集落の発見
ナナは、夢の世界でジタバタしながら少しずつ前へ進みます。
ある時、気持ちよく、それは気持ちよく高速道路を走っていたら、目の前に大きな穴が開いていた。
で、その穴に車が落っこちて、つまり墜落して目が覚めた。
そこって高架だったんだ。
ジェットコースターで落ちるみたいで、もの凄く怖かった。
ガックリするより、二度と体験したくない。
マリアが何と言っても、今後、ここは断固避ける!
くそ~。もうちょっとだったのに。
次の日――と言っても、夢の中では名古屋を出発した日なんだけど――またまたブラックボックス地域の境界辺りから何度目かのスタートを切った。
もう覚えてしまった道をひたすら走り、昨日の穴に落っこちないよう、高速道路を全力で回避し、一般道を走る。
何とか件の穴を避けて、ひたすら走る。
走って走って、ひたすら走り、太陽が空のてっぺんに来ても、それでも走り続けた。
うん。今回は、順調だ。
と……。
お昼過ぎに、遠くに見慣れないものがあるのに気がついた。
何だ、ありゃ?
どう見ても家(!)だ。
今まで見てきた廃屋ではなく、人が住んでいる。
だって、洗濯物が干してあるんだもん。
ブラックボックス地域。
こんなところに、住んでいる人がいる。
信じられない現実だった。
いや、これは夢だから、現実って言い方はちょっとおかしいかもしれない。でも、とにかく夢の中の現実としては、信じられないことだった。
あ~ややこしい。
ここらは酸素濃度が高いので東京や名古屋のようなドームがなくても生きていけるのだろう。
これが、ゲームだったら、この集落に住んでる人、例えば、長老さんとか、魔法使いとか、村長さんとかに、金沢へ安全に行けるルートを教えてもらうところだ。
思わず、マリアの袖を引いてたきつけた。
「良いこと、あんたの無駄に多いフェロモンを活用するチャンスだよ。
長老さんでも、村長さんでも誰でも良いから、色仕掛けで迫って、金沢へのルートを教えてもらいなさいよ」
「無駄に多いフェロモンって、何?
それって褒めてるつもり?」
「もちろん、褒めてるに決まってるじゃない。
とにかく、ナギもレオもリョウも手当たり次第接触して、ルートを教えてもらうのよ」
他の面々にまで色仕掛けを強いたわけじゃないけど、話の流れでそう感じたのだろう。
レオが文句を言った。
「ナギ、こいつは、いつから、ウチのリーダーになったんだ?」
「いつからリーダーになったかって言われると、悩ましいところだけど、ナナの指摘は理にかなってる。
みんなもなるべく大勢の住人と接触して、少しでも情報をゲットして欲しい。
僕も頑張るつもりだ」
おっ。イケメンの前向きな発言。
ナギが本気で頑張ると、どんな女もイチコロだろう。
がんばれ!と、言っておこう。
集落へ入ると、お約束どおり住人の歓迎を受けた。
人類の未来のために頑張ってるミッションの参加者だ。
住人のみなさんにとっては、ヒーローだ。
男も女も、大人も子供も、老いも若きもワラワラと現れて、暖かく迎えてくれた。
車の充電は要らないかとの申し出を受けて、渡りに舟とお世話になった。
住人のみなさんにとっても貴重な電気だろうに。ありがたいことだ。
充電中に村の公民館と思しき建物で行われた歓迎会で、打ち合わせどおり、集落の人たちから話を聴くことにした。
一同は、それぞれ相手を決めて、部屋のあちこちで話を始めた。
まるで椅子取りゲームだ。
良さ気な相手をさっさとゲットしてお茶を片手に歓談するのだ。
ちなみに、昼だったせいか、私たちが先を急いでいたせいか、理由は不明だが、お酒は出なかった。
ナギは集落の長と思しき人から、マリアは行動範囲が広そうな若者から、レオは見るからにお母さんという感じの女の人から、リョウは神経質そうな青年から、ホシヨミは最長老と思しきおじいさんから、ホシヨミのチームの面々もそれぞれあちこちで様々な人から話を聞いている。
マリアの必要以上に多いフェロモンは珍しく役に立っていて、鼻の下を伸ばした青年が、金沢へのルートを、ベラベラと喋っていた。
レオは母性本能をくすぐるのだろう。
できの良い息子を見るような目で見つめるおばさんが、頷きながら話をしてくれている。
リョウの相手は、リョウの同類のようだ。
金沢から先の我々が目指す地を聖地のように位置付けている。
それで、聖地へ続く道は……とか何とか、すこぶるあやしい。
なんか微妙な雰囲気で近づきたくない。
リョウには、あんまり近づかないようにしよう。
