グループ分け
夢の世界で、ミッションのためのグループ分けがあります。
迷彩色のユニフォームを着た五人のメンバーが集まっている。同じようなグループが、部屋のあちこちで手にしたレジュメをもとに話し合いを持っている。
「じゃあ、まず、リーダーの選出だな。それから、ルートの検討って順番になる」
「その前に、自己紹介しないこと?」
「そうそう、初めて会う面子だしな」
それじゃ、私から、と、美しい女性が口火を切った。ほっそりとした体つきで、モデルか女優にでもなれそうな美貌だ。
「ここでは、コードネームっていうか、このチームで使うニックネームで呼び合うってことだから、私のことは、『マリア』って呼んでちょうだい。
得意は語学。英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ハングル、それに中国語ができるわ。あと、ミッションには関係ないけど、ミュージカルを目指したこともあるから、歌とダンスも得意よ」
一同の感嘆するような視線を当然のように受け止め、マリアは大輪の薔薇のように微笑んだ。
そう、婉然と微笑んだのだ。
じゃあ、次の方、どうぞ、と。まるで女王さまのように。
俺……か。マリアの右隣に座っている男が呟いた。
「俺は、『リョウ』で良い。職業はSE。
本職は当然、趣味のハッキングには自信がある。
俺がここに呼ばれたのは、本職よりそっちの腕を買われたんだろう」
リョウと名乗った青年は、多分、屋外で活動することが少ないのだろう。
肌が病的な青白さで、気だるげな目つきが独特の雰囲気を醸し出している。
その隣の小麦色の肌をした背の高い男が立ち上がった。
美しい筋肉に覆われた体は、ギリシャ彫刻みたいだ。顔立ちだって、高い鼻梁と大きな目が印象的で、日本人離れしている。
日本人にギリシャの神々の体型や容貌を求めるには多少無理があるっちゃあるが。
本当に日本人なのだろうか? もしかしてハーフかクオーターじゃないだろうか。
絶対余所の血が混じってる。美術の教科書に出てくるような均整のとれた体型なのだ。
「俺は『レオ』だ。古いタイプの車の整備の仕事をしてる。リニアやホバーじゃなく、道路を転がす、いわゆるクラッシックカーってヤツだ。
どっちかって言うと、仕事より運動能力に自信がある。多分、評価されたのはそっちの方だろう」
自分に自信がある者が持つ独特の横柄さで、一同を見渡した。
第一印象が良かっただけに、出て来た台詞に失望した。
好きになれそうにない。っていうか、もろ、嫌いな人種だ。
マリアの見下すような視線。
リョウの他人に興味がない様。
レオの傲慢なまでの自信たっぷりな態度。
あんまり好きな連中じゃない。
正直に言えば、嫌いなタイプばっかだ。
この三人と行動をともにしなければならないのだろうか。
できれば遠慮したい。
嫌な予感がした。
ここにいる以上、この連中から逃げることができないんじゃないだろうか。
なるべく付き合いたくない。
最小限の申告に留めることにした。
視線が痛くて、声が震えた。
「『ナナ』と呼んでください。大学四回生で法経職試験の受験生です」
一瞬で場が固まった。
よっぽど意外だったのだろう。目を上げると一同の怪訝そうな顔があって、マリアが馬鹿にしたように切って捨てた。
「あら、平凡なのね。このミッションの参加資格って、何か他の人と違う才能があるってのが条件なのに」
他人に興味がありそうもないリョウまで、訊いてきた。
「何か特殊な能力、例えば超能力とか持ってないのか?」
「そんなもの、ありません。ごくごく平凡な学生です」
一同の上から目線にますます身がすくむ。
でも、ミッションって一体何なんだろう。
この人たちは、自分たちが、何らかのミッションのために招集されたことを知っている。
でも、私は知らないのだ。
三回もエラーをくらったあの良く分からなかった英語の文章に書いてあったのだろうか。
侮蔑しきったマリアをなだめるようにレオが言った。
「マリアが言うのは、招集条件にあった『ギフテイッド』ってヤツだろ?
こいつに特段の能力がねえなら、平凡なネエちゃんが、何らかのミスで紛れ込んだってことになる。
五人のうち一人が使えねえってのは痛いけど、メンバー変更できねえってのがルールだ。
まあ、この子には、それなりに働いてもらおうぜ。
少なくとも足手まといには、なるなよ」
最後の一言は、私に向けて放たれた言葉で、ほとんど脅しに近かった。
それができないなら、さっさと退場しろ。そう、態度で示していた。
ムッとしたが、それより、メンバー変更できないというルールを知って、頭を抱えたくなった。
こいつ等とチームを組むなんてとんでもない。
棄権したいのは、こっちの方だ。
「そう言えば、あなた、研修で単語も分からなかった子じゃない?何か特殊な能力でもあるのかと思ってたんだけど……。
まあ、邪魔だけはしないでちょうだいね」
マリアがため息をついたとき、五人目が口を開いた。
「その子の能力を簡単に見切るのは、どうかな?
