした(垂れた耳が半分目を隠しているためです)、ぶかっこうな犬をこよなく愛していました。

 

「サイ坊(サイハテの弟のことです)はもう寝てるけど、起こさないように静かにご飯だけでも食べていったら?」

 

 サイハテは野菜コロッケとキノコのスープを静かに手早く平らげましたが、食卓の下で一緒にスープを食べるハカナイはべチャべチャとうるさく音を立てていました。

 

「ごちそうさま」

 

 サイハテが家を出ようとすると、ハカナイも同じくごちそうさまとでも言うようにワン! とひと声控えめに吠えて、口の周りにスープをつけたままビタビタとついて来ました。

 

「まあ、サイ坊が起きたみたい。静かに食べてって言ったのにねえ。サイハテもハカナイも全く仕方ないねえ」

 

「僕は静かに食べたつもりだし、ハカナイもそれなりに努力してたと思うよ」

 

 サイハテは足元の老犬のクシャクシャの頭をポンポンと撫でました。

 

「僕は町を見に行くんだよ。お前も来るのかい、ハカナイ?」

 

「わん!」

 

「小さなじいも連れておいき。サイハテ、きっとあなたのこと心配してるのよ。セレモニーで無茶しないかってね」

 

 サイハテは小さなお守り役を連れて、再び夜の街へ出ました。環状になって王都を巡る主通りを、そのまま住宅街を抜けたところにある北の第二広場へ向かいました。住宅街は終わりにさしかかり家はまばらになってきました。

 途中の道で、消えかけの街灯がかかる家の二階から、調子っ外れな歌が、窓を越して微かに聞こえてきました。ごくたまにしかこの城の北東通りを歩くことはありませんでしたが、通るといつもそうでした。昼間でも夜でも、壊れかけの街灯が点滅していて、音痴な男の声が詩を詠んでいるのでした。その声は、相当な音痴のためか、おじいさんなのかまだ小さくてやんちゃな子どもなのか判断がつきませんでした。しかし、その詩の内容は、セレモニーで詩人が王や歴史を讃えて詠う詩や、お遊びの詩の類と違って、それほどサイハテは嫌いではありませんでした。ただ明々としすぎて影がない……サイハテはいつもそんな風に勝手に評していたものですが、セレモニー前夜のこの晩は少し違って聞こえました。

 

「やや愁いを帯びて聞こえる……だけどこの詩もまだ―」

 

 その時、ハカナイが「わん!」とひと声吠え立てて、勝手にその家に駆け入って行ってしまいました。戸口は半開きになっていたのです。

 

「ああ、いけない……! どうしよう、連れ戻さないと……でも詩の邪魔しちゃいけないし……。彼の歌が気に入ったのだろうか? ハカナイ、ハカナイ……」

 

 サイハテは小さな声で呼びました。

 

 しかし、詩は急に止まり、二階で「うわわ!」とひと声し、すぐにバタバタとひとりの男が、ハカナイに追われて扉から外へ飛び出てきました。

 

「やってしまった……小さなじいかあ、面倒を見られるどころかこっちが見てやらなきゃなんないんじゃ困ったものだな……」とひとりごとを言うとすぐさま、サイハテは男に頭を下げて謝りました。

 

「ハカナイ! こら、なんてことを。すいません、せっかくの詩の邪魔をしてしまって……」

 

「いやあ、驚いたなあ。しかしおいらぁ詩に詠んでた竜が出てきたのかと思ったら、こんなに小さくて可愛くはないよねえ」

 

 そう答えたのは、サイハテよりは随分背が低くて、いささか以上にぷっちゃりとした外見ではありましたが、どうやら年はそう変わらないと見える少年でした。

 

「おいらの詩が気に入らなかったのかねえ? この犬コロ君。ああ、久しぶりに外へ出たぞ!」

 

 少年は静かな住宅街の夜に似合わぬ大きなあくびと背伸びをしました。

 

「久しぶり?」

 

「ああ……ん? なんだか街が随分着飾ってるねえ。ここは人魚の街かしら? どうしたんだろお?」

 

「セレモニーだろ。君、知らないのかい?」

 