周りの面々を観察していて、出遅れてしまったことに気がついた。
後、残っているのは、十代半ばの子供だけだ。
私がボーッとしてるのに気がついたマリアが、さっさと働けと目で合図――目をつり上げて鬼婆みたいで怖かった――し、次の瞬間、何事もなかったように、媚びた微笑みを浮かべて相手を見上げた。
さぼってる私が言うのもなんだけど、変わり身の速さは天下一品。大した役者だ。
仕方がない。この子の話でも聞こう。
そう思って、その子を誘って外へ出ることにした。
家の中で、他の連中が大人を相手にしているのに、自分だけ子供の相手をするのは、居たたまれなかったからだ。
外で話しようか。
そう言うと、その子は黙って付いて来た。
風が爽やかに吹き渡り、家の中よりズッと心地よい。
集落の目印になっている大木の根本で並んで話をすることにした。
「えっとね、君、何て名前?」
「他人に名前を訊くとき、自分から名乗れって、教わらなかった?」
あまりにも正論で自分が嫌になる。
こんな子供に礼儀を教えられるなんて。
「ゴメン。私はナナって言うの。年は、21歳。大学四回生なんだ」
「案外、素直なんだね。僕はシュウ。14歳だ」
「シュウくんね。じゃあ、あらためて、シュウくんに教えてもらいたいことがあるんだけど……」
「金沢へ行くには、どの道が一番安全かって?」
驚いた。
こんな子供でも私たちの目的を知っているんだ。
「うん。そうなんだけど」
「いろんな道がある。その時々の保護対象生物の分布を調べて行くしかないんだ。
父さんたちでも、保護対象生物に出会って苦労するときもあるって話だし」
「そうなんだ。大変なんだね」
「ナナたちは、金沢が最終目的地じゃないんだろ?
金沢なんか寄らずに、真っ直ぐそっちを目指せば良いのに」
「そうだね。でも、金沢で何かを調べて進まなけりゃならないらしい。
って、何をどう調べるのか分かんないんだけど」
「呆れた。
分かんないのに、ミッションに参加してるんだ?」
「そう。気が付いたら、参加してたってのが、正しいかな。
本当は、こんなのやりたくないんだけど……」
「母さんが言ってたけど、ミッションってエリート集団なんでしょ?」
「ギフティッドの集団っていうから、そうかもしれないけど、私は別にそんな大層なものじゃないし、どうして、こんなのに交じってるのか、分かんないんだ」
「ナナって、変な人だね」
「そうかな?平凡な人間だと思うけど」
「いや、充分変だよ。第一、僕みたいな子供に道を訊いても、正直に教えないかもしれないじゃない」
「じゃあ、嘘付くつもりなの?」
「嘘は付かない。嘘は付かないけど、どっかに簡単な近道があって、隠すかもしれないって考えない?」
「それは、ないと思う」
「どうして?」
「シュウくんって、そんないい加減な子供じゃなさそうだし、何か大人より、信用できる感じがするし。
第一、子供は君だけじゃないはずなのに、君だけどうしてあそこにいたの?
それって、君が特別だってことじゃない?」
「かなわないなあ。
僕、ナナのこと好きになりそう」
「私も。こんなとんでもない旅で、シュウくんみたいな子に会えて嬉しい。
ミッションの連中は、あんま好きじゃないんだ」
「好きじゃない人たちと一緒に旅してるの?」
驚いたように目を見開いた。
「仕方ないでしょ?そんなふうに決められたんだから。
できれば、棄権したいんだけど」
気の毒に。
そう思ったのだろうか。
シュウは、次の瞬間、とんでもないことを言い出した。
「あのね。多分、今、家の中で大人がしている話は、半分ぐらいは嘘だよ」
「嘘って?」
それってどういうことなの?
「だって、父さんたちは、ミッションが成功して欲しくないんだ」
「どうして?」
「ミッションが成功すると、大勢の人がこっち、つまりブラックボックス地域で住むようになる。
今は人工的に酸素を作る装置を使わなくても酸素濃度が足りてるけど、人口が増えたら足りなくなるだろ?
僕たちにとって、近所にたくさんの人が住むのは迷惑なんだ」
ゴメン、そのミッションがどういうものか、今一、良く分かんないんだ。
でも、ここでそれを言うとせっかくの話がパアになるから、黙って頷いた。
「だから、本音言うと、失敗して欲しいんだって」
ってことは、今、家の中で、ナギやマリアたちが訊いている話が、役に立たないってことだろうか?
急いで、ナギやホシヨミたちに報告しなければ。
ブラックボックス地域は、ある意味、オアシスです。




