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これは夢、夢なのだ。  作者: 椿 雅香
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六回生との交流

現実リアルの世界で、四回生のナナは六回生と幸せな時間を過ごします。問題は、あの夢だけです。

 ため息をつく私を、伸ちゃん、こと吉田伸子が昼ご飯に誘ってくれた。


 吉田伸子は、大きな丸い眼鏡のお下げ髪、いかにも田舎の優等生が街に出てきましたという感じの少女、いや、もう二十歳を超えているから女性だ。


 眼鏡越しに私を見つめる目は大きくて、黒目も大きい。

 メガネを外せば美人の部類に入る方だと思うが、本人は至って無頓着だ。ニッコリ笑うと、年齢より幼く見え、『伸ちゃん』と呼びたくなる。


 伸ちゃんは、勉強サークル仲間だが、現実的で、どっかの地方公務員になりたいらしい。

 だから悲壮感もないし、ガツガツもしていない。余裕を持って周りを見守ってくれている。まあ、その最たるものが、私なんだけど。


 伸ちゃんによれば、私はどうも危なっかしいらしい。放っておくと、行き倒れになりかねない、と言うのだ。


 そんなことないと思うのだけど。

 家事だってそこそこできるし(伸ちゃんに言わせれば、掃除は自動掃除機が、洗濯は全自動の洗濯乾燥機してくれるから、できるうちには入らないらしい)、勉強だってまあまあだし、人間としても結構面白いんじゃないか……と、自分では思ってるんだけど。まあ、異論あるところだろう。


 夢の話をしながら二人で学生食堂を目指していると、見慣れた集団に出くわした。

 

 六回生の先輩たちだ。

 リーダー格の森田先輩を筆頭に山下先輩、藤島先輩それに岡野先輩の四人だ。


 森田先輩と山下先輩は同じマンションに下宿しているせいか、仲が良い。

 そして、二人は、自分たちとは違う下宿に住む藤島先輩や自宅通学の岡野先輩とも仲が良い。一言でいうと、四人は仲良しなのだ。


 数式で書くと、(森田先輩+山下先輩)+藤島先輩+岡野先輩=仲良し、といった感じだ。

 これに、私が加わると、{(森田先輩+山下先輩)+藤島先輩+岡野先輩}+七瀬悠子=それなりの仲良し、となり、伸ちゃんは、どっちかというと先輩たちと反対側の隣にいる感じだ。


 だったら、単純に仲が良いって説明しろって?

 まあ、そういうことなのだ。


 ところで、彼らは、六回生だから受講すべき講義がない。

 大学に在籍料金を払って、籍をおいているだけだ。

 だから、毎日、研究室という名の自習室へ登校して、セッセと勉強している。


 勉強がきついと、楽しみは食べることと寝ることだけだ。

 これは、文字通り『寝る』の意味で、エッチのことじゃない。そこの君、自分を基準に考えるんじゃない。この物語は、あくまでも健全な青少年の青春の一ページを描いたものなのだ。


 でも、先輩たちのうちの何人かは彼女さんがいて、時おり訪ねてくるらしい。

 らしい、というのは、噂だけで、その彼女さんとやらに会ったことがないからだ。


 六回生は優秀で、全員合格するんじゃないだろうかと言われている。

 ウチの大学から合格するのは、毎年一名か二名で、それ以上合格することは滅多にない。

 それなのに、今年の六回生は、四人全員が合格する勢いなのだ。

 まあ、あの人たちも留年してるっちゃしてるわけで、あんなに優秀なのだからもっと早くに合格しても良かっただろうにと思うのは、私だけじゃないだろう。


 以前、どうしてこういう状況になっているのか、森田先輩に訊いたことがある。

 答えは簡単だった。先輩たちが受験を決意したのが遅かったせいだ。

 一回生のときに決心してセッセと勉強を始めれば良かったのに、四人が四人とも、それぞれ申し合わせたように三回生つまり就職活動をする頃に、法経職試験を受けようと思い立ったのだ。

 まあ、気が合うっちゅうか何ちゅうか、そして、この三年間、四人で切磋琢磨して勉強を続けて来たのだ。尊敬に値する。


 ちなみに大学というところは、卒業に要する年数の倍の年数在学できるらしい。

 つまり、四年制なら四×二で八年間籍を置くことができるわけだ。


 この話を聞いたとき、八年も勉強するなんてよっぽど勉強好きな人なんだ、と思った。

 だが、説明してくれた人が、法経職試験の受験資格が在学中ということになっているから重要なことなのだ、と教えてくれた。

 だから、あの試験を受験する人たちは、籍だけ大学に置くことになる。まあ、籍を置くだけだから、大学当局も学費を全額じゃなく、在籍料金という程度しか徴収しないらしい。

 いうなら、年会費みたいなもので、これを支払うことにより、研究室の使用、図書館の利用、学生食堂等の福利厚生施設の利用が認められるのだ。


 こんなふうに受験資格を制限するのは、どこかで線引きをしないとキリがなくて、昔の科挙の試験みたいに老人になっても受験する不毛な人生を送る人が出てくることの予防策だそうだ。


「君たちもこれからなの?