 セレモニー前夜の王都で、ただひとりセレモニー前夜を知らなかったらしいこの少年の名はハナグマと言いました。

 ハナグマはセレモニーのことを聞くと急に興味を示して、サイハテについて一緒に行くから、パジャマを脱いで着替えてくるまで待っていてくれといって再び家の中に戻って行きました。家の二階からはまた即興の調子外れな歌が聞こえ始め、二番が終わるあたりでその声は一階へ下り、戸口の前あたりで終わって、ハナグマが出てきました。

 

「おいらいっつもパジャマなんだ。好きな時に歌を詠んで、好きな時に眠る。街は出てもつまらない。でもセレモニーは出なきゃね。特別な日にはなんかいい歌のアイデアが浮かぶかもしれないぞ」

 

 サイハテは、第二広場へ着くまでに、ハナグマが両親もいなくて、残された財産で気ままに過ごしていること、よくわからなかったのですがとにかく彼のおじいさんが南の森で狩人をして暮らしていて、時々食糧やお金を届けてくれるので暮らしに困ることもないのだということでした。父は大変な古本の収集家だったそうで、二階の書庫に面白い歌や物語がたくさんあるから今度見せてあげるというのには、サイハテも喜びました。彼らは、詩好きという点で共通していました。

 

 湖を隔てて城の裏手に位置する、北の第二広場へ近づくにつれて、人はまた増えてきました。

 広場へ着くと、もう街時計は十一時を指していました。その時間のためもあって、またこの広場は正門側の大広場ほど大きくもないためもあって、人の数も屋台も商店街から大広場の通りのように多くはありませんでしたが、ここでもそれぞれに前夜祭を楽しむグループがあって、男女の騒ぐ声が聞こえ、色とりどりのランプがあちこちで跳ね回っているのでした。今頃着いてまだ宿が見つからず、野宿しようとベンチや草っぱらに陣取っている連中もいました。

 サイハテはあの老人の姿を探して、ハナグマはリンゴ飴やら粘土細工、宝石の類の露店を見ながら、広場を一通りして、疲れたように広場の大きな噴水の一端に腰掛けました。ハカナイはチョコレートがけのバナナを何処からかくわえてきたようでした。

 

「まじない師や占い師みたいなおじいさんおばあさんはいっぱいいるんだがなあ……」

 

「そもそも君の探しているそのおじいさんだって、まじない師かなんかでしょ?」

 

 そう話していた二人の耳に、うしろでざあざあ音を立てる噴水の音に混じってこんな会話が聞こえてきました。

 

「ははは、こんなに騒いでいたら、明日起きれなくなっちまう。明日の昼過ぎには、大広場の方で、また今年も興行師のオイトマ卿がなんかするらしいぜ。毎年恒例の、変わった見世物さ」

 

「西の森に館をかまえるあの奇人オイトマ卿か。変わり者のコレクターか。去年は南蛮の蛇使いを呼んだし、おととしは山賊同士の戦い、その前は、東国から人魚のミイラを取り寄せてたな。全部眉唾物よ。今年はどうやって見物客をしらけさせるものか」

 

「いやいや、あの手のやつに、人はけっこう喜ぶものよ。皆、眉唾もんを承知で楽しむのさ。ほら、なんて言ったっけな、フシンノジハツテキ……まあ、とにかく、今の時代に我々にロマンを与えてくれるのはやつくらいのものじゃないか」

 

「くだらねえのが好きな連中ばっかりさ。俺たちもな。明日はそいつを見に行こう」

 

「さ、寝に行くぞ。こんなに騒いでいたら、明日起きれなくなっちまう」 

 

「こんなに騒いでいたら、明日起きれなくなっちまう」 

「こんなに騒いでいたら、明日起きれなくなっちまう」

 

 ざあざあいう噴水の周りのあちこちでそんな声がして、騒いでいた人たちはどんどん広場から姿を消して行き、いつやら幕を下ろした屋台や、二、三のベンチにポツンと腰掛ける老婆や眠る男、ニャアと寂しい声で鳴く街猫を残して、あたりは静かになりました。ざああ、ざああと、噴水の片隅に座ったままの二人と一匹のうしろで噴水だけが音を立てていました。

 

「もう皆、眠りに行ったんだね。宿に戻ったんだろうねえ」

 ハナグマは噴水の方へ顔を向けながら言いました。

 

 サイハテも噴水を見つめました。噴水の中には、灯りか大きな光る石のようなものが幾つも沈めてあり、色を青赤緑黄、オレンジやシナモン色に変えた水たちが、夜の中楽しそうに跳ねていました。

