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これは夢、夢なのだ。  作者: 椿 雅香
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水難

夢でホシヨミの車が水難に遭います。

 言うまでもないことだが、金沢に充電設備はない。


 ということは、車の電池が切れたら予備のバッテリーを使うしかないわけで、更に言えば、隠れ里の跡地に充電設備がなかったら、私たちは、そこから歩いて東京へ帰らなければならないことになる。


 食料も、残り三日分しかない。

 酸素がない地域では、食べ物は望めない。


 どこかに存在する隠れ里にたどり着けなければ、命の保障がないことになる。

 


 決断のときだった。




 三チーム集まって検討した。




 大学跡地でも田所病院でも、めぼしい発見はなかったことから、田所大輔の端末を参考に、ブラックボックス地域を探すしかない、と意見が一致した。


 確かに乱暴な理屈だが、他に方法もないのだ。これしかなかった。

 



 三つのチームのコンピューター担当者が知恵を絞る。


 どんなに詳しく調べても、白山麓にブラックボックス地域が存在するようには見えなかった。

 

 

 人工衛星からの画像には、琵琶湖周辺の緑地帯は映るが、金沢の緑地さえ見当たらない。

 領域の面積が人工衛星から観察されるほど広くないのだろうか?

 

 


 三チームのリーダーは決断した。


 白山麓へ向かって、行ってみるしかないのだ。

 走って走って走って、予備のバッテリーの電池が無くなったら、歩いてでも前進するしかない。

 

 上手く行けば、隠れ里にたどり着く。

 たどり着かなければ、命を落とすだけだ。




 一同は、このミッションに参加したときから、死ぬかもしれないと覚悟を決めていた。



 ここで、諦めて帰るにしても、ここまでの行程で唯一安全だった名古屋へ無事にたどり着ける保障もないのだ。



 恐ろしい。


 こんなこと、やめようよ。死ぬかもしれないんだよ。



 そう言いたくても、そんなことを口にできるような雰囲気じゃなかった。


 ナビを睨んで進み、ブラックアウトしたら、そこが隠れ里の領域だということになる。



 食料と水の確認をして、一同、覚悟を決めた。


 誰も、このミッションをリタイアすると言わない。




 自分の無力さを感じた瞬間だった。


 深呼吸をして、腹を決めた。



 これは夢、夢なのだ。

 例え周りのみんなが死んだとしても、私が死ぬことはないはずだ。


 でも、みんなが死ぬのも見たくないのだ。




 


 食料の余裕もなく、日も高いことから、さっさと出発することになった。

 三日分の携帯食料がこんなに切なく見えたことはない。


 これしかないと思えば、味をどうこういう筋合いじゃない。

 背に腹は替えられないとは、このことだ。


 何とかブラックアウトする箇所を探したい。

 三台の車は、1号車、5号車、6号所の順に並んで走ることにした。

 

 双眼鏡で、1号車は前方を、5号車は右側を、6号車は左側を観察しながら走った。


 川の側で休憩した。早いとこ、酸素の潤沢な場所を探さないと、車の中で寝なければならないことになる。


 車のバッテリーの状態もすこぶる頼りない。

 充電器がないというのは、絶望的なことだった。


 今使っている電池が切れたら、車に搭載されていた予備のバッテリーで行けるところまで行くだけ行って、最後は車を見捨てて徒歩になる。

 酸素は、食料に加えて頭の痛い問題だった。



 考えるだけで背筋が寒くなるので、なるべく考えないことにした。

 そう、見て見ない振りをしたのだ。


 

 こんな状態でミッションを続けよう、という一同の神経を疑った。

 と言うか、この人たちの頑固なまでの意志は普通じゃない。


 何かに洗脳されているのだろうか?



 私が半分寝ていたあの研修は、よくあるセミナー商法や何かの洗脳プログラムのようなものだったのだろうか?


 つくづく、寝てて良かったと思った。


 でも、洗脳されずに済んでも、こんなところで、反対なんかできやしない。



 群衆というには小さいが、たくさん人の中で、一人だけ反対の立場を鮮明にするのは勇気が要る。




 何しろ、今ここで反対したら、ミッションコンプリートを祈願して、生け贄にでもされかねない勢いなのだ。



 仕方がない。私が死ぬことはないと信じて、後で、ホシヨミと善後策を相談しよう。


 何故か、ホシヨミだけは、洗脳されてるんじゃなく、分かっていてそういう振りをしているように見えた。

 

 って、単なる勘なんだけど。


 

 

 

 そのとき、急に川の水かさが増した。

 上流でスコールでもあったのだろうか?


