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「父さん!!」
「!! アンナ!!」
「ど、どうやって…!?」
ライラはアンナを引き連れて家の前に出る。そこにはようやく立ち上がったらしい男が家に入ろうとするのを妨害するティモシーの姿があった。
ティモシ―の包帯などを見たアンナは、きっと父を睨みつける。
「父さん!! もうやめてよ!!」
「あ、アンナ、だがな」
「言い訳はいいわ!!」
愛娘に怒られた男は、しゅんと肩を落とす。
「アンナ、会いたかった…。無事だったかい?」
「私は大丈夫よ、ティモシ―。でも、こんなに怪我をして…、痛くない?」
「ちょっと…。でも君と会えたら吹っ飛んだよ」
久しぶりに会えた二人は、周りの目を気にせずいちゃいちゃする。
「っっっ、ゆ、許さんぞーーー!!」
それを見ていた父、ジョージの怒りは爆発した。まぁ、当然と言えば当然かもしれない。
「わ、わしのアンナを、き、貴様のような輩になぞ、やるものか!! アンナはわしとずっと一緒にいればいいんだ!!」
「父さん!! いい加減にしてよ!!」
「アンナっ…小さい頃はわしと結婚するっていってくれただろう…なんでそんな小僧なんか…」
「私ももう大人なのよ、父さん。好きな人と結婚させてよっ」
「ぐぅっ…」
ジョージは愛娘の涙ながらの訴えに唸り声をあげた。それを息をのんで見守る野次馬たち。一種の舞台のようですらあった。
「っ…マリアと、約束したんだっ…」
「おかあ、さん?」
「そうだ、マリアは、死の間際、アンナを幸せにしてくれとわしに頼んだ。だから!! わしがアンナを幸せにすると、マリアに誓ったんだ!!」
「とう、さん…」
「……」
イヴァンヘルノは飽きてきて、早く終わらないかな、とすら思い始めていた。正直、父が二人の交際を許そうが許さなかろうが、イヴァンヘルノには関係ない。
それはライラも同じだろうと思い、そのほうを見ると。
「っ…っ…ひっく…」
(…号泣しているーーーー!?)
ライラは劇のようなそれに中てられたのか、ぼろぼろと涙を流している。むしろどうしてそこまで感情移入できるのかと問いたくなるほどの泣きっぷりだ。
「…義父さん」
「貴様に父と呼ばれるつもりはないわぁああ!!」
「義父さん、でも、貴方が亡くなった後、アンナはどうするのですか」
「!」
「アンナは、一人になってしまいます。でも、僕が、アンナとずっと一緒にいます。生まれてくる子供にも、寂しい思いをさせたりしない! そして、義父さん、貴方も家族の一員になるんです!」
「…」
「そうよ、父さん。私たち二人だけじゃ、寂しいわ。ティモシ―と、父さん、それに生まれてくる子供だっていたほうが、きっともっと、寂しくなくなるとは思わない?」
「アンナ…」
「ね?」
そういってアンナはジョージの手を取る。年をとりしわだらけだが、大きくて暖かい手。ずっと、アンナを守ってきてくれた手。その手に、ティモシーの手も重ねられた。まだ若く、そこまで硬くない手。そして燃えるように熱い手だ。
「……小僧、わしのリドル商会で死ぬほど鍛えてやる」
「…それって!!」
「ふん。わしが納得する仕事ができるまで、結婚式はダメだ」
「父さん!!」
そしてジョージは笑った。泣き笑いのような、下手くそな笑みで。
「やり過ぎだ。すまなかった、小僧」
「っ…いえ、いい経験もさせていただきました」
そして男二人は固く手を握り合った。その瞬間、固唾をのんでみていた周囲の人たちから割れんばかりの拍手が送られる。もちろん、ライラもその一人だ。
「ジョージ、ついにきたなぁこの日が!」
「いやーいい!! 若い!!」
「ひゅーひゅー!」
照れ臭そうに笑う男たちに、アンナは待ったをかけた。
「やり過ぎたって、なに?」
「え」
「あ、いや、何もないよ、アンナ!」
「嘘。そもそもティモシ―の怪我、酷すぎない? 何かあったんでしょ?」
「いや、ママラキアを採りに行くときに、ね」
「そ、そうだ、とても危険な場所だからな」
男二人は目配せをお互いにしながらなんとかアンナの怒りを回避しようとする。だが、それがそもそも間違いなのだということを、世の男性のほとんどは知らない。