 明日の朝になれば本当にもっと騒々しくなる。このくらいの静けさなら、いちばんいいのに、とサイハテは思いました。

 

「明日は夜中までずっと、馬鹿みたいなけたたましい太鼓と笛のリズムに合わせて、街中馬鹿騒ぎさ」

 サイハテは、街灯や柱に張り巡らされ、広場をクモの巣みたくしているおびただしい数の旗やらチョウチンやらを見渡して言いました。

 

「かつての祭では、古い武勲や大地の創造を歌ったという……」

 ハナグマがふっと言いました。

 

「今はそれも忘れられた。聖杯探求、竜退治、冥界下り、全ての物語は失われた……」とサイハテは続けるように言いました。

「今や祭り―この王都セレモニーは国力を顕示する程度のものでしかない」

 

「おー気が合うねえ」

 

「軽業師や、お遊びの吟遊詩人のものさ、このお祭りは。それを王侯貴族や市民が娯しみのために見物するのさ。ハナグマ君、君は本当の冒険をして、まことの歌を詠んでみたいとは思わないかい?」

 

「ほほお!」

 

 ハカナイが、二人の足元でクーンと悲しげに鳴きました。


「お前も悲しんでいるのかい? 詩人になりたいのかい? それともまたおなかが減ったのだろうか?」

 

「おなか、かあ……おいらのも減ったようだい。サイハテ君、おいら帰るよ。明日会おう。セレモニーの中にだって、もしかしたら本物の詩人がひとりくらい見つかるかもしれないよ」

 

「明日は見回りにあたってるんだ。その後会おう。それにそうだ、僕は本物の詩人が見つかるとは思わないけれど、あの僕の詩の手がかりは見つかるかもしれないのだ……あれは少なくともお遊び詩人連中のものよりは本物だったぞ……」

 

 広場の片隅で街時計は十二時を指し、噴水の音はさああっと静かになって止まり、水底に沈んだ灯りが今は朧げに揺れるだけになりました。

「なに? なんだって? なにかいいものが見つかるの?」

 

「わからないけどもしかしたら。よし、ハナグマ君、明日午後三時、この噴水で待ち合わせようか」

 

「へえ。なんだろうな、いいもの見つかるといいねえサイハテ君。その時間だったら、いいおやつが見つかるのかもしれない。おいらぁ、おなかすかせて待っとくよ。おやすみ」

 

「おやすみ」

 

 二人は、その場で別れました。ハナグマは元来た道を戻って行き、サイハテは環状の主道を、そのまま一周して騎士宿舎へ帰ろうと、北西の通りへハカナイと歩を進めていきました。もう、北の広場には誰もいませんでした。

 

 北西通りは、ここも住宅街になっていましたが、奥の方へ行くと、教会や寺院や神社が、それぞれの庭園や小森を抱え一定の距離を隔てて乱立する宗教街と呼ばれるところでした。この時代には国教というものはなく、幾らかの国民は慰みにこの宗教区へ、それぞれの好む建物へお参りに行っていました。幾つかの宗教は真実の詩を持っている、だけどそれを解して祈りを捧げる人々がこの国に果たしてどれだけいるのかと、サイハテは思いながら夜の寺院や社を巡ってみました。このあたりも、屋台が立ち並んでいました。さすがに、教会の森へ続く小道や、神社へ登る階段は、天使やら白い狐やらに守られるように、奥にひっそりとした闇をたたえて何もなく、静寂に包まれていました。サイハテは引き返し、西の通りを歩き、街を南へ下がっていきました。

 宿屋・酒場通りからいつもの西の林へ通じる道を横目に、商店街を経て大広間へ至る道を再び通った時にはもう丑満つ時で、ほとんど人の姿はありませんでした。ハカナイがあんまり眠たそうなのでサイハテはこの犬を抱きかかえて歩きました。騎士宿舎は休暇で管理もなくなるので、サイハテはそのままハカナイを抱いて部屋に戻り、そのまま眠りこける犬と一緒にベッドに倒れ込むようにして眠ったのでした。

 

 サイハテが眠りに就き、四、五時間もしないうちにまず露店商たちは店の仕度を始め、次に待ちきれない街の子どもや、旅人たちが起きてぶらぶらと見物を始め、そうするうちに日も昇り、すぐに街は賑わい始めました。こうして、三日続くはずである王都セレモニーの一日目が始まったのです。

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