藤島先輩の結婚と大学卒業
現実世界で、藤島先輩が結婚します。そして、ナナは、大学を卒業します。
法経職試験の最終合格発表があり、六回生は下馬評通り全員合格を決めた。
五回生の竹村先輩は二次の論述で敗退。我々四回生代表(?)の森川くんは、現役合格の快挙をなし遂げた。
私の採用試験は、三勝一敗だった。三勝したうち、どっかへ就職する。どこにするか、まだ決めてないんだけど。
どこへ行くにしても、勉強して勝ち取ったところだ。
学生時代の頑張りが評価されたと自惚れても良いだろう。
就職先で今以上に頑張って、キャリアウーマンを目指すのだ。
悩んだ末に、京都に就職することにした。
就職先が決まって、研究室へ行かなくなった。
たまに伸ちゃんとお茶を飲むぐらいで、ほとんど単独行動だ。
この前、久しぶりに六回生に出会った。
藤島先輩の結婚式が間近になっているけど、森田先輩の結婚式は、まだなのだろうか?
多分、森田先輩の結婚式は、卒業式の後だろう。
いずれにしろ、相手の人も知らないし、結婚式に呼ばれることもないだろう。
森田先輩たち六回生とは、これっきりになるだろう。
お互い独りぼっちの山下先輩と、何となく一緒に歩いた。
山下先輩は優しい。
藤島先輩がいないから、ことさら優しくしてくれる。
この人と恋ができれば良いのに。
藤島先輩が以前、私と山下先輩が付き合えば良いのに、と言っていたのを思い出した。
藤島先輩にすれば、私も山下先輩も気になる友人だから、友人同士がくっつけば一挙に心配ごとが減ることになる。
確かに、山下先輩と恋に落ちれば、四方八方上手く行くだろう。
でも、藤島先輩のお節介は、小さな親切大きなお世話で、そうそう上手くは行かないだろう。
山下先輩も、同じことを藤島先輩辺りから言われているのだろう。
私の顔を見ながら、優しく言った。
「七瀬さんは僕を藤島の代わりしたいんじゃない?
でも、それは、七瀬さんにとっても良くないよ」
そう言われて、愕然とした。
私は、藤島先輩の代わりが欲しいのだろうか?
別に、藤島先輩が全てだったわけじゃない。
ただ、おひとり様が現実味を帯びて来て、人恋しいだけだ。
人恋しいとき、近くに山下先輩がいた。
それだけだ。
でも、それって、山下先輩には、失礼なんじゃないだろうか。
数日後、藤島先輩と久しぶりに散歩した。
多分、最後の散歩になるだろう。
藤島先輩は、意味深に言った。
「七瀬さんは、俺たちの妹みたいだったから、みんなが大事にしてた。
でも、それが、仇になったかもしれないね」
……仇になる。
好意が仇になるってどういう意味だろう?
そう言えば、山下先輩に対しても好き放題しすぎたかもしれない。
藤島先輩のこともあるから、気を遣ってくれるのを良いことに、結構、言いたい放題言ってしまったような気がする。
随分前、そう法経職試験の二次試験の前ぐらいに、藤島先輩と五回生の柴本先輩が喧嘩をしてるのに、出くわしたことがある。
私が研究室に入っていくと柴本先輩と藤島先輩が怒鳴りあっていた。
他に誰もいなかったから、思いっ切り喧嘩できたんだろう。
私が入っていくと、二人はギョッとして喧嘩をやめた。
柴本先輩が私を見て、そのまま視線を藤島先輩に移して、睨み付けた。
私に関わる何かで喧嘩してたと考えるのは、考えすぎだろうか?