 呑気に川の水位なんか見てる場合じゃなかった。

 あれよあれよという間に、車輪の半分が水に浸かってしまった。

 水の流れは、かなり速い。

 

 三台の車は運転手の勘だけを頼りに、助かりそうな場所を目指した。


 ウチのチームのレオは、さすがだった。即座に「どっちだ?」と訊いたのだ。

 ここまで散々、私がルートを指示して来たのだ。

 もはや、条件反射の域に達していた。


「右」

 そう答えると、彼は急発進して、思いっきりハンドルを右に切った。


 後は、ひたすら川から離れた場所を目指す。

 平野では、水は広くあまねく広がる。走っても走っても、水かさは減らない。濁流で車が流れそうになる。

 捕まってたまるか。

 必死で走って、ようやく小高い丘にたどり着いた。



「グッジョブ!」

 他のメンバーたちともに、口々にレオを褒めた。



 実は、先週、同じ場面で、左って言ったためゲームセットになってしまって、痛い思いをしたのだ。


 で、今回は右を推奨するしかなかったってのが、正直なところだ。

 でも、まあ、なんとか水難をクリアできたのだから、良しとしよう。


 自分たちの安全が確保できると、人は仲間の心配をするようだ。


 5号車と1号車は……。

 見ると、1号車が逃げた場所は、私たちのたどり付いた場所から幾分離れてはいたが、何とか水から逃げることができそうだ。


 でも、5号車は……さっきレオが右にハンドルを切った辺りで左に逃げたようだ。エンジン部分が水没して、動かなくなっていた。



「ホシヨミ!」

 思わず叫んでいた。


 ホシヨミは、メンバーと車を捨てて逃げようとしていた。

 

 水難で車を失う。

 占いのとおりだ。


 五人は、水の中を歩き出した。

 水が膝近くまで来てるのだ。5号車の面々は小型の酸素ボンベをくわえ、ホシヨミを真ん中に手を繋いで歩き出す。

 私たちの方へ向かって。


 そうしている間にも水の勢いは増す。


 

 ホシヨミを助けたい。

 彼を助けるには、どうすれば良いのだろう?




 そうだ。私があそこへ行けば良い。


 それに気が付いて、無茶を承知で迎えに行った。


 ナギやマリアが必死で止めたが、あいつ等の言うことなんか聞く気にもならなかった。


 だって、これは夢、私の夢なのだ。

 私が助けに行けば、助かるはずなのだ。


 少なくとも私と一緒にいれば、死ぬことはない。


 歩いてみると、結構流れが速いことに気が付いた。


 ヤバイ。私まで巻き込まれそうだ。



 何とか歩いて、ホシヨミたちに近づく。


 ホシヨミに向かって手を伸ばすが、口にくわえた酸素ボンベが邪魔で上手く行かない。


 うっとおしい。もう少し、後少しで手が届くのに。

 

 私と手を繋げば、ホシヨミは助かる。

 助かるはずだ。



 時間が経つにつれて、ひたひたと水かさが増す。膝の上まで水が来た。


 ホシヨミの右隣を歩いていた女性――確か、ヨーコとか言う人だ――が転んだ。

 ホシヨミと右端の男が ヨーコを引き起こそうとするが、上手く行かない。逆に繋いでいた手を離してしまう。

 ホシヨミは慌てて左隣の青年から手を離し、両手を伸ばす。

 彼の目の前で、ヨーコと彼女の右隣の男は流されて行った。


 助けを求めながら、流されていく二人。

 あの人たちも、ミッションの中止を言い出すことはなかった。

 死ぬかもしれないのに。

 そして、実際、死んだのだ。


 ヨーコたちの後を追おうとするホシヨミの背中に飛びついて止めた。


「ダメ!助けるなんて無理よ。

 あなただけでも助かって!」

「残りは助かります。

 でも、もううんざりです」


 


 両手で顔を覆うホシヨミの目が暗くよどんでいた。


 指の隙間から涙がこぼれた。


「これ以上、ここに留まりたくないのです。

 連れていってください」

「どこへ?」


 ウチのチームが避難した場所でないことは確かだ。




「あなたの世界へ」


 この人は、ここが私の夢の中だということを知っている。

 でも、夢の中の人を現実リアルへ連れて行くって、どうすれば良いんだろう?

 その方法が分からない。


「願ってください。ただ、願えば良いのです」


 


 願って叶うというのなら、八百万の神々に願おう。



 このイケメンを救いたい。

 この優しい人を救いたい。

 この絶望的な夢から私の生きる世界へ、この人を連れて行きたい。




 願って願って、祈って祈って。

 神さま、どうか、私の願いをお聞きとどけください。


 必死で祈っていると、いつの間にか勢いを増した水に捕まってしまった。



 動けない。

 水流がすごくて動けないのだ。

 情けない。ホシヨミと手を繋いでチームへ戻ろうとして、二人してバランスを崩して転んだ。さっきのヨーコみたいに。

 私もホシヨミも、バチャバチャと意味なくジタバタして。空しく水を叩いて、しこたま水を飲んだ。


 ホシヨミは残る二人に避難を促し、私とともに流された。


 

 ホシヨミの手は大きくて柔らかい。

 それがひどく嬉しくて、このままこの夢が終われば良いのに、と思った。ミッションなんかどうでも良い、と思った。



 これ以上、この夢の続きを見たくない。


 そう思った。




ナナはホシヨミに死んで欲しくないのですが、彼女の力では、どうすることもできないようです。

頑張れ、ナナ!

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