 一緒に食べに行こう」


 私たちを認めると、森田先輩が誘ってくれた。

 やさしい笑顔のハンサムな先輩だ。


 行く行く、と簡単に合流した。

 

 六回生は、森田先輩だけじゃなく、みんなハンサムで優しい。

 いうなら、絵的にも雰囲気的にも紳士なのだ。

 山下先輩は彫りの深い日本人離れした顔だし、藤島先輩は足の長いモデルみたいな体型で顔も小さく、岡野先輩は顔のパーツが理想的な形をしている。


 どの先輩も素敵で、法経職試験の勉強してるんじゃなかったら、我々下級生と恋の花でも咲くところだ。

 まあ、向こうが相手にしてくれれば、の話だが。


 でも、向こうもこっちも目前に迫った試験のストレスにさらされている。


 結局、恋愛は横に置いて、ストレス解消できる程度のお付き合いをすることになる。



 でもって、今は、食事を楽しむことが最優先事項だ。 

 

 ああ、恋がしたい。



 誰の講義だったの、と訊かれて、佐橋先生の講義、と口をとがらせる。

 気の毒に、あの先生の日本語、ワケ分かんないだろ、と同情されて、それ以前に眠くて聞き取れませんでした、と言い訳する声も小さくなる。


 藤島先輩がやさしい目をして笑った。


「本当だ。七瀬さん、眠そうだね」

「前も言ったでしょ。例のあの夢のせいで寝た気になんなくて、もう、大変なんです。

 どうしたら、夢、見なくなると思います?」


 そうだ。この際、あの夢を見ないですむ方法をこの優秀な頭脳たちに考えてもらおう。


 六回生一同、目が点になった。

 特定の夢を見ないですむ方法。そんなものあるのだろうか。

 意図的に夢を見ない方法なんか、誰にも思い浮かばないのだ。


「何か運動量の多い運動でもして、疲れ切ったらどうだろう?」


 山下先輩が提案した。ったく、他人事だと思って無茶を言う。この先輩って案外性格悪いのかも。


「それって、勉強してる暇なくなるじゃないですか。意味ないです!」


 抗議の声を上げると、まあまあと森田先輩がなだめた。


「別に毎日じゃなくて良いんだよ。週に一回か二回、夢も見ないくらい疲れ切ってみたら良いんじゃないかな」

「で、そのせいで、私、サークルの例会で悲惨な点取るんですか?」

「でも、寝ないと体壊すだろ?体壊したら、勉強どころじゃなくなるじゃない」

「一応、寝てるわけで、寝た気になんないだけなんです」

 

 それじゃあ、まあ、寝てるんだから、問題ないじゃない。

 そんなことないです。やっぱり寝た気にならないのは辛いです。

 じゃあ、どうしようもないじゃない。

 そうなんです。どうしようもないから悩んでるんです。


 一同が無責任に笑うので、からかわれていることに気が付いた。

 でも、みんなやさしくて、妹みたいに可愛がってくれている。居心地の良い、私の居場所だ。



 この先輩たちと付き合うようになったのは、去年の法経職試験の後だ。


 一次は通っても、二次や三次で落ちて捲土重来を期した先輩たちと、腕試しに受けて一次にも引っかからなかった私は、研究室で出会った。


 最初に声をかけてくれたのは、森田先輩だ。

 森田先輩は、何となくこのグループでそういう役回りになっている。結構軟派なのだ。

 昼に学生食堂へ出かけようと立ち上がったとき、絶妙のタイミングで誘われたので、後輩としては謹んでご一緒させていただいた。

 そうして、いつとはなしに昼ご飯を一緒に食べるようになり、しまいに、勉強の合間の気分転換イベントに誘われるようになって今日にいたっている。


 先輩たちも野郎だけの殺伐とした雰囲気に彩りを求めていたのだろう。彼女がいる先輩だって、まさか、彼女をイベントに招待するのは他のみんなに悪い。彼女がいない先輩だっているのだから。


 気がついたら、私は六回生の妹みたいな存在になっていた。

 この一年、昼ご飯はいつも一緒だし、レストランのランチバイキングに誘われたことだってある。


 あれは、去年の11月だった。

 誰かが広告で見つけてきて、僕らだったら元が取れるぞってノリで出かけたのだ。

 結果は想像どおり。一人平均三人前食べ、痩せの大食いを自認する私も二人前食べた。

 ジーンズのボタンがきつくて、上着おかげで見えないことを幸いに、こっそりボタンを外して大学へ帰った。帰ってからがまた大変で、保健室へ直行し、胃腸薬のお世話になったのが、私ともう一人誰だっけ。まあ、いろいろあったわけだ。


 誰もが親切で、誰もが優しい。


 みんなに甘やかされて、暖かな時間の中で生きていた。




信頼できる友達、尊敬できる先輩。現実リアルでのナナは、幸せです。

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