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部屋で一人大人しくしていたイヴァンヘルノは、ライラが物音少なく部屋に戻ってくるのを感じて訝し気に思った。何というか、意気消沈しているように感じられたのだ。
「ライラ? どうかしたのか?」
「……やらかした」
「なに?」
ライラの第一声に、イヴァンヘルノは次は何をやらかしたのだろうと戦々恐々となる。今まで、ライラがやらかしたといったことはない。だが、結果的にやらかしてばっかだ。その彼女が、自ら言うなんて、どれほどのものだろうか。
「…私の伴侶は、強くないと駄目だろうって、言われた」
「…は?」
「あーーーー、軍団長に勝ったなんて言わなきゃよかった!! もう、あの時なんで言っちゃったのよ、私の馬鹿!!」
「…そういうことか」
イヴァンヘルノはライラの独り言から事を推察する。ライラが自爆しただけの話しか、とちょっとだけ安心しながら。
「ま、まぁ何とかなるだろう。それよりライラ、いつまでここに滞在するつもりだ?」
「んーー…。出来ればあと二、三日は居たいなぁって思っているんだけど、駄目?」
「ふむ…。まぁ、それくらいなら構わんだろう」
「ていうか、またレーゲンいなかったの?」
「そうなのだ。あやつ、何を考えておるのか全く分からん」
「イヴァンに分からないのに私がわかるわけないわね。とりあえず! 今日は町を観光しようと思う! ついでに討伐とかないかも! ちょっとくらい稼いでおかないとね」
「わかった。私も不可視化のままついて行くが、構わないか?」
「大丈夫」
そうしてライラは町へと繰り出した。
◆◇◆
「ふぃーーー疲れた疲れたー」
「……ものすごく余裕そうに見えたが」
「気持ちの問題ってやつよ!」
ライラは宣言通り、歓楽街を観光しそして討伐がないかを問い合わせ、そしてさくっと倒した。神速だった。もとより、エスティバは警邏などがしっかりしているため、魔物自体そんなにいないのもあったが。
「あーー、でも、思ったより稼げなかったなー…」
「十分だろう。そなたが飲み代に使わなければな」
「っ!! イヴァン酷い!! 私の楽しみを奪って!!」
「そなたは少し嗜むという言葉を覚えたほうがよいぞ」
「嗜んでいるわよ?」
「…はぁ」
二人は揃って宿へと帰路を辿っていた。日も落ち、あたりは薄暗い。宿屋も表通りから外れているせいもあるだろう。
「…ライラ」
「わかってる」
イヴァンヘルノの言葉に、ライラが短く返す。どうやら、招かれざるお客さんのようだ。それも、十数人は確実にいるだろう。…ライラの敵ではないが。
「…ねぇ」
「「「!!」」」
ライラが不意に、リーダーっぽい人にあたりをつけて声をかける。それに声をかけられた側は驚いて息をのんだ。
「…何奴だ。我らの気配に気づくとは」
「いやいやいや、結構目立ってたよ?」
そうしてライラとイヴァンヘルノの前に降り立ったのは、暗殺者だった。暗殺者っぽいものではない。どこからどう見ても暗殺者にしか見えない。
「…え、暗殺者ってそんなわかりやすいの?」
「なっ」
ライラの無意識の言葉に、イヴァンヘルノも不可視化を使いながら頷いた。
「だって、黒づくめで目元まで覆うって…暗殺者の雛形みたいなやつじゃないの」
そう。現れた男たちは、揃いも揃って真っ黒な出で立ちをしているのだ。黒い頭巾は頭からすっぽりと被られ、口元まで覆うようにしている。まさしくTHE・暗殺者だ。
「っ…我らを愚弄するか!!」
「いやいや待って待って!? あなたたちがそんな如何にも!みたいな恰好で来るのが悪くない!?」
「これは我らの伝統ある衣装だ!! それを小娘ごときが…!!」
どうやらライラは彼らの逆鱗に触れたらしい。
「ちょ、ちょっと待ってよ!? 私を暗殺に来たわけ!? なんで!?」
「っ…我らに貴様を構う余裕などない!! さっさとここから去れ!!」
どうやら目的の人物はライラでないらしい。まぁ、たとえそうだとしてもライラは返り討ちにするだろうが。
「え、ちょっと、落ち着いてよ。もう見つかっちゃったんだし、帰りなよ」
「どの口がほざく…!!」
イヴァンヘルノは不可視化をいいことに大きく頷いた。気づいても放置すればよかったものを、なぜ声などかけたのか。
「え、だって気になるじゃない。いい年した男たちが揃いも揃って木の上とかに隠れているのよ? 普通に声かけるでしょう」
それはライラだけだ。
「っ…我らの邪魔をせねば、そのふざけた態度を許して命まで取りはしないでやろう…さっさと去れ」
「え、まぁ宿に帰るけど」
「戻るな、そのまま振り返って何も見なかったことにしろ」
「…」
ライラは彼らのあまりのあほさ加減に絶句した。もちろんイヴァンヘルノもだ。
「…それってさ、つまり…、宿屋にいるってことよね?」
「!!」
イヴァンヘルノはどうしてこんな間抜けが暗殺者に慣れたのだろうと心底不思議に思った。
しかし二人は知らない。彼らは、有名な暗殺者集団であることを。依頼成功率八割を超える凄腕であることを。彼らは幼少期より厳しい訓練をこなし、そして一人前となって集団に入ったのだ。その彼らが今まで一度として一般人(と呼んでいいのかわからないが)しかも女に気配を気取られたというのは、その矜持を傷つけたということを。
「…やはり貴様はここで殺す」
「え、短慮過ぎない?」
「……」
今の今までライラに乗せられていたとは思えぬ動きで、男たちはライラを囲む。
「え、え、なんでそうなるわけ?」
ライラは彼らのいきなりの対応に戸惑いながらも、しっかりと構えをとる。イヴァンヘルノはライラの心配など一切していない。むしろ暗殺者集団のほうが少しだけ心配だ。
「我らには任務があり、そして必ず遂行せねばならんのだ。恨むなら貴様のその口の軽さを恨め」
と振り上げられた刀がきらめいた瞬間。
「―――ライラさん!!」