「―――父さんは、ティモシ―にそんな危険なことをさせたの…?」
「あ、アン」
「ティモシ―が、死んじゃったかもしれないのに?」
「アンナ、待ってくれ!」
「ティモシーも、そんな危ないことをしたの?」
「ぅえ!?」
「私と結婚したいって言ったくせに、死んでもおかしくないくらい危ないところに行ったんでしょ?」
「ち、ちがうんだ、アンナ…」
そして空気を読めない勇者は、なぜかここで仕事をした。
「あ、ティモシ―さん、破落戸に襲われてたわね!」
「「 」」
「……ふぅん?」
きっと男たちとイヴァンヘルノの気持ちは一つになった。“なぜ、今!!!”だ。ライラさえ、ライラさえ口にしなければ、何とかなったかもしれないのに。
「でもアンナさん、大丈夫ですよ! 私が片づけましたし、ママラキア採取も手伝ったんで!」
「…ライラさん、本当にありがとう…。父さん、ティモシーは、これから家でゆっくり話し合い、しましょ?」
「「ひっ」」
「いいですね、家族で話し合い! 私も手伝ったかいがありましたね!」
目鼻を赤くさせながらも微笑みながら言うライラを、男たちは恨めし気に見ている。もちろんライラが気づくはずがない。
イヴァンヘルノはようやく終息したか、と思いふよふよとその場を離れる。レーゲンユナフの痕跡は無収穫といっても過言ではなかった。しかし、おかしいのだ。これほどの大都市。魔王の力を奪っておきながら何もしないなんて、おかしすぎる。
「……私の想像以上に、あやつは弱っているのか…?」
すぎる力は、身を亡ぼす。それは魔力も同じことだ。多すぎる魔力は、耐えきれる器があって初めて、役に立つ。だが、レーゲンユナフは弱いわけではない。にも関わらず、何もしていない。
「ふむ…。もう少し調べておくか」
「もう、行かれるんですか?」
「アンナさん…。うん、私にも役目があるから」
「魔王を、探されているのですよね?」
「…あっ、そうそう!」
結局ライラは、さらに三日ほど滞在すると旅に出ることをアンナに告げた。二人は年も近しいこともあって、意外と仲良くなれたのだ。
「これ以上、待たせるわけにもいかないしね」
「? どなたかと待ち合わせを?」
「そんなところかしら」
ライラはくすくすと笑う。それに合わせてアンナも笑った。
「でも、本当にライラさんのおかげです。父もようやく大人しくなりましたし、ティモシ―も今頑張ってくれています」
アンナはそういうが、実際は少しだけ異なる。アンナは男二人に大激怒したのだ。父には人を襲わせるなんて最低すぎる、ティモシ―には命を大切にしないで何が一生だ、と。男たちは怒りに笑みすら浮かべるアンナに何も言えず、ただひたすら小さくなっていたという。きっと二人はもう喧嘩をしないだろう。アンナがいる限り。
「よかったわ。好きな人と一緒になるのが一番よね!」
「本当に…。ありがとう、ライラさん。貴女がいなければ、どうなっていたか」
「いいのよ! 幸せを求める者同士、助け合わなきゃね! それに私勇者だから!」
笑顔のライラに、アンナも笑顔になる。
「魔王を探す旅…とても過酷だと思います。せめてものお礼に、これを」
「気にしなくていいのに…」
受け取ったライラは、中身を見て瞳を輝かせる。
「わぁ!! 保存食!! すっごい助かるわ!!」
ライラは、結局ママラキアを手に入れることができなかった。ティモシ―が花ごと葉の部分も持って帰ってきたが、それに気づいたジョージがすぐさま高額で取引をしてしまったのだ。花の部分はなんの効力も持たないのでアンナが持っているが、そうまでしてほしいものでもない。
新しく採取してもよかったが、稀少ということもあってライラは取りに行くのをやめたのだ。
「喜んでもらえたのならよかった。商会で取り扱っている中のもので、一番いいのを選んできたの」
「ありがとう、アンナ」
「こちらこそ」
そしてライラはモーラムを旅立っていった。酒場の伝説が周りに回ってライラを突き止め、ライラに挑もうとする挑戦者たちを蹴散らして。
そしてライラは、二つ名を本人の知らぬうちに手に入れた。
―――”酒乱”な“勇者”。
ライラ本人が知ったら激怒、あるいは絶望しそうな二つ名を。