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ユメトワ国戦記  作者: k_i
第1章 サイハテと仲間たち
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第2話 サイハテ

 小国乱立、群雄割拠の時代は過ぎ去り、今は世界の内陸中心部に、幾つかの大国が、山や森林、大河を挟んで距離を置き、それぞれに勢力を保っていました。時折国境での紛争が起こりましたが、大抵は交渉で片付き、あとは辺境の異民族反乱や、あるいはまれに外海からの侵略がありますが、それもさしたる問題になることなく抑えられ、つまりおおよそ平和が保たれている時代でした。

 

 各国は今のところ同盟や和平関係にあり、お互いそれ以上勢力を伸ばそうとはせず、国力を高める時期にありました。実際どの国もそれなりに豊かで、どの階級の人々もそれなりに満足のいく生活を送っていました。武力争いもなくなり、今や騎士たちは、城や国境の警備に就いていればいいだけでした。神話の時代などもう遠の昔のお伽噺にすぎず、宝探しに出かけた騎士の物語や、邪な竜を退治した魔法使いの武勲は忘れ去られようとしていました。街は月に一度二度は、国の繁栄や平和を示すセレモニーで賑わい、王侯貴族はパーティを開き、庶民の間でも様々な興行が流行しました。ですが、軽業師の業も、吟遊詩人の詩でさえも、この頃は何処か本質を欠いているようでした。どんなによくできたものにも、何かが欠けていることは誰もが感じていたのですが、それでも人々はこの時代を楽しみました。

 

「喜ばしい時代ではないか。だけど、冒険はなくなった、騎士の立てるべき手柄や武勲はもうないのだ」

 

 サイハテは、成人には幾分手前の少年で、騎士団に属していましたが、まだ正式な騎士ではなく、見習いでした。父親は国家騎士団の一兵士で、母は城下町に住んでいましたが、見習い騎士のサイハテは両親とは別の所、騎士宿舎で、同じように訓練を受ける仲間たちと暮らしていました。

 彼は、父が国家騎士団に属しているからというわけではなく、昔よく話してもらった、かつての武勲に詠われている騎士や戦士に憧れて、騎士団に入りました。だけど、今一体何処の王が、こう命じるでしょうか――聖杯を探して来いと、あるいは、竜を討伐に行けと。

 人間はかつて、宝や金を手にするため、竜や魔物を倒し、世界を支配するため、あらゆる陸地をくまなく歩き回りました。そして今や、何処にも太古の宝は残っていないし、争いを避けて、魔法使いや、人間以外のエルフなどの種族は姿を隠したと言います。壮大な探索の旅をする騎士の代わりに、今はせいぜい、廃墟や滅びた海賊のアジトを探して回る、野武士とかレンジャーといった連中がいるくらいで、彼らは放浪の者として軽蔑されてさえいました。そんなのにはなりたくないし、かと言って城の衛兵として終わりたくもない…そうサイハテは思っていました。国の中で栄誉を得るには武術大会くらいしかありませんでしたが、またサイハテは特別力のある戦士というわけでもありませんでした。

 

「冒険に出たい……目的を持って。武勲に残るような冒険をすることが僕の願いだ」

 

 サイハテが、今、物語に出てくる騎士たちと同じようにできることといったら、詩を作ることだけでした。かつての遍歴の騎士たちは、また、優れた詩人でもあったのです。騎士の訓練が終わるとサイハテは、もう昔のように剣の試合や武術会に出ることはなく、いつしか、街外れの、丘の林へ向かい、そこで詩や物語を考えて過ごすようになりました。

 

 森にいると、街外れの宿や酒場に寄るレンジャーらとも会うことがありました。

 

「あんたもいっそ、レンジャーになったらどうかね?一日中気ままに旅をすることはできる(もちろん詩なんかいつでも作っていられるさ)。北の山には廃墟の城ならまだ幾らもあるし、南には海賊が財宝を隠したって洞窟もある。そうだな、竜はいないが」

 

「いや竜はおらんがな、ぼうずや、北の奥地では、城跡に巣食うドラゴン・フライ(※竜に似た大きなトンボ)や、それからまあ、大蛇を倒した強者がいるって噂はあるぜ。かく言う俺も熊殺しのクマソと言われておるがな。ガッハハ」

 

 サイハテはこうして彼に話しかけてくれるレンジャーたちに親しみを持ち、好いてもいましたが、彼らの話すこともまた、街の下らない吟遊詩人の詩と、大して変わらない、何か貧しいと思わせるものがありました。レンジャー仲間のうちで噂になったってそれが何になるというのだろう、街の武術大会とさほど変わらないなあとも、サイハテは思いました。

 しかしある時森で、レンジャーでもない、吟遊詩人とも商人とも思えない不思議な老人に出会ったことがありました。妖しさも、威厳もありませんし、まさか、こんな姿で魔法使いでは絶対にあるまいと思える優しい顔の老人でした。いや、本当に街外れに住むただの老人が、散歩をしていて林へ迷い込んで来ただけかもしれないとさえ思いました。だけどその老人はやはり普通の人とは、何処か違っていました。

 

