意外な人物
ナナは、夢の中で意外な人と再会します。
ミッションのメンバーは残すところ三人だけになった。
死なれてみると、あの性格の悪いマリアでさえ良い女だったような気がする。
実際、嫌いだけど、死ぬほどのことじゃない。
マリアでさえそうなのだ。レオやヒロに至っては、結構良いヤツ等だった。
環境保護局は、どうしてこんな馬鹿げたミッションを計画したのだろう?
自分たちは、安全な場所にいて、通信で指示するだけだ。
その通信だって、神崎博士の行動エリアだったブラックボックス地域では使えないのだ。
日も沈んだので、たき火をして寝ることにした。
暗い中、これ以上、動き回っても成果は出ないだろう。
ギリシャ神話のプロメテウスは、人間に火を与えたため、神の怒りに触れたという。
たき火の火が、人類の原罪を見せつけるようで、切なかった。
星にも太陽にも地球にも、いずれ終わりが来る。
この地球が人類適応能力の範囲外になる日が来るのも避けられないことだ。
どうして、ジタバタする必要があるんだろう。
人は、終わりが来るその日まで、粛々と生活すれば良い。
人にできることは、それだけだ。
終わりが嫌だからといって、若者に無謀なミッションを強いるのはおかしい。
死んでしまったであろう環境保護局長に腹が立った。
彼の思いつきのせいでたくさんの人が死んだのだ。
責任取れってんだ。
腹切るぐらいじゃ済まない話だ。
知らなかった。
人間はこんなに泣くことができるのだ。
後から後から涙が溢れて、体中の水分がなくなってしまうんじゃないか、と思った。
ナギとリョウは、明日の相談している。
ここまで来たのだ。神崎博士の研究所の跡地を探そうということになったようだ。
良いけどね。
でも、今夜だけは、死んだマリア、レオ、そしてヒロのために泣いてあげても良いんじゃない?
何となく腹が立って、文句を言ったら、水を汲んで来てくれ、と頼まれた。
席を外せってことだ。
湧き水出る場所は、明るいうちにチェックしてあった。
偉いぞ、私。
ホシヨミがいれば褒めてくれるんだけど。
マリアだって、口先だけでも褒めてくれたはずだ。
ナギもリョウに望むのは、逆立ちしたって無理だろうけど。
筒に水を詰めていると、何かが動く音がする。
あの小型保護対象生物だろうか?
振り返ると、立っていたのは、あの琵琶湖周辺のブラックボックス地域で出会ったシュウだった。
「君は……?」
「やっぱり、たどり着いたんだ。
大した人だ」
って、どういうこと?
「あっちの二人には、ウチのスタッフが向かってる」
「向かってるって?」
「当局に連絡できないよう確保するんだ」
「確保するって?」
「ウチのグループに参加するか、それが嫌なら死んでもらうってこと」
「それって……」
唖然として声が出ない。
ゆっくり唾を飲み込んで問い質した。
「今まで、ズッと尾行してたの?
っていうか、あなたたち、もしかしてテロリストなの?」
「当局の言い分によれば、そうだろうね」
「どうして?
どうして、何の罪もない人たちの命を奪うの?」
「別に命まで奪ってないよ。
むしろ、東京にいるより安全で快適な生活を提供してる。
それに、気付いてるとは思うけど、当局はミッション参加者を救うために何の手段も講じていない。
事故で死にかけた人たちを助けてるのは、僕たちの方だ」
「当局は、救急隊を派遣していないの?」
「周知の事実だと思ってたけど、知らなかったの?
当局は、僕たちをテロリストだと弾劾するけど、僕たちに言わせれば、当局こそ、非道だ。
あたら優秀な若者に無謀なミッションを強いて命を賭けさせるくせに、救助にも向かわないで、使い捨てなんだ。
後々のフォローもできないなら、ミッションなんか止めれば良いのに」
「でも、保護対象生物の改良ができれば、みんな幸せになれるんだよ」
「幸せになれるのは一部の人たちだけで、一般の人々には何のメリットもない。
何をしても、人類は滅びるんだ。保護対象生物の家畜化なんか、一時の気休めにしかならない」
「でも、少しでも豊かに生きることができる」
「今もそれなりに豊かに生きてるよ。
それを邪魔してるのは、当局の方だ」
「それって……」
あまりの話に動転して息もできない。
そもそも、この子は一体何者なのだろう?
確かに、あの集落では、特別な扱いを受けていた。
でも、特別な子供という以上に、あの集落の長のような風格まであるのだ。
「シュウ、あんた何者なの?」
「神崎 秀のひ孫って言ったら分かる?」
唖然とした。
「おいで、ナナが行きたかった場所へ連れてってあげる」
そう言って手を差し出されると、催眠術にかかったように手を繋いでしまう。
この子の目力は半端じゃない。
しばらく歩くと、木の陰に洞穴があった。
そこが入り口だった。
入ると、中は、いくつもの部屋のある集合住宅のようになっていた。
左手に進むと、広い部屋があって、ベッドがたくさん並んでいた。
明らかに病室だ。
ベッドに寝ている人々を見て絶句した。
マリアがいて、レオがいた。
5号車のヨーコも1号車のメンバーも全員揃っている。
琵琶湖周辺で事故ったグループはそっちの方に収容されたらしく、ここにいるのは、1号車、5号車、6号車の面々だ。
ただ、ホシヨミだけがいなかった。
病室を見て回った後、応接室と思しき部屋へ案内された。
二人がけのソファに、ナギとリョウが座っていた。
二人の前に立った人が、掌をかざしている。
「安心してください。洗脳を解いているだけです。
少し時間がかかりますが、体や脳に負担がかかることはありません」
「洗脳って?」
「あなたも気が付いたでしょう?
ミッションの参加者は洗脳されているのです。
ミッションをコンプリートすることこそ人類の使命だというあれです」
やっぱり、とは思うけど、これも逆の意味での洗脳なんじゃないだろうか?
もう、ワケが分かんない。
ブラックボックス地域で最年長ともいうべき人が現れて、シュウとともに私に席を勧めた。
あの琵琶湖付近の集落では会わなかった人だ。
「環境保護局長、あなたも面白いお人だ。
自分に忘却術を施してミッションに参加されるという情報は入っていたのですが。
当局を欺くために必要だったのでしょうが、まさか、こんなお茶目なことをなさるとは。
とりあえず、忘却術を解除しないことには、始まりませんね」
そう言って、老人は微笑んだ。
ナギとリョウの洗脳を解いていた人が、こっちへ来た。
あの二人は、少し眠った方が良いようです。
そう言いながら、飲み物を手渡す。
ハーブの混じったココアのような飲み物だ。
それを飲むと、まったりした。ミッションが始まってからの様々な出来事が走馬燈のように去来する。
目の前で、パンという音がした。
術者が両手を叩いたのだ。
それで全てを思い出した。
正義の味方だと思っていた当局が『悪』で、ミッションのことを何も知らなくて右往左往していたナナが環境保護局長だったという落ちは、早い頃から考えていたのですが、いかがでしょう?