このミッションにギフティッド以外が紛れ込む可能性は極めて低いんだ」
一同の視線が最後の一人に注がれた。
他の三人とは明らかに格が違う。
彼は、一同を睥睨して、無表情に語った。
「僕は、『ナギ』。
大学三回生のとき法経職試験に合格した。卒後農林水産省に入り、そこからオックスフォードへ派遣され、現在生物学の研究をしている。専門は、は虫類だ」
レオが感嘆の口笛を吹き、マリアの目が熱を帯びる。
他人に興味がなさそうなリョウでさえ驚いたように見つめた。
私は、目の前のエリートをまるで希少動物でも見るような気分で観察した。
明らかに現実で会う法経職試験の合格者とはタイプが違う。
いわゆるギフティッドの極みみたいな人間だ。
ああ、嫌だ嫌だ。
いるんだな、こんなエリートが。
文系にも理系に通じていて、しかもそれぞれがあり得ないレベルなのだ。
目の前の男をしみじみ眺めた。
長身で、スタイルも良い。
しかも、顔立ちも端正でモテそうなタイプだ。
レオが野性的でフェロモン過多なタイプなのに対し、こっちは、あくまでも理性的でストイックな感じがする。
マリアは美しい顔に媚びた表情を浮かべ、レオが敵愾心をむき出しにした。
こういうところがお約束どおりというか、底が浅いというか、まあ一言でいうなら正直な人たちだ。
まあ、女にとっては獲物、男にとっては敵なんだろう。
ナギの表情には一片の暖かさも見られない。甘さが全くないのだ。
自分に対しても他人に対しても厳しいのだろう。
完璧すぎて敬して遠ざけたいタイプだ。
マリアたち三人も好きじゃないのに。あんたも……ってか。
待てよ。ってことは、このグループでは、誰一人味方というか私好みの人間がいないことになる。
それは、痛いかも。
でもまあ、こいつ等に期待できないなら他の登場人物に期待しよう。
ものごとは、なるようにしかならないものなのだ。
結局、ナギがリーダーとなり、一同協力して西から山岳地帯を迂回し、その後北を目指すことになった。
北を目指す。
私を除くメンバーは、全員、何のために北を目指すのか、その目的を知っているようだ。
知らないのは、私だけ、のようだ。
研修で説明があったらしい。
だが、私は三回エラーを食らったことしか覚えていないのだ。
どうしよう。周りの馬鹿にし切った視線の中で、そもそもミッションって何ですかなんて、訊けるわけがない。
どうやって訊けば良いのか教えて欲しいくらいだ。
しばらく悩んだが、仕方がない。ばっくれることに決めた。
こいつ等に適当に合わせていれば、そのうち目的も分かるだろう。っていうか、はっきりするはずだ。
それまで、話を合わせて付き合うだけだ。
こんな私を、いい加減な女と呼んでくれ。
蒼白な顔をしていたのだろう。
リョウが、大丈夫か、と声を掛けてくれた。
「あんたみたいな子には無理なんじゃないか?
目的を達成するのも難しいが、途中で死ぬヤツもいるって話だ。
それ以前に、ストレスで鬱になるヤツもいるらしい」
「大丈夫です」
リョウが、思いの外優しいことに嬉しさを覚えて、これだけは、と自信をもって答えた。
だって、これは夢。夢なのだ。
夢の中で何があろうが、大丈夫。現実の私は、この夢を、怖かったとか凄かったとか思うとしても、それだけだ。
死ぬこともなければ、病気になることもない。
私の反応を、マリアは何も知らない馬鹿がワケも分からずに意地を張っていると思ったようだ。
「棄権するなら今のウチよ。つまらない見栄張って、後で苦労するのはあなたなのよ。
っていうか、さっさと棄権してくれたほうが、足手まといがいなくって都合が良いんだけど」
と冷笑した。
だ、か、ら、何度も言うようだけど、意地も何も、どうやったら棄権できるか、その方法さえ知らないんだってば。
棄権してほしいなら、馬鹿にしてないで棄権の仕方を教えてくれってんだ。
でも、これは、夢。夢なのだ。
主人公の私が、夢から逃れることができるわけないじゃない。
馬鹿は、そっちだっちゅうの。
ミッションから逃れたいけど、そもそも棄権の仕方も知らないナナは、ミッションに巻き込まれることになります。