「おぬしの詩を聞かせてもらったわい。なかなかのもんじゃったよ。だけど、おぬしの詩も何処か貧しいのよなあ」

 

 誉められたり、どんな評価でも意見してもらえるのは嬉しかったのですが、ただ貧しいと言われて、サイハテは少し不愉快になりました。

 

「街のセレモニーで詠う、吟遊詩人のようにですか?」

 

「いやいや、そういった類のものとは種類が違うんで比べようもないが、そうじゃのう……冒険心、探求心もある、志もある、それにそう、夢もある…だけどな、おぬしという人間の何処かがまだ貧しいのじゃ。時におぬし、騎士見習いさんのようじゃが、剣の方もしっかりやっとるかのう?」

 

「いえ…あの、ご老人殿、僕は騎士になりたいのですが、城の警備なんかじゃなくて、大きな旅を成し遂げたいのです」

 

「ふむう、わかるぞよ。しかしな、やはり騎士の基本は剣じゃ。おろそかにしたり、どうでもいいと思うのはいかんぞ。今のおぬしは、剣ではレンジャーどもにはかなわんし、また詩でも、人々を楽しませるという点に関しては、いくら中身がないと非難しても、詩の職人ではある吟遊詩人にはかなわんのじゃ。おぬしは冒険心も志もあるが、存在としては中途半端じゃな」

 

 サイハテは先ほどの不愉快な気持ちは消えていました、だけど納得はいきません。

 

「ですが、レンジャーになりたいわけでも、吟遊詩人になりたいわけでもないのです、僕は……」

 

「まあ、まだわからんのは無理もない。おぬしはまだまだ若い、チャンスもまだある。まずは、おぬしの中で、大きな冒険をするべきなのかもしれんな…それがどんなに苦痛で困難なものでも、武勲に残らん旅だとしてもな」

 

 老人はそう言うと、西の方へもう去って行こうとしました。サイハテはこの老人にもう少し話を聞きたい気分になっていましたが、うまく言葉が出ませんでした。と、老人は向き直って、こう言いました。

 

「しかし、ちょうど試練のチャンスは、目に見える形でやって来るだろう。お前さんの危機でもあり、皆気づかんじゃろうが、この国全体の危機になるかもしれん。武勲にもならぬ苦しい旅でも、受けて立つといい。その旅は、おぬしの望むような遠大な旅どころか、ちっとも遠くへは行かんものかもしれんぞ。じゃがそういう旅を乗り越え、本当に豊かな人物になってこそ、武勲に詠われるような人物になれるのじゃ」

 

 

 サイハテがここで奇怪な格好の乗り手に襲われたのは、それから数週間後の、騎士の野外実習が夕方まで続いた日でした。いつもなら昼過ぎには訓練は終わり、そのあと林で過ごすのは夕方までのことでした。あの日は夕方になってから林を訪れたのでした。あれ以来、昼間でも林へ行くのはためらわれるようになりました。友人に林で襲われたことを話しても、なかには荒っぽいレンジャーの連中もいるから夜には街外れには行かない方がいいと言われるばかりでした(青白い鬼火や、奇妙な靄のことまで話す気にはなれなかったのです)。

 

 ところがサイハテは、段々あることが気になり始めました。

 

「あの時僕は新しい詩を作っていた。確かに最後まで作ったのだ。あんな急な事件が起これば、いっときは忘れてしまうのも無理ないが、僕は自分の作った詩を忘れたことはない。もう一度あの時の詩を詠んでみよう。

 

   失われた物語 その中に彼らもまた消えたのだ

   聖杯探求の旅は終わり 行き場をなくした騎士たちは

   自らの心の中へ帰還する 誰も賞賛する者はなく

 

   異郷の星の投げる影 その下で数多の冒険を成し遂げようとも

   それを書き留める暇もなく 時と空を手に詩人たちは

   二度と探せぬメロディを詠う 今は永劫に忘れられた詩とともに

 

   今や人は光の世界 この時が直線を描く世にのみ生きる

   人々は影を追い払い 二つで一つを説いた導師たちは

   眠りの在り処に竜と住まう すでにこの世には亡き者として

 

    失われた物語 それらは私たちの中に消えたのだ

    新しい花を探す旅は今 円環する時間の中で私たちが

    夢と……

 

 夢と……? 夢とわ……夢とは、夢とは何だ?

 

 ここまで思い出せて、最後の言葉フレーズがどうしても思い出せない……。それに新しく考えようとしてみても、なぜかピッタリくる言葉が見つからない。ここにはあるべき言葉があった。それを僕は置き忘れてきてしまったんだ、あの林に……そうだ、あの時、あいつにそれは盗まれたのだ!」

 

 あの時の鬼火が、靄が、太鼓の音が、サイハテの頭の中に甦ってきました。あの乗り手が自分の真横を蹂躙した時、獣の不気味なうめき声が耳元でシュウシュウ言っていた時に、あいつは僕から僕の詩を掠め取ったのだ、そうに違いない。サイハテはあの時の、不気味な光景を思い出すと胸が悪くなりましたが、林に戻らないわけにはいかないことが分かっていました。

 

「あのいつかのお爺さんにもう一度会えないだろうか?」

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