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「だあああああ!?」
「な、なによ!?」
「そ、そなた、路銀はどうした!?」
「え、あるじゃない」
「モーラムではもう少しあっただろう!? なぜこんなに少ないのだ!?」
「え、あー…」
「……吐け、ライラよ」
「…ちょーっと、飲んじゃって」
「!! あの時か!? そなた、どれだけ飲んだのだ!?」
「ちょっとよ!! そんなに怒らなくてもいいじゃない!」
「馬鹿者! 私はいらんが、そなたはどうするつもりだ!?」
「大丈夫よ! アンナさんがくれた保存食もあるし!」
「宿は!?」
「野宿」
「……」
イヴァンヘルノは頭を抱えた。いったいどこに、野宿を当然とする女子がいると思うのか。だから駄目なのだと言いたくなる。が、言わない。
「…はぁ…。とりあえず、モーラムでは大した情報はなかった。次はエスティバに向かう。よいな?」
「いいけど、どこ?」
わかっていた。ライラが何も知らないことなど。イヴァンヘルノは漏れ出そうになるため息を我慢しながら説明する。
「…エスティバは、主流ディモスから分かれたディア川の近くにある湯地場だ。帝国領土のぎりぎり端にある場所で、湯が湧き出ているらしく湯地場として有名な都市だ」
「お湯!? お湯が出ているの!?」
「あぁ。観光都市としても有名で、怪我の治療にもいいらしい」
「へぇ…。そこで少しゆっくりしたいわね。ちょっと体の疲れ取りたいし」
「うむ。レーゲンユナフがモーラムでも何もしていないことから、とりあえず奴の痕跡を辿ることにするが、良いな?」
「構わないわ」
「それと、徒歩で四日はかかる。覚悟しておけ」
「えええええっ、ディア下っていけばいいじゃない」
「その為の路銀はそなたの体へと消えていった」
「ぐっ…」
「まぁ有名な都市であるゆえに街道は舗装されているはずだろう。変な輩が出てくることはないだろう」
「まぁ出てきても瞬殺するけど」
「…そなたは拳以外で物を語ることを覚えよ」
ライラとイヴァンヘルノは、モーラムからエスティバまでの距離を歩いた。ライラはアンナからもらった保存食を有難く食べながら。イヴァンヘルノは、ライラがたまに垂れ流している魔力を吸収しながら。
そしてライラは時折危険そうな場所へ飛び込み、魔物を斃していった。理由は路銀の為だ。基本的に魔物を斃すと、いくらが金銭が払われるのだ。強ければ強いほどその報酬は高くなるのだが、いかんせんちゃんと道は管理されているのだろう。大した強さのないものばかりを斃したライラは少しだけ不服そうにしていた。
「んー。もっと強い奴が出てきてくれれば、一気にもらえるのにな」
「言うな、ライラ。むしろここまで討伐されていることに感謝せよ」
「ってゆうか、イヴァンはいいわけ?」
「何がだ?」
「魔物、斃しまくってるけど」
「あぁ、魔族と魔物は少しだけ異なるのだ」
「あーーー、魔力核ってやつ?」
「む? そなたにしては珍しく知っておるのか」
「師匠が言っていた気がするわ」
「その通り。我ら魔族にも魔物にも魔力核はある。だが、それが生命と直結しているかどうかで二つは分かれておるのだ」
「魔族はしてなくて、魔物はしているわけね」
「そうだ。それに魔族は寿命が長いが、魔物はそうでもない。稀に魔族の魔力核を取り込んだ奴が長くなることはあるが、基本的に魔物は魔族に戦いを挑まない。そもそも力量差があるからだ」
「ふぅん…。あれ、でも魔王は魔物を従わせることできるんじゃないの? レーゲンがなんとかかんとかって、前言ってなかった?」
「そうだ。魔王だけは、魔族と魔物を一括で命令できる。しかし魔物はそこまで頭が良くないからな。一つの命令を守ることくらいしか出来ん。だから私は人を襲うなとだけ命令していた。だが、レーゲンユナフは違う命令をしているのだろう。だから魔物が人を襲うようになったのだ」
イヴァンヘルノは、自分が言ったことをライラが覚えていることに微かに感動しつつ講義した。
「そうなんだ…。でもイヴァンは部下の魔族に裏切られたんだね」
「ぐっ…」
そうして二人は、予定通り四日でエスティバへと到着した。
◇◆◇
「へぇ、栄えてるわね」
エスティバは、モーラムとは違った感じで栄えていた。あちらは時の流れが速いように感じたのだが、エスティバはゆったりとした独特の空気をしているのだ。
道行く人もせかせかしている様子はなく、療養や観光の為にきている様子が見られた。
「んー、あんまり余裕ないから、そこそこ良い宿屋に泊まりたいけど、あるかしら」
「わからん、だが、なんだかざわついておるようだな」
「そう? そんな感じしないけど」
「うむ…。どことなくぴりぴりしているような気がするのだが」
「イヴァンの気のせいじゃない?」
ライラとイヴァンヘルノはこそこそ話しながら宿屋を探す。流石に湯地場ということもあって宿屋はたくさんあった。
「出来るならお湯に浸かれるところがいいわね…」
そう言いながらライラが宿屋を吟味している。イヴァンヘルノは湯に浸かっても仕方ないので、ライラに一任する。
「ライラ、私は少し町を見回ってくる」
「わかったわ」
ライラはイヴァンヘルノを見ることなく頷く。宿屋を選定するので必死な様子だ。考えても見ればライラも少し(少しか…?)猪突猛進なところはあるが女性だ。野宿などに慣れていると言っても、こういったところで休めるなら休みたいのだろう。
路銀に関してはライラがちゃんと残金を確認している。あとは彼女が勢いに任せて飲みにさえ行かなければ、そこそこのところには泊まれるはずだ。
ふわりと空へと身を飛ばせたイヴァンヘルノは、ライラから吸収した魔力を以てして町を調べる。ライラとは魔力の相性がいいのか、想定よりも早く貯まりつつあるのだ。
「……このままライラと共にして魔力を復活させることは…いや、無理か」
いくらライラが魔力を多く持っていたとしても、それは無理だろう。というより、その場合イヴァンヘルノはライラと離れられなくなる。常に魔力を供給してもらわねばならないからだ。
それは自分も、ライラも本意ではないだろう。
ライラはいずれ結婚するのだから。
「さて、レーゲンユナフは一体何をしようとしているのだろうか…」
思考を切り替え、かつての部下のことを考える。ランバー、モーラムにその気配はあっても、何もされていなかったこと。そして今なお、その存在は希薄でありどこに潜伏しているのかわからないこと。
「器が合わなかったとしても、何故何も行わない? それに合わなかったのであれば、身の内から焼け焦げるはずなのだが…」
それほどまでに、イヴァンヘルノの魔力は大きい。低位の魔族がそれを保とうとすれば、瞬間的に身の内から魔力に焼き焦がされ、跡形もなくなるはず。しかしイヴァンヘルノの知るレーゲンユナフは低位ではなく、高位だ。
そもそも、イヴァンヘルノが知るレーゲンユナフは、こういったことをするとは思えない性格だったというのに。
「…わからん」
あの城に残っている魔族の中でも、レーゲンユナフはまともな部類だった。魔王である自分の片腕として、しっかりと仕事をしてくれる数少ない魔族だった。だからこそ、安心して昼寝をしていたというのに。
裏切られたと知ったとき、イヴァンヘルノは最初は信じなかった。それほどまでに忠義厚い部下だったのだ。
だから、探している。
何故、自分を裏切ったのかを知るために。