卒業式の前に、藤島先輩と亜季先輩の結婚式あって、サークルメンバー全員が招待された。
っていうか、親戚を集める正式な結婚式は別にすることにして、友人だけ集めた二次会みたいな披露宴をしたのだ。
その結婚式で、私はアイドル歌手の真似をして歌って踊った。この日のために、せっせと録画を見て覚えたのだ。
結構好評で、伸ちゃんが結婚するとき、またやってあげよう、という気になった。
こんな私をお調子者と呼んでくれ。
振り袖を着て藤島先輩に並んだ亜季先輩はなかなか良い感じで、二人は仲良く人生を歩いて行くのだろう、と思った。
森田先輩も高校時代から続いている恋人と結婚するということだし、先輩たちの未来は明るい。
『すべて世はこともなし』って感じだ。
何となく展望が開けたようで、開放感に満ちた披露宴だった。
お二人とも、お幸せに。
式がお開きになると、以前、藤島先輩が言っていた台詞を思い出した。
「七瀬さん。結婚って、パラダイスなんだ。
七瀬さんも早いとこ良い人見つけて、結婚したら良いよ」
パラダイス……。
って、藤島先輩って、何考えてるんだろう?
そりゃあ、籍が入っていようがいまいが、やることは同じだ。
でも、祝福されて行為に及ぶのと、同じ行為をして周りに気兼ねするのじゃ、大きく違う。
そう言いたかったのだろうか?
今日から、藤島先輩と亜季先輩は、祝福されて一緒に暮らすのだ。
おめでとう。
それにしたって、私には他人事だ。
藤島先輩が私に気を遣うと亜季先輩が怒るという噂を聞いたが、それだって知ったこっちゃない。
亜季先輩、心配しなくても、藤島先輩はあなた一筋ですよ。
私だって、藤島先輩とどうこうなろうと思わないんだから。
列席した先輩たちは、藤島夫妻に幸多かれと口々に言祝いだ。
学生時代と決別した瞬間だった。
この後ある卒業式より藤島先輩の結婚式の方が、学生時代の終わりを感じた。
藤島先輩の結婚式が終わってしばらく、六回生とも伸ちゃんとも会わなかった。
暇をもてあました私は、つらつらと四年間を反すうした。
大学の合格が決まって、天にも昇る心地で舞い上がったこと。
栄誉ある入学式のこと。
家族と別れて下宿を始めたこと。
勉強サークルに入ったこと。
伸ちゃんや上野麗子と仲良くなったこと。
研究室で藤島先輩たち六回生に会ったこと。
法経職試験の受験と挫折。
一般公務員試験の合格。
様々なことがあって、様々な人たちと付き合った。
好きな人もいたし、あんまり好きじゃない人もいた。
でも、これが私の四年間だ。
私の学生時代は終わった。
学生時代の成果を手に、社会へ出て行くのだ。
私は一人で進むのだ。
家族とは、大学へ来たとき別れた。
帰る場所ではあっても、日々、そこにいてくれるわけじゃない。
今また、友人たちと別れて、先輩たちと別れて、一人で生きようとしている。
自分で望んだことだ。
新しい道が待っている。
期待に胸がふくらんだ。
だが、自由の後ろに見え隠れする『お一人様』の現実に、硬質な何かを感じて、初めの一歩を踏み出すのに緊張する。
卒業前に、ゼミの友人たちと飲む機会があって、居酒屋で盛り上がった。
みな、就職したり、留年したりして、それぞれの道を行くのだ。
短い付き合いだったが、それなりのものがある。
法経職試験の受験のため留年する者。
どっかの地方公務員になる者。
国家公務員になる者。
民間企業に就職する者。
それぞれの人生が、様々に展開される。
卒業したら会うこともない連中だ。
でも、四年間一緒に過ごしたのは、確かだ。
安い焼酎を水で割って飲む。
学生は、せいぜい発泡酒どまりだ。
一同、思い出に浸って、何となくしんみりしたとき、会場をしばしの静寂が支配した。
その間隙を縫って、隣の部屋の会話が漏れ聞こえた。
「だからな……のヤツ、移住計画からドロップアウト……だって。
馬鹿だよな。いくら金沢で一番大きな病院の娘婿……からって、散々世話になって……今頃何だって……よな。
お前の言うとおり、嫁が悪か……だ。
神崎たちはカンカン……あの嫁の勝ち……」
時々、噂として『ヤツ等はみんな恋をする』の面々が出てきます。今回は、工藤改め田所大輔のターンです。




