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「……で、レーゲンの痕跡はあったわけ?」
「う、うむ…。半分ほど見て回ったが、やはり痕跡はあっても何かをしたという形跡が見つからんのだ」
「それ、おかしくない? イヴァン、ちゃんとわかるの?」
「私も長年魔王をしてきたのだぞ? 自分の魔力くらいわかる」
「だとしたらレーゲンは何をしたいのかしらね」
「それがわかれば話は早いのだがなぁ…」
ライラとイヴァンヘルノは、部屋で向かい合って話していた。ライラはベッドに足を組みながら座り、その前の床に正座するイヴァンヘルノという形で。
裸を見られたライラは、烈火のごとく怒った。もしイヴァンヘルノに実体があれば、ぼこぼこではすまされないくらいに。しかしイヴァンヘルノの誠心誠意の謝罪に、とりあえず正座という形で実刑を望んだのだった。
「そういえば、私良い人見つけたかも!!」
「なに!?」
ライラは頬を染めながらイヴァンヘルノに報告する。
「ここに先に泊まってた人でね! デュークさんっていうの!! ちょっとごついけど、私のこと色々聞いてくるし、きっと何か感じるものがあったのよ!」
「…そ、そうか」
ライラは夢見る乙女状態なのか、目を潤ませて空を見る。
「どちらかというと一緒にいたマックスさんのほうが見た目的には好みだけど、ちょっと細すぎるかなって…」
「男二人なのか?」
「わからない。でもマックスさんのこと、デュークさんは様付けで呼んでたし、高貴な方の護衛っていってたから、マックスさんは貴族なのかも」
「……大丈夫なのか?」
「何が?」
イヴァンヘルノは言うかどうか迷った。高貴な人、というか人間の貴族というものは貴族同志でいることが多い。となると、そのデュークという男も貴族ではないのだろうか。
「ライラは、相手が貴族でもいいのか?」
「え? 私王子様と結婚しようとしたんだよ? それに愛する者同士であれば、そんなものは障害ですらないわ!」
そういえばそうだったとイヴァンヘルノは思い出す。だからこそ、魔王という存在である自分に挑んできたのだから。
「まぁ、そなたが良いのであれば構わないがな。それで? ここには何日滞在する予定だ?」
「わからない。デュークさんたちと食事をする約束取り付けたし、それによって左右するかな」
「……そなた、路銀はどうするつもりだ?」
「あ…。あとでここの責任者に会って魔物狩りがないか確認してみる」
「行き当たりばったりだな、そなた…。というより、国から補助は出んのか?」
「え、出るの?」
「……普通出るのではないのか?」
「うっそ!! 聞いてない!! あとで王様に聞かなきゃ!」
イヴァンヘルノは本当にライラが何も考えずに行動しているのだなとしみじみ思った。そうでなければ、女の一人旅などできるはずもないか、と一人納得しながら。
普通、国からの依頼であればそれ相応の依頼料なりなんなり出るだろう。魔王がいないことを確認し(いないわけではないが)、それの捜索にあたっているのだ。必要経費はある程度出てしかるべきだろう。
「そのほうがよかろう。出なければそなた、いつか野宿ばかりになるぞ」
「いやーー! それだけは絶対に嫌!!」
ライラはいそいそと手紙を認めるべく机に向かう。イヴァンヘルノは思った。こやつの師匠は何を教えていたのだろうか、と。
◆◇◆
「あ、おはようございます、ライラ嬢」
「マックスさん! おはようございます」
翌朝、ライラは朝食を摂るために一階に降りると、そこにはマックスがいた。
「…あの、お一人ですか?」
「えぇ、デュークは朝の鍛錬で」
にっこりと微笑むその姿は、まるで絵画のように美しい。これで女性であれば、傾国の美女と言われるかもしれないくらいだ。
「よろしければ、ご一緒しませんか、ライラ嬢」
「いいんですか?」
「もちろん、一人の食事は寂しいですし」
ライラはマックスの申し出を快く受けた。正直に言えばマックスのほうが容姿的には好みなのだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「こちらこそ、付き合ってくださってありがとうございます」
ふにゃりと笑うマックスに、ライラの頬が熱を持つ。可愛い。
「い、いえ……そ、そういえば、マックスさんたちも療養に来てるんですよね」
「えぇ。何かと大変な立場にいるものですから、たまにはと」
「へぇ…。マックスさんって貴族の方なんですか?」
「…まぁ、そんなところですね。ライラ嬢は?」
「私はしがない村娘です」
「しがないなんて。ですがどうして旅に?」
「魔王を探しているんです」
ライラの言葉に、マックスはきょとんとした。
「魔王?」
「魔王です」
「…失礼ながら、どうして魔王を?」
「斃すためです」
本当はそれは二の次だということは言わない。
「…えっと、申し訳ないのですが、よく、意味が…」
マックスが戸惑いうのも仕方のないことだろう。ライラは女性で、デュークより細い体つきをしている。そんな女性が、魔王を斃す旅に出ているなんていきなり言われて信じるほうが無理な話だ。
「あ、私勇者なので」
「……ゆう、しゃ?」
ライラは言い忘れていたことに気づき、そのまま話を続ける。
「最近魔物が人を襲うようになったじゃないですか、それで王様が勇者を募集したんです」
募集というかなんというか。
「それで私がそれで合格したので、魔王の城に行ったんですけど。魔王いなくて。なので探す旅に」
「えっと…それは、すごい、ですね」
マックスは戸惑いながらもライラに賞賛の言葉を送る。マックスの反応は正しい。イヴァンヘルノがいれば絶対にそう言っただろう。
「ゆ、勇者というからには、とてもお強いのでしょうか」
「強いですよ!」
「…デュークよりも、お強いと?」
「はい!」
そのきっぱりとした物言いに、マックスはあっけにとられた顔をした。
「…デュークも、かなり腕が立ちますが…」
「王国の軍団長クラスですよね?」
「王国の…と言われるとアレクシス軍団長ですか? そうですね、彼に匹敵する強さです」
「なら、勝てますね!」
「は?」
「だって、私軍団長に勝ちましたし」
ライラの言葉に、マックスは今度こそ口をぱかりと開けた。イヴァンヘルノがいないのが惜しまれる状況であった。彼がいれば、きっとライラにひたすら突っ込みを入れていたことであろう。
「そ、それは…ライラ嬢は、すごくお強いのですね」
「マックス様、戻りました…ライラさん?」
「お、お帰りなさい!」
ライラはお目当ての人が戻ってきたことに頬を赤らめる。鍛錬してきたからなのだろう、首筋を伝う汗が色っぽい。ライラは心の中で叫びながら、出来るだけお淑やかに挨拶をしようとする。
「デューク、ライラ嬢は勇者だそうだ」
「は?」
「あ、そ、そうなんです! 私、王国の勇者をしているんです!」
「そ、それはそれは…。なればとてもお強いのでしょうね。一度お手合わせ願いたいものです」
「ライラ嬢はあの王国のアレクシス軍団長に勝利したそうだ」
「!! なんと…それはとてもお強いではないですか」
「そ、そんなぁ~、でも、勇者ですからね! それくらい強くないと、魔王は斃せませんから!」
ライラは照れながら言うが、男二人の視線には気づいていない。どう見ても、猜疑的だ。
「…であれば、ライラ嬢の伴侶となられる方は、強くないとなれませんね」
「!!」
「そうですね、そんじょそこらの男では務まらんでしょう」
「!!」
ライラは失敗したと思った。
「そ、そんなことないですよ!!」
ライラの渾身の一言は、男二人によって流されることになる。