ミッション始動
夢の世界でミッションに出発します。持ち前の負けず嫌いのせいで、ミッションがどういうものか訊くこともできないナナは、一同に巻き込まれることになります。
空が白々と明け始める。遠くに靄がかかって、幻想的な様相を呈している。
整然と区画整理され、規則的に整えられた街に靄がかかると、水墨画かモノクロ写真のような風情がある。
これから向かう先は、今立っている場所からは見えない。
それは靄のせいじゃなく、居住区と郊外を分ける扉のせいだ。
これから先、私たちは、この扉の向こう、ここからは見えない場所を旅するのだ。
ここは、一種の城塞都市だ。都市の周りをぐるりと塀とエアカーテンでできたドーム――中世の城塞都市とは違い、空まで外界と分断されている――で覆ってあり、出入りするには、いくつかある扉を通らなければならないのだ。
4月の爽やかな朝。ミッションの参加者たちは、これから先の苦労より、ミッションをコンプリートした後の名誉を考え、興奮を抑えることができないようだ。
気が進まないのは、私ぐらいだ。
迷彩色の集団が一つまた一つと、クロスカントリーモデルの電気自動車でゲートアウトして行った。
ゲートアウト。まさにそんな言葉が相応しい。
まるで海中の潜水艦から船外へ出るみたいだ。
ゲートに気密室があって、一台ずつその部屋に入って、バルブを閉め、居住区から郊外へ出るのだ。
ここでは、居住区と郊外では酸素濃度が違うようだ。
現実でも多少違っていたが、ここでは、人類はドームの中じゃないと生存できない。
それほど居住区と郊外の酸素濃度の差が大きいのだ。
郊外を移動するときは、機密性の高い車に乗って、車に登載された酸素製造機能のお世話にならなければならないのだ。
「まだなの?他のグループはもう出発しちゃったわよ」
マリアがイライラして文句を言った。
「そりゃ、後の方が情報がもらえるけど、こんなに遅れちゃ、道路情報ポイントがもらえないじゃない」
ぶすくれたマリアの脇で、男三人はオフロード型の電気自動車の点検をしている。
屋根と側面に大きく『6』と書かれていて、上空から見れば、一目で私たちの車だと分かる目立ちすぎる車だ。
レオとナギは車体の、リョウはコンピュータ部分の点検をしている。
ナギは点検しながら、マリアをなだめた。
「どっちにしろ、名古屋で一泊しなけりゃならないんだ。あそこで追いつくさ」
「どうせなら、道路情報ポイントもゲットしたかったのに」
「道路情報ポイントは、あくまで『おまけ』だろ。
我々としては、ミッションをコンプリートすれば良いだけだ」
「でも、そのミッションだって、早い者勝ちなのよ。
一番にコンプリートしないと、折角頑張っても、単なるミッションの参加者、その他大勢になってしまうじゃない。
もう、ナナが車が爆破されることはないのって言い出さなきゃ、私たちだって、とっくに出発してたのに。
チームは全部で十もあるし、先行する車は道路情報ポイントだってもらってるっていうのに。ウチは、このドジっ子のせいで、最っ悪っ」
いつまで経っても点検が終わらないので、苛ついたマリアが八つ当たりした。
そうか、十のチームが競争してミッションを遂行するのか。で、最初に完遂したチーム以外は、完遂の栄誉をもらえないのだ。
ってことは、どこかのチームがミッションをコンプリートすれば、残りのチームがどうなろうと構わないってことになる。
数学か何かの問題を解くようなもので、解き方が分かれば、他のチームの任務は自動的に消滅するのだろう。
でも、道路情報ポイントって何だろう。
ミッションの『おまけ』ポイントらしいけど、まあ、おいおい分かるだろう。
ここは、こいつの挑発に乗らないようにしよう。
マリアは美しいが、思い通りにならないことをくどくど上げつらいたいタイプのようだ。
くどくど言って何とかなるなら言えば良いけど、言っても何にもならないことを言い募るのは、単なるエネルギーの消耗だろう。
この人も、敬して(?)遠ざけたい人だ。
こんな人たちと同じチームで行動するのだ。
先が思いやられるというか、何と言おうか。
仕方がない。これは夢、夢なのだ。
付き合いにくい人がいたって、そんな人と行動しなければならなくたって、夢なのだ。
目が覚めれば、あの暖かい人たちがいる。
一緒にご飯を食べて、たわいない話をして、試験に受からなかったらどうしようなんて重たっくらしいことは、とりあえず横に置いて――見て見ない振りして生きるのだ。
「大丈夫、のようだな」
「こっちもOKだ」
ナギが車体の下から出て来ると、レオもエンジン部分の確認を終えた。
それを聞いたマリアが勝ち誇ったように笑った。
「だ、か、ら、そんな心配は要らないって言ったじゃない」
「いや、ナナの言うとおりなんだ。念には念を入れた方が良い。
ミッションを妨害するテロリストだっているんだ」
「いやあね。ナギったら、こんなお馬鹿の心配性を真に受けて」
ナギが私を庇ったのが、面白くないのだろう。マリアは、媚びた様子で体をすり寄せた。
それを見たレオの眉がヒクヒク動く。
明らかに、マリアの言動が癇に障ったのだ。
そりゃそうだ。マリアはその美しさと能力からいえば、男が惹かれるタイプだ。
生憎と、女の私には、その魅力も威力も通じないけどね。
「ネエちゃんの老婆心かもしれねえけど、一理あるんだ。
点検するに越したことはねえだろう」
レオがわざとらしく私の味方して、これ見よがしに当てつけた。
おいおい、あんたが私に味方するってどうよ?
