崖崩れ
ナナは、夢の世界で崖崩れに遭遇しますが、何とかしようとジタバタします。
日が高くなり、食事休憩以外、ひたすら走り続ける。
途中で、9号車からSOSがあったが、それも爆音とともに消えて、ナビの画面上では車が七つになった。
始まって間もないというのに、すでに三つのチームが失敗したのだ。
とんでもないミッションだった。
逃げたい。
でも、逃げることはできない。
完全に巻き込まれてしまった。
一同の顔を見回して、リタイアに同意してくれそうなヤツを探すが、ここに至っても誰もやめる気がないようだ。
もういい。
そんなにやりたきゃ、やりゃ良いでしょ。
こっちは、最小限付き合うに留める。
勝手にしろってんだ。
車は、ひたすら走り続けた。
途中で男どもの間で運転手の交代があった。
外気の酸素が少ないレッドゾーン、つまり人類適応能力の範囲外となっている地域では、車のドアは開かない。安全のためロックされているのだ。結果、運転手の交代は、この狭い空間で苦労して体をかがめて行うのだ。
ご苦労なことだ。
同情なんかしてやんない。
しかも、単に走り続けただけじゃない。
途中の橋やトンネルが壊れていただけじゃなく、道そのものも老朽化して使用できない箇所まであって、迂回しなければならない場所――失敗したチームは、そういう場所で車を上手く動かせなかったようだ――がいくつもあった。
その都度、ナビは役に立たず――何しろ、ナビに入っているのは人工衛星から撮った写真で地図じゃない。
橋が落ちていることぐらい分かるが、アスファルトの状況なんか、はるか上空からは、判断はできない。
かろうじて、古地図とも言える古い地図が入っていたが、何の役にも立たなかった。
つまり、道路が陥没したり、トンネルが崩落したりしてるというデータがないのだ。
話を聞く限り、そういう情報を環境保護局へ送付すると、道路情報ポイントをもらえるらしい。
マリアたちの話から推測すると、道路情報ポイントというのは、ミッションの『おまけ』のようなもので、ポイントに応じて、ミッション終了後、ミッションの成否は問わず賞金が出るらしい。
しかも、リョウの話では、最後尾であってももらえると言うのだ。
ミッションの規定によれば、最後尾の報告を除くと定めてない以上、最後尾であってもポイントをゲットする権利がある、と言うのが彼の見解だった。
このとんでもないミッションの最中に、こんな些末な計算をするリョウという人が分からなかった。
だが、例え道路情報ポイントがもらえたとしても、現実に走っている身としては、道路がどういう状況になっているか分からないというのは辛いものがある。
現地へ行ってみないと分からないという状況なのだ。
リョウがナビの画面に映し出される写真を解析して、まともに通れそうな道を推定し、どうにかこうにか前進するが、本当に推定するとしか言いようがなかった。
宇宙のかなたから東名高速を見て、異常ないと判断しても、走ってみると、セメントやアスファルトに覆われた道路に穴が開いているということもあるのだ。
車がオフロード仕様になってる意味が理解できた。
どうにかこうにか走っていると、突然、崖が崩れた。
先に九台もの車が走ったので、その振動でそれまで何とか耐えてきた壁面が崩れたのだ。
それなりに安定した道路だと油断していた私たちは、アッと言う間に崖崩れに巻き込まれた。
「きゃーっ!」
「くそったれ!」
「何とかしろ!」
「馬鹿野郎。どうしてこんなことが起こるんだ!」
一同は、世界中を呪った。
先行する車から送られる情報では、崖が崩れそうだとか、そういうのは一切無かったのだ。
でも、考えてもみろって。
走る車の中から、誰が側の崖の状況までチェックするのよ。
みんな、とりあえず自分たちの車が無事通過できたことで、そこまでのルートが安全だと判断するだけだ。
「神様!」
絶叫して目が覚めた。
現実で、大汗をかいていた。
あまりの恐ろしさに息も絶え絶えで、やっとのことで冷たい麦茶を一口飲んで目を覚ました。
翌日、私は、再び東京からスタートした。やっぱり、夢は続くのだ。昨日崩れた崖の側を通らないよう、駄々をこねた。
何でも良い。あそこだけは通りたくない。
「いやよ。そこ右に回って。このまま直進すると、崖が崩れる」
「馬鹿言わないで。そんなこと、行ってみなきゃ分かんないでしょ?」
「そうそう、それに見てみろ。ここは、みんな直進したんだ」
「だからって、誰も崖まで確認してるわけないじゃない!」
「お前だって確認したわけじゃねえぜ」
私は、昨日その崖崩れに遭って、死にかけたの。
あんたたちだって、死にたくないんでしょ。
だったら、黙って私の言うとおり、あの道は迂回して。
そう言いたいのに、言うことができない。
「お願い。言うとおりして」
だが、一同に無視されて、再び直進し、またまた崖崩れに遭ってしまった。
ここで崖崩れに遭うと分かっていながら前進するのは、ものすごく怖かった。
死刑台に至る歩数を数えるみたいだ。
そうして、最初と同じ箇所で崖崩れに遭遇し、現実で目が覚める。
最初と違って、腹が立ってたまらなかった。
あれだけ忠告したのに、どうして私の言うこと聞いてくれないのよ。
だから、死んじゃうんじゃない!
馬鹿馬鹿馬鹿!
馬鹿が四人だから馬鹿の四乗。
あれだけ優秀なメンバーを集めたのだから、一人ぐらい、私の話を聞いてくれても良さそうなものなのに。
あの人たちは、私のことを無能な一般人だと思ってる。
確かに、その通りなのだけど。
でも、あのミッションは私の夢。夢なのだ。
極論すれば、私は登場人物であると同時に場を設定する神でもあるのだ。
まだ5時前だったが、眠れない。
窓の外で白々と夜が明けるのを黙って見ていた。
その日は、現実でも落ち込んでしまって、藤島先輩に慰めてもらった。
っていうか、どうして、夢ごときで慰めてもらうんだろう。ちょっと不思議な気分だ。
そして、今日、三度目の正直で、マリアと大喧嘩した。
だって、考えてもみてよ。この道は三回目なんだよ。
それを踏まえて、忠告してるのに、全く覚えてないフェロモンだけが取り柄の女に味噌くそに言われて、切れてしまった。
まあ、マリアに罪がないのも事実なんだけど。
それにしたって、いつまで経っても、東京から先へ進めない。
いい加減にしてくれってんだ。
で、あまりの剣幕におそれをなしたマリアが譲歩して、問題の交差点を右折してもらって、やっとのことであの崖崩れから解放された。
遅いっ!こちとら、限界だったんだ。
あの女、大嫌いだ。
で、そうやって走っていると、走っている橋が走行中に倒壊するという事故に遭遇し、きゃーとわめいて目が覚めた。
目が覚めると現実じゃベッドの上だ。
動悸が落ち着くのを待って再び寝ると、今度は、崖崩れで問題になった例の交差点からスタートした。
少なくとも、東京スタートだけは回避できたのだ。やれやれって気分だった。
フェロモン過多なマリアは、ナナの天敵です。