ミッションの目的
ナナは、夢の世界でホシヨミからミッションの全貌を教えてもらいます。
衝撃のあまり、息が止まりそうになった。
この人は、ここが私の夢の世界だということを知っている。
でも、夢の中の人に、ここは私の夢の中なのだなんて言えるワケもない。
彼にとっては、存在そのものを否定されることになるのだ。
とっさに、話題を変えた。
「閑話休題」
「何でしょう?」
「保護対象生物のことを教えて欲しいんだけど」
「研修で学んだ程度しか知らないのですが」
「それで良い。
っていうか、正直、研修内容を覚えてないの。
だから、どんなことでも良いから教えて欲しいんだけど……」
「まさかとは思うのですが、ミッションの目的も覚えてないとか……」
「白状すれば、そういうこと……です」
「大した人だ」
ホシヨミは小さく微笑んで、だから良いのかも、と独り言を言った。
「このミッションは、保護対象生物の研究をしていた神崎博士の研究成果を回収することを目的としています」
「神崎博士って?」
「保護対象生物を創造した人です。元は、金沢の学生だったらしいのですが、食料危機のとき、友人たち一緒に、隠れ里運動に参加されました」
「隠れ里運動って?」
「言うなら、既存の食料流通システムに見切りをつけて、自分たちのグループで自給自足して食料危機を乗り切ろうという運動です。
博士たちのグループは、金沢に近い白山麓の廃村に移住したという説と日本海沿岸の漁村に移住したという説の二説あります。
移住後、食料の心配をしなくてすむようになった博士は、二酸化炭素を酸素に変える研究を重ね、創り上げたのが、保護対象生物なのです」
「あれが、二酸化炭素を酸素に変えるの?」
「ええ、もともとは、は虫類か両生類の一種らしいのですが、あの緑色の表皮に葉緑体が凝縮されているそうです。
あの生物が存在するだけで、マングローブに匹敵する光合成を行うと言われています」
「あれって、動物と植物の両方の性質を併せ持つの?」
「ええ、冬虫夏草のような感じですが、より高度で有益だと言われています」
「緑は、光合成を行うとして……じゃあ、赤いのは、どういう……」
「自然界で繁殖すると、十頭に一頭の割合で赤が生まれるのですが、その理由が分からないのです。
一説には、博士が赤の必要性を感じて創造したとも言われています。
赤は緑の天敵で、緑を食うのです。光合成もしないし、人類にとっては、いえ、呼吸する生物にとっては、厄介者だといえます。
それで、保護対象生物の研究をしている学者たちが、赤を駆除するためにも、それ以前に、緑の気性を穏やかなものにするためにも、環境保護局に対し神崎博士が研究したデータを入手するよう要求したのです」
「そんなもの、どうせコンピューターに置いてあるんでしょ?
それをネットでもらえば良いんじゃない?」
「それが……神崎博士は、ハッキングやウイルスを心配して、使用するコンピューターをネットに繋いでいなかったのです。
それが、そもそもの出発点です」
「今どき、オフラインなの?信じらんない」
「隠れ里の中のコンピューター同士は繋がっていたらしいのですが、隠れ里の情報を隠すため、外との交信用に設定した一台以外は、閉鎖地域内で完結していたようです」
「で、その情報を探しに行くって?」
「ええ、正確にいうと、情報プラス改良型保護対象生物の卵若しくは遺伝子を探すのが、このミッションなのです。
卵があれば、孵化させて繁殖させれば良いですし、遺伝子があればクローンも視野に入れることができます」
「改良型保護対象生物って?」
「先ほどの戦いを見てもお分かりのように、保護対象生物は気性が荒く、攻撃性が強いのです。
比較的穏やかだと言われる歩行タイプであのレベルです。
攻撃性が最も強いといわれる飛行タイプにいたっては、空飛ぶ物は何であれ、見逃してくれません。
ひたすら攻撃してくるのです。
おかげで、鳥類の中には絶滅したものもありますし、人類は飛行機やヘリコプターといったものを使えなくなってしまいました。
突然、体当たりしてくるのですから、攻撃される方はたまったものじゃありません。
鳥は、簡単に死んでしまいますし、飛行機だって物的人的に多大な被害を受けるのです。
それだけじゃありません。攻撃した保護対象生物自体も命を落とすのです。
馬鹿としか言いようがありませんが、二酸化炭素を酸素に変えるためには、一頭でも多く生存して欲しい生物です。
結局、人類は空を飛ぶことを断念せざるを得なくなりました。
それで、人工衛星も保護対象生物のいない地域で打ち上げなければならなくなりました。
ここで注目されたのが、改良型保護対象生物です。
神崎博士のグループは、保護対象生物の性質を、より穏やかなものに改良しようしました。
それが、いわゆる改良型保護対象生物で、一説に、博士のグループは、保護対象生物の家畜化に八割方成功したと言われています」
「どうして博士は、研究成果を発表しなかったの?」
「完成する前に亡くなったそうです」
「一緒に活動してた人たちは、途中経過でも良いから、発表すれば良かったのに。
どうして発表しなかったのかしら?」
「理由は分かりませんが、隠れ里そのものが消滅したらしいのです。
地震のせいだとも、テロによるものだとも言われています」
「で、このミッションが四回目ですって?」
「そうです。
一回目は、四年前の四月に行われました。五人でチームを作って、金沢を目指したのですが、そもそも名古屋までしか進むことができなかったようです。
名古屋を出発した後、ブラックボックス地域で消息を絶っています。
例のナビも通信機も使えない地域ですから、どこで何があったか分かりません。
二回目は、その年の七月です。この時は、ミッションを支援するチームを追走させましたが、やっぱり、ブラックボックス地域で失敗しました。
追走するチームが救助に当たったらしいのですが、琵琶湖付近で、保護対象生物の攻撃を受けて、死者二人、重軽傷三人という惨憺たる結果に終わったそうです。
三回は、三年前の三月です。ミッション参加チームを三チームにし、協力して金沢を目指しました。だが、やはり例のブラックボックス地域、今度は琵琶湖の北で保護対象生物の群に遭遇して、二チームは、あえなく敗退しました。死者二人、重軽傷五人、かろうじて無事だった者も精神に異常を来したと言われています。
残りの一チームが何とか金沢に着いたのですが、神崎博士の隠れ里までたどり着くことができなかったということです」
「大変そうね」
「そうです。そもそも、スタート地点である金沢にたどり着くことさえ困難なのです。
しかも、それから先は向こうで隠れ里の調査をしなければならないのです」
何かとても大事なことを忘れているような気がした。
喉に小骨が刺さったような、中途半端な気分だ。
でも、今の話に、気が付いたことが一つ。
「ねえ、一つ訊いて良いかな?」
「何でしょう?」
「これまで三回のミッションが計画されたって話だけど、どうして、前回と今回の間がこんなに開いているの?
第一回から第三回までは、三ヶ月から半年の間で気候の良い時期に実施されたのに、第三回から第四回までの間は、三年以上開いている。
何か、あるの?」
ホシヨミが驚いたように目を見開いた。
今の指摘は、良い線行ってたんだろうか。
だったら、嬉しいんだけど。
『ヤツ等はみんな恋をする』でハル一筋の神崎くんは、隠れ里でとんでもない研究を完成させていたのです。