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本日二話目です。
「んー…。やっぱりさっきのところが一番かしら!」
一人宿屋を探していたライラは、十数件確認したのちにようやく一つの宿屋に目星をつけた。大通りから少し外れたところにあったが、静かでゆっくりできそうな場所だ。宿屋の一押しは、ゆっくり浸かれる大型露天風呂、というものだった。
ライラは露天風呂、というのがなんなのかいまいち分からなかったが、大型、というには大きい風呂なのだろうと考えている。
「貸し切りとは難しいけど、広いならゆっくりできるわよね」
大通りから少し離れているせいか、少しだけ安い。これならイヴァンヘルノが文句を言うこともないだろう。ライラはそう考え、店の扉を開いた。
「ごめんくださーい」
「!?」
ライラが入った途端、店の人だろうか。ふくよかな男性がびくりと肩を揺らした。
「宿泊希望なんですけど」
「え、あ、あぁ…、すまないね、何泊だい?」
「とりあえず一泊なんですけど」
若干挙動不審な男性をライラは不審に思うも話を続ける。すると二階からガタイの良い男性が降りてくる。
「店主、すまないが…客か?」
「あ、は、はい、宿泊を希望されておりまして」
「…問題ない。普段通りにしてくれ」
「ありがとうございます!」
「…?」
ライラは二人のやり取りを見てさらに不審に思う。降りてきた男性はどう見ても店側の人ではない。だというのに、どうして店主がその男の言うことを聞くのだろうか。
そんなライラの視線を感じたのだろうか、男がにこやかにライラに話しかけてくる。
「お嬢さんはお一人で?」
「…えぇ。貴方は?」
ライラの警戒した様子に、男は苦笑を浮かべた。
「そう警戒しないで、と言っても難しいですよね。私はさる御方の護衛で。その為、少しだけぴりぴりしているんです、店主殿も」
「そうですか」
ライラはそう言いながらも、男の一挙一動を観察する。そして、王国の軍団長クラスの強さだろうと考え、一気に警戒を解いた。彼程度であれば、ライラの敵ではない。
しかし男はそうは考えなかったようだ。いきなり警戒を解いたライラに、面白いものを見たような視線を向ける。
「失礼ですが、貴女のようなお綺麗な方がお一人で? 他に誰かいないのですか?」
「!! 綺麗!? そ、そんなっ…」
ライラは滅多に言われない(滅多に、というだけで全く言われないわけではない!)言葉を送られ、つい体をくねらせて照れる。
一瞬で様子の変わったライラを見た男は、さらに面白そうにライラを見た。
「ちょっと、目的があって旅をしているんです」
「それはそれは……。しかし、危なくないですか?」
「大丈夫です、旅に離れていますし、少しは心得もあるので」
ライラは内心でガッツポーズをした。あら、これ良い感じじゃない?と。男は筋肉流々といいわけではなく、しなやかな筋肉を持っていそうだった。顔は濃い目で、ちょっとだけライラの理想とは外れていたが、それでも悪くない顔立ちだ。
「貴女のような女性が…。旅はどれくらい?」
「まだそんなに…。町は二つほど行ったんですけど」
「伺っても?」
「えっと…ランバーとモーラムです」
「ほう…ということは王国の方ですか?」
「えぇ。貴方は?」
「名を名乗っておりませんでしたね。私はデュークです」
「デュークさん…」
ライラは本格的にいい感じじゃない?と考え始めた。ここまで自分のことを聞いてくれる人は今までいなかった。もしかしたら、デュークもライラに興味があるのではないか。
「デューク」
「! マックス様!」
すると、もう一人男性が階段を降りてきた。金髪の柔らかそうな巻き毛で、線の細い人だ。中性的な美しさを持っている。少なくとも、十把一絡げのライラよりは格段に美しいと、イヴァンヘルノがいたのであれば思うことだろう。
「もうよろしいので?」
「あぁ、心配かけてすまない…そちらは?」
「旅の方で…失礼、お名前は?」
「あ、ライラです」
「ライラ嬢。私はマックスです。ここには療養に?」
「そうです、旅の疲れを取ろうと」
「そうですか。私たちもそうなのですよ」
マックスと呼ばれた青年は、柔和な笑みでライラに返す。その笑みは、女の子のようでライラの頬が一瞬熱を持つ。
「す、数日は滞在するので、もし食事でも…」
ライラの申し出に、デュークはマックスを見る。マックスはそれに頷いた。
「私たちで良ければ、ぜひ。旅の話を聞かせてください」
「っ喜んで!」
三人のやり取りを見ていた店主は、ライラの部屋を案内する。一人用だがそこまで狭くない。掃除が行き届いているのか、古くても清潔だった。
何日かぶりの布団に、ライラの表情は明るくなる。野宿が辛いというわけではないが、やはり屋根のある場所で寝るほうがずっといい。
今日の夕食は宿屋で食べるように手配したため、まだ時間はある。それならば。
「うん! 早速露天風呂っていうものに行こ!」
そしてライラは早速準備をして露天風呂に向かった。
◆◇◆
「……マックス様、よろしいのですか?」
「ライラ嬢のことか?」
「えぇ…。いくら何でも、女性の一人旅はおかしいです。確かに、あの足運びからすれば多少の心得はあるようですが…」
「デューク。いくらあの人たちでも、女性を使ってまで事を成そうとするはずはないだろう」
「マックス様、それはいささか楽観視しすぎでは」
デュークの言葉に、マックスは面白そうにくすくす笑った。
「デューク、お前の心配性は相変わらずだな」
「…マックス様が楽観的なせいでしょう」
「それは悪いことをしたかな」
未だくすくすと笑うマックスに、デュークは居心地悪そうに居住まいを正す。
「…今回私がここにいることを知っているのは、数名だけだ。もし今回も何かあれば、彼らの内の誰かだろう」
「それは…」
「…デューク、私はもうたくさんなのだ」
マックスの力強い言葉に、デュークははっとしてマックスを見る。
「もう、権力だけの時代は終わった。だが、今なおそれに縋ろうとする輩は多い。出来るなら、私はそれを一気に駆逐してしまいたい」
「…わかっております。だから俺がここにいるんですから」
「面倒をかけるな」
「いいえ、そのようなことを仰らないでください」
「ライラ、戻ったぞ…? ライラ?」
イヴァンヘルノがライラの気配を辿ってやってきた宿屋の部屋に、ライラの姿はなかった。荷物などはあるから、部屋に間違いはないだろう。
「? どこに…」
そして気配を辿りながらふよふよと浮く。
「む、ここか?」
そしてイヴァンヘルノは外に出た。蒸気がすごく、目の前が真っ白になる。どこからか鼻歌も聞こえる。気配からして、ライラ一人だけのものだ。
「ライラ? おるのか?」
そして、イヴァンヘルノは体を洗っているライラの目の前に姿を現した。
「―――へ?」
体を洗っている、つまり、ライラは裸だ。そして洗っている真っ最中ということは、湯にも隠れていない。
「……何してんの、イヴァン」
「え、あ、いや、その、ライラを…」
「とりあえずさ」
ライラの目が剣呑な光を帯びる。
「お、落ち着け、ライラ、すまない、悪気はなかったのだっ…」
「うん、うん、だから?」
「だからな、その、持ったモノを…」
「―――出てけーーーーー!!!!!」
パッコーーーン
ライラの投げた桶はイヴァンヘルノの霧の体を通り抜け、岩に当たって砕け散る。
「すまないすまないすまない!!」
イヴァンヘルノはかつてない全速力でその場を後にした。