単に、マリアに喧嘩売りたいだけなんじゃない?
喧嘩売るのは勝手だけど、他人をダシにするんじゃない!
「あなたまでそんなこと言うから、こんなに出遅れるんじゃない」
マリアがそれを買って、まるで痴話喧嘩だ。
二人の間が険悪になりかけたとき、
「オッケー、異常なし」
と、リョウの声が上がった。
「全員乗車。出発するぞ」
これ以上チームの雰囲気が険悪にならないよう配慮したのだろう。
ナギが二人の言い争いを無視して声を上げた。
このエリートも結構腹が黒い。
普通、そこは両者をなだめるところだろうが。
打ち合わせ通り、運転席にレオ、助手席にナギが乗り、後部座席に私とマリアとリョウが乗った。マリアは、当然のようにナギの後ろに陣取り、ナギの指示でリョウが車の計器が見やすい後部中央に座る。
私は、残った席、つまり運転席の後ろだ。
もしかして、ここってパシリの席かも。
きっと(行き先にあればの話だか)駐車券を取ったり、荷物の受け渡しはこの席の人間の担当なのだ。
でも、他に何の取り柄もないのだ。
単純な肉体労働ですむなら、それで良いじゃないか、と腹をくくった。
何か特殊なことをしろって言われたら、どうしてできないんだって罵倒されそうだし。
助手席のナギがナビを操っているのを見ていて、興味が湧いた。
でも、これは、ナビと呼べるものなのだろうか?
ディスプレイ上出ているのは、地図じゃない。
白々とした映像で、よくよく見ると、人工衛星で移した写真そのものだった。
その写真の上の道路と思しき薄い線の上に番号を書いた車型のアイコンが十個動いている。
当然というか、やっぱりというか、6号車のウチが最後尾だった。
航空写真のような映像は見にくい。
地図にすれば良いのに。
思わず、そう言うと、マリアが馬鹿にしたように言った。
「地図なんか誰が使うと思ってんの?
こんなところ、ミッション参加者が通るだけじゃない。
地図作る意味なんかないわ」
リョウが、横から口を出した。
「写真を地図に変換するソフトでも作れば良いんだろうが、そんな必要性もないからな」
ってことは、この道を通るのは、ミッション関係者以外ないってことなのだろうか。
だったら、出発地の城塞都市――東京だと周りの人々は言っていたが、私の知ってる東京とは全然違っていた――に住む人たちは、一生、こっちへ来ることはないのだろうか。
謎だった。
私が、地図のことを悩んでる間に、ナギはやるべきことをしていた。
つまり、ナビの画面上のアイコンを指で触れ、当然のように連絡を取ったのだ。
「こちら、6号車。3号車どうぞ」
「こちら、3号車。6号車、無事出発したみたいだな」
「悪い。少し遅れてしまった。そっちは、東名を走ってるみたいだけど、状態はどんな感じ?」
「酷いもんだ。写真では分からないが、あっちこっちに亀裂がある。注意して走行してくれ」
「了解。ありがとう」
すごい。
これって、アイコンに触れると、自動的に通信できるんだ。
後部座席に座ってる私が遊ぶことはできないけど。
次の瞬間、ナビが軽快な音を立てた。
道路上に赤い×マークが現れて、音声案内がとってつけたように言った。
「東名高速、陥没あり。走行不能」
ナギは、ひとしきり、他のチームと連絡をとって、安全なルートを探していた。
遅れたせいで、こういうことが可能になったのだ。
これって、もしかして、怪我の功名かな。
うん。まあ、そういうことにしておこう。
回り中敵だらけです。ナナは、やっていけるのでしょうか。